「よけいなお世話だ」ラリイ・ニーヴン、「不安検出書(B式)」ジョン・スラデック、「異星の生贄」キャサリン・マクレーン、「憂鬱な象」スパイダー・ロビンスン、「祈り」ジョアンナ・ラス、「他の孤児」ジョン・ケッセル(S-Fマガジン)
「よけいなお世話だ」ラリイ・ニーヴン/小尾芙佐訳(The Meddler,Larry Niven,1968)★★☆☆☆
――おれの部屋にだれかいる。シンクの手下にちがいない。ドジな野郎だ、ドアの下から明かりがもれている。ドアを蹴やぶって、ジャイロジェットの弾丸を四発ぶちこんでやった。「なぜこんなことをする?」死体があるはずのところから声が聞こえ、やつが立っていた。「金属の贈りものには感謝をするが、なぜわたしの体に穴をあけたか――」「シンクの兵隊どもがおれを消したがっているからさ」。やつがどろどろと溶けてビーチボールみたいに固まっていくのを、おれはぽかんと見つめていた。
『S-Fマガジン』1982年5月号No.286掲載。マフィアに命を狙われる私立探偵が宇宙人の地球人観測に巻き込まれるハードボイルド・パロディ。
「不安検出書(B式)」ジョン・スラデック/野口幸夫訳(Anxietal Register B,John Sladek,1969)★★★☆☆
――1.現在の姓名、フルネームを記入してください。2.出生時、または洗礼時のフルネームを。3.通称、略称、異名、あだななどを漏れなく挙げてください。4.出生の証明となる書類の謄本を添付してください……11.生まれてからこれまでに居住した場所の所番地をすべて記述してください。居留した場所は漏れなく示すこと……。
『S-Fマガジン』1982年5月号No.286掲載。奇想コレクション『蒸気駆動の少年』にも収録されています。いったいどういった組織による何のための証言書なのか、わからないのが不気味です。見透かされたように、「あなたがたがこの書類を読んでいるだけだとすれば」と書かれるのにはぞくりとしました。
「異星の生贄」キャサリン・マクレイン/岡部宏之訳(Unhuman Sacrifice,Katherine MacLean,1958)★★★★☆
――操縦室のアーチから遠い人声が流れこんできた。「外で原住民に説教してやがる」ヘンダーソンが声のする方を見上げた。「翻訳機はまだ使えないよ」チャーリーが言ったが、「話しはしないだろう? 説教してるのさ」。だが原住民たちは説教しているウィントンではなく、翻訳機の方を気に入っていた。……今は乾期の終りだった。スペットは罠から魚をはずし、せっせと塩を振っていた。よそ者の一人がやってきた。襲いもせずにじっと眺めている。もしかしたら溺死しただれかの幽霊なのかもしれない。スペットが次の罠に取りかかると、よそ者が糸を引っ張ってくれた。家に帰る途中、スペットはあの“話す箱”のところを通りかかり、心の一番上にある事柄を話した。もうすぐ成人の儀式である“吊し”がおこなわれる。たいていの者は生き残るが、自分は死ぬのだと思う。
『S-Fマガジン』1982年5月号No.286掲載。異星の住民にキリスト教を押しつけようとする説教師が愚かなのは間違いありませんが、それに批判的だった機関士たちも結局は同じ穴の狢だったことが明らかになり、わたし自身わかりやすい悪に反発することで自分が正しいと思い込んでいたことに気づいて愕然としました。意味のない文化や風習などないのでしょう。自らの思い込みと行為によって意図せざる結果を引き起こしてしまったヘンダーソンが、代償のような行動で精神の安定を図っているのが哀れでした。
「憂鬱な象」スパイダー・ロビンスン/風見潤訳(Melancholy Elephants,Spider Robinson,1982)★★☆☆☆
――ドロシィは上院議員との面会にこぎつけた。「では始めよう、ミセス・マーティン。どんな用なんだね?」「わたしは法令第四二一七八九六号の廃案に深い関心をもっております」「しかしわしの見るところ、その法令はあなたが代表している芸術家の利益を永続的に守ることになるのではないかね」「音の数や言葉の配列は有限です。著作権を永遠に延長すれば、人類は心に大きな傷を受けることになります」
『S-Fマガジン』1984年11月号No.319掲載。ヒューゴー賞ショート・ストーリイ部門受賞作。著作権延長によって芸術(家)が死ぬという、それ自体はもっともと言ってもいい主張なのですが、小説というより作者が自分の考えをそのまま垂れ流したような構成が興醒めです。タイトルは英語のことわざ「象は忘れない」より。
「祈り」ジョアンナ・ラス/冬川亘訳(Souls,Joanna Russ,1982)★★★★☆
――これはわが修道院の長であったラーデグンデ修道女と、この村にノルド人たちがやって来たとき、なにがあったかの物語だ。当時私はまだ子どもで、院長に可愛がられ、使い走りの仕事を一手に引きうけていた。ラーデグンデは、たった二歳でラテン語の聖書を読み、あらゆる学問を身に付けたあと、ここに戻って来た。そして或る日、あの恐ろしいバイキングの大舟が幾艘も姿を見せた。神はなにもなされなかった。ラーデグンデ院長はただひとり猛々しい男たちに向かって歩いていった。「わが信徒たちの安全を約束すれば、宝物のある秘密の場所にご案内しましょう」。ソールヴァルトという男をはじめとして、ノルド人たちは同意した。だがこの平穏は長つづきしなかった。きっかけは見当もつかない。気づけば死体の山だった。ノルド人唯一の負傷者は死にかけていたが、院長が一晩中祈ると治っていた。その夜、院長が寝床を出て独り言を言いながら歩きまわっていた。「……もう善良なラーデグンデ院長なんてうんざりだ……助けて、誰か来て!」。それ以後のラーデグンデは、ラーデグンデ修道女を脱ぎ捨てた見知らぬ女だった。
『S-Fマガジン』1984年11月号No.319掲載。ヒューゴー賞ノヴェラ賞受賞作。修道院長の天才エピソードと、お茶目な人となりを語ることで、敬意と親しみを持たれる人なのだろうというのが伝わってきます。そんな和やかな空気を突き破るような突然のヴァイキングの襲来ですが、敵の素性をシャーロック・ホームズの如き洞察力で見抜いたり、持ち前のユーモアで敵をも和ませたりと、ここらあたりまでならヒューマンドラマのようでした。その後に悲劇や奇跡が起こるものの、そうした雰囲気は持続していくといっていいでしょう。怪しくなってくるのは院長の夜中の独語徘徊からです。それまでも独り言めいたおかしな描写はありましたが、ここに至って二重人格か悪魔憑きか宇宙人に操られていたのかといった怪奇幻想じみた展開になってきます。そしてそのまま物語は終わるのです。どう解釈すべきなのかわからないまま、読後いつまでも眩暈感が後を引きます。
「他の孤児」ジョン・ケッセル/村上博基訳(Another Orphan,John Kessel,1982)★★★★★
――目を覚ますと、暗がりと、揺曳感と、大勢の人間の体臭があった。ベッドではなくハンモックに揺られていた。「キャロル……」はっと気づいたら夢だったということになるのだろうと思いながらまた仰向けに寝た。だがにおいは現実感をました。鐘が鳴り、「ファロン、起きろ」と大きな声がいった。彼の名はパトリック・ファロン。シカゴの仲買商社に勤める取引員である。キャロルという女と暮らしている。前夜、キャロルとパーティから帰宅して、喧嘩して仲なおりして睦み合った。映画では似たような状況に出くわす。乗組員はみんな彼のことを知っていた。きっとこの船にパトリック・ファロンという男がいて、なぜか入れ替わったのだろう。船の仕事には無知同然だったが、同年配の水夫が教えてくれた。「大丈夫か。下へ行こう。ほら、あそこにいるよ」「だれが」「エイハブだ」水夫はこたえた。
『S-Fマガジン』1984年11月号No.319掲載。ネビュラ賞ノヴェラ部門受賞作。『白鯨』の世界に紛れ込んでしまった男の話です。この世は物語ではないということを、物語の世界を舞台にして明らかにするところが逆説的で格好いい。キャロルとの関係や仕事のことで停滞気味だった人生は、ある意味では物語以上に予定調和であったのかもしれません。答えを知っているというのは強みでもあり弱みでもあります。物語の答えが決まっているのなら『白鯨』の最後に待っているのは全滅ですが、全滅を避けるために行動し変えることが出来たなら、その時点で知っていた答えとは違ってしまうのですから。もっとエンタメ寄りの作家が書いたなら、ただ一人生き残るはずのイシュメールとは誰かを探す話になるだろうし、ミステリ作家なら、自分が生き残るために真のイシュメールを殺して成り代わった犯人捜しを書くだろうか、などと想像を飛躍させるのも楽しい。タイトルの「他の孤児」とは『白鯨』最終行より、遭難者を捜す別の船から見たイシュメールのことですが、もちろんファロンのことも指すのでしょう。
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