『乱れからくり』泡坂妻夫(角川文庫)
泡坂妻夫の第一長篇。再読。
わたしが読んだのは角川文庫の電子書籍版ですが、創元推理文庫版には英題『Dancing Gimmicks』が付されています。
ボクサー崩れの勝敏夫が入社した宇内経済研究会は、社長の宇内舞子一人しかいない経済方面の興信所だった。今回の依頼人は玩具会社ひまわり工芸の製作部長・馬割朋浩だ。果たして朋浩の妻・真棹を尾行すると、ホテルで朋浩の従兄弟・宗児と会っていた。家に戻った真棹は、帰宅した朋浩とハイヤーに乗った。なおも尾行した敏夫たちの目の前で、火の玉がハイヤーに衝突し、朋浩が焼死してしまう。敏夫たちは真棹を助けた縁で、ボストンの国際玩具見本市でマドージョを渡してくれという朋浩の臨終の言葉を知る。だが朋浩が焼死してまで守ろうとしたマドージョは、何の変哲もない悪趣味なからくり人形だった。通夜を訪れ、宗児の妹・香尾里から馬割家のねじ屋敷に招待された敏夫らは、巨大な迷路のあるその屋敷で、またも奇怪な殺人事件に遭遇する。
ねじ屋敷に巨大迷路という、いかにもミステリファンが喜びそうな舞台装置ですが、そうした設定自体が迷路のからくりから目を逸らす仕掛けになっているところに、著者のしてやったりの顔が目に浮かぶようです。
メイントリックも迷路の存在同様、「木の葉は森に」方式で、からくりはからくりに隠されていました。トリックだけを取り出せば文字通り機械的なトリックに過ぎませんが、からくりづくしのなか、大きすぎて目に見えないという大胆な隠し方でした。そしてそれが『Yの悲劇』【※死者の殺人計画】のパターンによってさらに効果を上げていました。
からくりづくしの犯行ではありますが、殺害手段をからくり仕掛けに頼っただけのものではなく、透一殺しでは【毒を玩具の電池】に偽装し、鉄馬殺しでは【溶けないカプセル作りを疑われないためにマドージョの目を製造する】など、準備段階からからくりに絡めてあるのも手が込んでいます。
そもそもの依頼内容だった尾行調査がちゃんと真の動機の一つ【※真棹と浮気相手の宗司の子殺し】とも繫がっているのは、神がかり的な伏線を得意とする泡坂妻夫らしい構成だと思いました。
何の変哲もないマドージョ人形をアメリカに持っていくよう必死に訴えた理由が、【マドージョそのものにはなく、妻のアリバイ作りのため】というずらし方も巧みです。
本書の魅力はからくりに留まらず、地下迷路の探検とその後の逃避行は、勝の純情もあって『八つ墓村』の鍾乳洞を彷彿とさせるようなドラマ性がありました。金持ちになって手の届かないところに行ってしまうから諦めるというのはあっさりしすぎているようですが、すっきりと終わったいい終わり方かもしれません。
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