『白い家の殺人』歌野晶午(講談社文庫)★★★☆☆

『白い家の殺人』歌野晶午講談社文庫)

 信濃譲二ものの二作目です。1989年初刊。

 資産家猪狩家の別荘で、長女の静香が殺されるという事件が起こります。首を絞められた静香は両足首を縛られて自室の天井のシャンデリアから吊るされていました。扉と窓には鍵が掛けられた密室でした。現当主昇介とその母千鶴は、過去に起きたスキャンダルの経験から警察とマスコミの介入を嫌い、静香の死を病死として処理するよう主治医の田辺に命じます。

 そこで家庭教師として別荘に滞在していた市之瀬徹は、『長い家の殺人』事件を解決した友人の信濃譲二に事件解決を依頼することを提案します。

 けれど信濃が到着するよりも早く、第二の殺人が起こります。昇介の妹英子がコーヒーに入れられた青酸系毒物により殺されます。コーヒーを用意したのは使用人の沢木父娘、コーヒーは田辺が順番に回していったものであり、英子を狙ってコーヒーを配るのは難しいことから無差別殺人の疑いが持たれます。

 そこで浮上したのが前妻の木崎紀代の名前でした。湯水のように一族の金を使った挙句、先祖伝来の骨董を売って金を手に入れたために、追放されたものの、それからも一族の秘密をタネに脅迫を繰り返していた女です。

 ただし六十二歳の紀代には静香殺しは難しいと思われたことから、紀代との間に出来た長男の哲也が共犯として疑われます。跡継ぎとして期待されながらも両親の離婚で心を病み、その後はゾロアスター教信者となって何かを燃やし出したため、白い大きな半球の周りに半球の部屋を並べたUFOのような離れで暮らすようになっていました。

 離れに紀代を匿っているのではないか――。徹は疑いますが、到着した信濃は哲也と話をしたうえで紀代と哲也の共犯説を否定します。

 そしてついに、第三の殺人が――。

 かなり昔に『長い家の殺人』を読んだときには脱力もののトリックにがっかりしたようなうろ覚えの記憶があるのですが、今回この第二作を読んで最初に思った感想は、読みやすい!というものでした。後年の歌野氏のことを考えれば読みやすくて当然なのかもしれませんが、ちょっと新本格=文章・小説が下手という固定観念のようなものがあったかもしれません。綾辻行人二階堂黎人が極端に下手くそ過ぎるだけで、意外と皆さん当初から上手なのかも。

 三つの殺人はいずれも不可能犯罪ですが、第一の密室に必然性がないことに登場人物たちも当初から疑問を抱いていました。そのうえに残虐な殺し方。この殺人だけ浮いています。それもそのはず、あの宙吊り死体はアリバイ作りのために必要なものであり、密室はそのトリックによって生じた【予期せぬ事故】だというのが真相でした。しかしながら、アリバイのために【宙吊り死体を振り子にしてドアにぶつけて音を出すことで犯行時刻を誤認させる】というのは、どう考えても費用対効果が見合っていません。

 白い家の殺人といいながら、現場となる別荘はコンクリートで打ちっぱなしの外壁を持っていて白くありません。各部屋の天井が石膏で真白に塗り固められているとはいえ、白い家とは言いがたい。白い家と呼べるものは哲也の住む離れです。『爬虫類館の殺人』の舞台が爬虫類館ではないことを考えればこの作品が『白い家の殺人』でもおかしくありませんが、それよりもありそうなのは、第三の殺人がこの離れのすぐそばで起こっていたことに加え、足跡のない雪密室=白い密室を構成していることによるものです。何しろ犯人の【真の目当て】こそこの第三の殺人【=後妻の晴子殺し】だったのですから、第三の殺人の舞台がタイトルとなっているのも遠回しなヒントと言えなくもありません。

 第三の殺人の手段から犯人を信濃の推理はあまり説得力はありません。【屋上から離れにロープを張って死体を滑り落とす】というのがそもそも強引なトリックなのですが、その【ロープ】を正確に飛ばせるのは【釣りが趣味】の人物だけだというのはいただけません。

 動機に関しては信濃譲二をしても犯人の告白を待たなければ知ることができませんでした。これをミステリとしての完成度が低いと読むこともできますが、動機も手がかりのなかに織り込もうとすると複雑怪奇になってしまい、煩雑で読みづらくなることを避けたのかもしれません。【※後妻の晴子は若いころ学生に遊ばれて妊娠し、病院で赤子をすり替えて相手の子を殺して我が子を他人に育てさせていた。その相手こそ沢木夫妻だった。後年、昇介の後妻に収まった晴子は、使用人が沢木という偶然に衝撃を受け、過去の赤子殺しとすり替えがばれるのを恐れて沢木の妻を古井戸に落として殺す。事故の際の輸血から親子関係に気づいた沢木父娘は、偶然見つけた晴子の日記から晴子の犯罪を知り、復讐を決意する。罪のない静香を殺したのは娘を失う絶望と死が迫る恐怖を味わわせるためであり、英子殺しは晴子を狙って失敗したもの

 それにしても徹がワトソン役にしても馬鹿すぎるのですが、そのおかげで真犯人の衝撃と、【徹が恋していた沢木珠美は事故のときに死んだのだ、という】センチメンタルなラストシーンに繫がっていました。

 離れの目的のひとつが【哲也が隠れてLSDを吸うためのものだった】というのが、信濃譲二の扱う事件らしくて笑いました。徹に勝手に探偵と紹介されて、テレビドラマの探偵のような恰好をしてくるようなサービス精神(?)気配り(?)があるとは思いませんでした。

 わたしが読んだのは辰巳四郎による旧版でした。旧版のデザインの方が好きですね。

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