『S-Fマガジン』2024年12月号No.766【ラテンアメリカSF特集】
『百年の孤独』文庫化がきっかけの特集だそうです。
「ペラルゴニア――〈空想人類学ジャーナル〉への手紙」シオドラ・ゴス/鈴木潤訳(Pellargonia: A Letter to the Journal of Imaginary Anthropology,Theodore Goss,2022)★★☆☆☆
――利発で想像力豊かな高校生たちが集まって架空の国「ペラゴニア」を創造し、Wikipedia の記事を作ったり、Instagram に写真を投稿したりしているうちに、現実にペラゴニアが存在することになってしまう。行方不明になった高校生の父親(人類学者)の身に、はたして何が起こったのか……。(特集解説より)
著者はハンガリー生まれのアメリカ人作家。それなのにラテンアメリカSF特集に採用されたのは、この作品がボルヘス「トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス」に影響を受けていることによります。『メアリ・ジキル』シリーズもそうでしたが、訳がガーリッシュすぎると感じます。
「うつし世を逃れ」ガブリエラ・ダミアン・ミラベーテ/井上知訳(Retreat from the World Outside(Huir del siglo),Gabriela Damián Miravete,2020)★★★☆☆
――異端審問審査官へ、裁判所の命により、罪科の審査と相当する刑罰を明らかにされるべく、以下の事物をお送りします。修道女ソル・アガタ による自筆の書き付け。同修道女により作られたとおぼしき、機能および用途不明の、異端かもしれぬ装置一台。装置とともに見つかった円盤のようなもの一枚。告発者ソル・マリアによると、ソル・アガタは異端の者であり、アルフォンソ・デ・アルバ神父と姦淫の罪も犯しているといいます。部屋から怪しげな物音が聞こえ、禁書を読んでいたのを目撃しました。
メキシコの作家。英訳からの重訳。狂信者から見れば邪な行為であり、未来人との交信のようにも見え、最終的にはアナクロな録音再生装置という落としどころに落とされます。過去が舞台だからこそ、【失われそうな少数言語の保存】という目的が活きています。
「ラテンアメリカ文学ブックガイド」鯨井久志他
「ラテンアメリカ文学研究者・翻訳家 寺尾隆吉インタビュー」鯨井久志
〈ラプラタ幻想文学〉と〈魔術的リアリズム〉の違いや、「『ドン・キホーテ』の著者、ピエール・メナール」の執筆が海外小説の海賊版が出回っていた当時の出版事情によるという説や、ボルヘスが編んだ幻想小説選集に採録された芥川の〝もう一つの〟「仙人」がボルヘスの創作ではないかと勘違いした話など、興味深い話題がいくつもありました。
「児玉まりあ文学集成 出張版」三島芳治
「多様性と若手作家の台頭 最新スペイン語圏SF動向」井上知
「輪廻の車輪」韓松/鯨井久志訳(噶赞寺的转经筒(The Wheel of Samsara),韩松(Han Song),2002)★★★☆☆
――チベットを旅していた女名、ある日噶賛寺に辿り着いた。壁に吊るされた数珠つなぎの青銅の摩尼車が目を惹いた。それは〈輪廻の車輪〉と呼ばれていた。その夜、寺に泊まった女は、叫び声を耳にした。翌朝、ラマ僧たちは説明した。「それは死霊ではなく〈輪廻の車輪〉のいななきです」と。過去五百年のあいだ噶賛寺は何度も打ち壊されたが、時計回りに三十六番目の摩尼車だけはかつての姿を留めていて、雨風が近づくとその車輪は不可思議な音を響かせるのだという。火星に戻った女は、父親にその話をした。科学者である父親は、静電気に過ぎないと説明した。
著者本人の英訳からの重訳。仏の教えには宇宙のすべてが詰まっているという喩えを言葉どおりに解釈したかのようなスケールの大きさがあります。
「第12回ハヤカワSFコンテスト 最終選考結果発表」受賞者コメント(カスガ、犬怪寅日子、カリベユウキ)、最終選考委員選評(東浩紀、小川一水、神林長平、菅浩江、塩澤快浩)
「歌よみSF放浪記 宇宙《そら》にうたえば(4) 記録と記憶」松村由利子
「SF BOOK SCOPE」
◆『長安ラッパー李白』大恵和美編は、中央公論社による中国SFアンソロジーの第三弾。ただし今回は「日中競作唐代SFアンソロジー」とある通り、日本作家も寄稿しているため、中国SFの収録量は半分だけ。大濱普美子『三行怪々』は、タイトル通りの三行小説集。
◆リリア・アセンヌ『透明都市』は、極限までに透明性が求められるようになった社会が舞台のディストピアSFにして、「行方をくらました一家の謎を追う、kの設定だからこその『特殊設定ミステリ』としても楽しませてくれる一冊」。ステファン・テメルソン『缶詰サーディンの謎』は、〈ドーキー・アーカイヴ〉の新刊。〈スパニッシュ・ホラー〉サマンタ・シュウェブリン『救出の距離』は、シャーリイ・ジャクスン賞受賞作。ただしホラー時評の方では「端的にまとめればB級ホラー」という評価も。
◆上條一輝『深淵のテレパス』は、第一回創元ホラー長編賞受賞作。「正統派モダンホラー」と聞くと面白くなさそうですが、「謎解きプロセスの面白さとその先に待つ意外性、そしてはったりの利いたクライマックスと、作者の賞自体の今後の発展に期待したくなるデビュー作」とのこと。
◆静月遠火『何かの家』は、著者七年ぶりの新刊。特殊設定ミステリとしても評価されていました。
「SFのある文学誌(97)夢野久作③――大正期童話運動と夢野の創作童話」長山靖生
「戦後初期日本SF・女性小説家たちの足跡(16)新井素子――日本SF史に残るベストセラー作家①」伴名練
奇想天外SF新人賞の星新一×筒井康隆×小松左京の選考会の様子が面白い。
「乱視読者の小説千一夜
ブライアン・オールディスについて。
『コミケへの聖歌(冒頭先行掲載)』カスガ
『羊式型人間模擬機(冒頭先行掲載)』犬怪寅日子(いぬかい・とらひこ)
いずれも第12回ハヤカワSFコンテストの大賞受賞作の冒頭先行掲載。
「時間移民」劉慈欣《リウ・ツーシン》/大森望、光吉さくら、ワン・チャイ訳(时间移民,刘慈欣,2010)
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『時間移民 劉慈欣短篇集Ⅱ』より表題作を先行掲載。
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