『動く家の殺人』歌野晶午(講談社文庫)☆☆☆☆☆

『動く家の殺人』歌野晶午講談社文庫)

 信濃譲二三部作の最終作。1989年初刊。

 信濃譲二が殺された。六月十五日のことだ。頭部強打による脳挫傷。四月十三日、信濃はレジで消費税について文句をたれていた。その翌々日から市之瀬徹はインドに滞在し、帰国後も信濃と会っていない。残された手がかりは一つだけ。劇団マスターストロークの風間彰。/俺はマスターストロークという小さな劇団で制作スタッフを募集していると知った。要は雑用係である。上演されるのはコメディタッチのミステリー劇だ。脚本も兼ねているタキはやけにつっかかってくる。女優の恭子からはかなり強引に迫られた。俳優はほかに住吉、斎木、みさと、そして演出も兼ねている風間。あとはスタッフたちだ。タキは以前所属していた伊沢清美と別れてから女癖が悪くなり、恭子も遊ばれた一人だという。伊沢清美は小道具の槍による事故で亡くなっていた。七回忌となるこの日、清美の父が作った劇場で、追悼公演が行われる。ところが小道具のナイフが本物にすり替えられ、住吉が負傷してしまう。風間たちはそれでも公演を中止にしようとはしなかった。

 はじめから狙っていたのか結果的にそうなったのかはわかりませんが、シリーズ最終作である本書だからこそ、信濃譲二が殺されたという言葉に重みがあります。何らかの叙述トリックではないのかと疑いながらも、探偵が死によって退場するというのもまたシリーズ最終作には相応しい趣向ではあるからです。

 しかしそんなせっかくの趣向も、話の内容自体が面白くないという致命的な欠陥により台無しになっていました。作中作の出来栄えときたら、面白くないを通り越して怒りさえ覚えるほどです。事件が起こった理由の一つが【己の才能のなさ】であったことを考えれば、面白くないというのはかなりの説得力を持ってはいるわけですが。

 となれば劇の外での人間ドラマに期待したいところですが、いかにも青臭いサブカル連中がぶつかり合っているだけなので、盛り上がるどころかしらけ鳥が飛ぶばかりでした。

 そして解決編。信濃によってものすごくしょぼい動く家のトリックが明らかにされます【※娘の復讐に燃える伊沢がからくり仕掛けの劇場を作り、座席全体を回転させて扉の位置をずらすことで、ナイフすり替えのための移動が可能になった】。

 そしてその直後、信濃譲二が殺されます。

 ここで冒頭に戻り、徹が風間に事情を聞きに来たところで、ある事実が明らかになります。しかし正直なところさほど驚きはありません。作者本人が書いているはずなのに、【あまり信濃譲二っぽく】なかったからです。

 信濃譲二は【劇団の売り上げを狙った偽物】であり、動く家のトリックも【まったくの見当違い】であり、殺されたのも【以前の詐欺がばれて劇団員の一人とトラブルになった】ためだということがわかります。

 そして殺人事件の真相も明らかになりました【※清美を失ったことと己の才能のなさに絶望し、(第二の被害者である)タキが舞台上で自殺した。第一の被害者は偶然からナイフがすり替わってしまった】。殺すにしてもなぜわざわざ舞台上なのか、がポイントでもあったので、そこをクリアしているこの真相は、ありがちとはいえ納得のいくものでした。

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