『F THE TRiBUTE 藤子・F・不二雄トリビュート&原作アンソロジー』★★★☆☆
2014年に『Fライフ』3号に掲載されたトリビュート作品8作に、描き下ろし8作を加え、お気に入りの原作作品とインタビューも追加した作品集。2024年11月22日発売。
てっきり描き下ろしのオマージュ短篇集かと思っていたのですが、トリビュートした作家が選んだ藤子作品も収録したアンソロジーにもなっていて、嬉しい驚きでした。いい企画です。
どの作家がどの作品をどんな理由で選んだのか、作家それぞれのアンソロジストぶりも楽しめました。トリビュート短篇と繫がりのある作品もあればそうでない作品もあり、繫がりのある作品の場合はどう料理したのかが見どころです。
ただ、こうしたアンソロジーはたいてい突出した作品がひとつくらいはあるものなのですが、本書にはそういった目玉がありませんでした。みんな敬意を払いすぎておとなしくまとまっている印象です。陳腐な言い方ではありますが、Fを超える作品はありませんでした。
そんななかもっとも印象に残ったのは、山口つばさ「もう一人の流血鬼」(描き下ろし)でした。山口氏が選んだ作品「流血鬼」の登場人物が〝思っていたかもしれない〟ことを描いた内容で、ファンの視点と作家の視点両方からアプローチしたような、原作を補完したような作品でした。それにしても、「流血鬼」を読んだのは高松美咲氏に勧められたからと書かれてあって、このお二人はtwitter(X)でも交流の様子が紹介されていたりして本当に仲がいいんだなあと思わずにはいられません。
高橋聖一「今日が地球の最終回」(2014)も、F作品「イヤなイヤなイヤな奴」の構造をそっくり借りて別の物語を作りあげるという、いわばカバーやリメイクのような作品で、換骨奪胎の仕方が上手いと感心しました。
石黒正数氏は誰もが知る藤子フリークなので、どんな作品が飛び出すのかと期待していたのですが、「音速の箱」(2014)は意外と地味――というか、石黒作品そのまんまでした。どれだけ血肉になっているのかと、別の意味で大笑いしてしまいました。しかもコメントに「日常ミステリとしての完成度も高い『エスパー魔美』の中でも」云々と書いてあって、エスパー魔美を日常ミステリというくくりで捉えるところからして既に独特です。
血肉となっている石黒作品に対し、ひたすらオタク的ツッコミに徹したのが大童澄瞳「ねがい星の災難」(描き下ろし)。
今井哲也「FはフューチャーのF」(2014)も、もともとSFの得意な今井氏ということもありいつもどおりの今井作品――のように見えて、実はドラえもん誕生に関わるタイムパラドックスをもたらす使命を帯びていたことがわかる、小粋なトリビュートでした。
藤子作品からの影響を隠しもしない点で石黒氏と双璧をなす、とよ田みのる氏も、石黒氏と同じく好きな作品に『エスパー魔美』を挙げていました。ただの偶然なのか、それとも『エスパー魔美』にはF作品のエッセンスが詰まっているのか。
収録作品は以下の通り。
渡辺航「のび太のさがしもの」(描き下ろし)/ドラえもん「未来からの買いもの」
高松美咲「エリさま、お料理する」(描き下ろし)/チンプイ「魅惑のマール料理」
奥浩哉「Another Perman」(描き下ろし)/パーマン「はじめましてパー子です」
浅野いにお「D」(2014)/ドラえもん「もしもボックス」
高橋聖一「今日が地球の最終回」(2014)/「イヤなイヤなイヤな奴」
石黒正数「音速の箱」(2014)/エスパー魔美「地底からの声」
大童澄瞳「ねがい星の災難」(描き下ろし)/ドラえもん「ねがい星」
小玉ユキ「キテレツな彼のこと」(2014)/キテレツ大百科「空き地の銀世界」
木村風太「運命のT・P」(描き下ろし)/T・Pぼん「ピラミッドの秘密」
今井哲也「FはフューチャーのF」(2014)/ドラえもん「ボールに乗って」
山口つばさ「もう一人の流血鬼」(描き下ろし)/「流血鬼」
モリタイシ「ラーマン」(2014)/パーマン「お金のはじまり」
真造圭伍「スネオボーイ」(描き下ろし)/ドラえもん「バッジを作ろう」
とよ田みのる「にゃんポコ」(2014)/ポコニャン「けっさく映画をつくる」
山本さほ「大人になりたくない」(描き下ろし)/ドラえもん「人生やりなおし機」
吉崎観音「時空の島にて」(2014)/キテレツ大百科「水ねん土で子どもビル」
『春と盆暗 新装版』熊倉献(ヒーローズコミックス ふらっと)★★★★☆
以前アフタヌーンKCから出ていたデビュー作の再刊行版。描き下ろし「雨女、遠く」を収録。元版収録作とは違い、ぼんくらカップルではなく第三者(とも言い切れないが)視点が採用されているのが新鮮でした。雨に追いかけられて雨を振り切ろうとして走る雨女の、シュールなイラストに著者らしさを感じました。
装丁:arcoinc。2024年刊行。
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