『わたしの本の空白は』近藤史恵(ハルキ文庫)
2018年初刊。
タイトルに惹かれて購入しましたが、本というのは譬喩であって、記憶喪失の話でした。
病室で目覚めた三笠南は自分や家族の記憶を失っていた――古典的とも言えるネタですが、古典は強いと言うべきか、緊迫したサスペンスからは目が離せません。
態度からすると同居する夫の家族からは疎まれていたようです。夢のなかに現れた男には見覚えがあり、どうやら自分は夫の慎也ではなくその男に恋愛感情を抱いているらしい。そして慎也やその姉・祐未は何かを隠しているようなのです。唯一の味方である妹の小雪から聞いた話は、慎也や祐未から聞いた話とは食い違っていました。
ここで当然、慎也たちが何を隠しているのか――に興味を惹きつけられてしまうのですが、その時点で著者の術中に絡め取られていました。小雪の方も慎也たちの方も噓はついていませんでした。記憶を失う前の南が小雪にしていた打ち明け話が、【南が本当のことだと信じていたこと】だっただけで。家族の謎めいた態度や証言の齟齬が、盲目の恋という事実によってきれいに説明されるのがスマートでした。
二年前から慎也と付き合っていた、というのが本人の記憶ではなく、本人から話を聞いていた他者の証言であるというのがポイントでした。
謎が謎であったのは、何も記憶喪失のせいばかりではなく、夢の男が【詐欺師】だとわかっていながら惹かれてしまう南のままならぬ心にあったというのは、理不尽だけれど非常に納得しやすい理由です。
この手の話にしては語り手がヒステリックではないので好感が持てます。それにしても祐未がいい人すぎたので救われていました。
気づいたら病院のベッドに横たわっていたわたし。目は覚めたけれど、自分の名前も年齢も、家族のこともわからない。夫を名乗る人が現れたけれど、嬉しさよりも違和感だけが立ち上る。本当に彼はわたしが愛した人だったの? 何も思い出せないのに、自分の心だけは真実を知っていた……。“愛”を突き詰めた先にあったものとは──。最後まで目が離せない傑作サスペンス長編!(カバーあらすじ)
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