『殺人者を乗せて 鉄道ミステリ傑作選〈昭和国鉄編Ⅲ〉』佳多山大地編(双葉文庫)
二巻で終わる予定だったものの好評につき第三巻が刊行された、鉄道ミステリの傑作選です。
「「雷鳥九号」殺人事件」西村京太郎(1982)★★★★☆
――雷鳥九号が北陸トンネルを抜けて福井駅に着くころ、トイレで銃殺死体が見つかった。車中で二十五、六の美人に話しかけていた中年男だと、車掌長の久木は気づいた。福井県警の井手警部らは消えた女を九頭竜湖岸の旅館で発見したが、その女・三浦由美子は完全黙秘を貫いていた。凶器の拳銃が線路脇に捨てられているのも発見され、被害者の羽田真一郎は金の投機詐欺で多くの人から恨まれていたこともわかり、三浦が復讐のために殺したと思われたが……あまりにもスムーズに進む捜査と裁判に、十津川警部たちは懸念を覚えた。
完全黙秘の理由が明らかになった瞬間に強烈な不可能犯罪が立ち現れるストーリー展開が上手すぎます。二つの殺人事件の現場は福井県走行中の列車内と石川県の空家と離れており、凶器が同一であると証明されてしまったがゆえに共犯者がいたとしても犯行が不可能という謎が魅力的でした。そしてこのアリバイというのが、単なる時刻表トリックではなく空間上のトリックにもなっているのが贅沢です。
「殺意の風景 隆起海岸の巻[鵜ノ巣断崖]」宮脇俊三(1984)★★★★☆
――K子と旅行に出かけるのは久しぶりだ。最初に会ってからは、平凡で不倫な仲の男女が陥る悪い経過をたどった。だが、もう優柔不断はくりかえすまい。二日前に福岡に行って、今日の寝台券にパンチを入れておいた。そうして私は車にK子を乗せ、北陸をドライブした。目指すのは鵜ノ巣断崖だ。
「殺意の風景 石油コンビナートの巻[徳山]」宮脇俊三(1983)★★★☆☆
――D建設の係が、飛行機が満席で切符がとれないと言いおって、この私が「あさかぜ」の寝台に乗ることになった。「走るホテル」と言われた豪華列車も、ジェット機の時代には昔日の面影はない。食堂車でビールを飲んでいると、あのD建設の担当者がいた。「ところで先生、徳山に新しく導入された装置に問題があるという噂があるのです。徳山で途中下車してちょっとご覧になっては……」
さまざまな人間の殺意の瞬間を切り取った短篇集『殺意の風景』より、鉄道要素が多い二篇が選ばれています。不倫相手の殺害を決意した男の犯罪小説風の顛末を描く「隆起海岸の巻」。憎まれっ子世にはばかって、俗物議員が自分は何もしていないのにうまく殺意を回避してしまう「石油コンビナートの巻」。
「準急《皆生》」天城一(1994)★★☆☆☆
――売れないファッション・デザイナー江迎登志子が、東京の自宅で殴られて気を失ったところを絞め殺されていた。死亡推定時刻は〇時から二時。ネグリジェ姿だったことから、犯人は深い仲の男に違いない。根気強い捜査の結果、大阪のファッション店経営者・船越の存在が浮上する。だが船越は事件当日チーフ・アシスタントの本郷と中国地方に山歩きに行き、本郷のミスで準急《皆生》に乗り遅れたため、東京にはその日のうちには着けなかった。さらには本郷はその日以来姿を消していた。
島崎警部もの。すぐにかっとなる男がその場で相手を殴らずに物陰に連れていってから殴ったという不自然さから、見られたくなかった理由があったのだと推測してゆく場面は、クリスティみたいな何気ない人間心理の綾で好きなのですが、その肝心の理由というのがアリバイのために別の列車に乗るところを見られなくなかった、というただの時刻表トリックなのががっかりでした。相変わらずとっつきにくい文章です。
「浜名湖東方十五キロの地点」森村誠一(1969)★★★★☆
――この世に面白いものは何もないと、朝田申六は信じている。だが新聞で革マル派の闘士に関する「倦怠からの脱出」という記事を読んで以来、軽蔑していた学生闘士に親近感を覚えたのだった。西側の大国A国のブライアント首相の来日が決定した。安保条約の期限が来年に迫っているためと見られ、阻止行動も激烈を極めると予想された。現にナイトン秘書ですら機動隊に守られて宿舎へ入るほどである。その日の夜、朝田は久しぶりにガールフレンドの山辺洋子を呼び出した。彼女は全学連の反日共系過激集団の一派だった。朝田は女が帰った後、俺がナイトンを襲撃したらどうなるだろうか?と面白半分に考えた。その翌朝、洋子が内ゲバで殺されたことを知った。朝田の中で計画が確定した。ナイトン襲撃を洋子に代わって遂行することが彼女の追悼であり復讐になるだろう。
学生運動と対になるような、虚無的な観念の犯罪には、何だかんだで引き込まれます。アリバイトリック的な上下線の時刻表のタイムテーブルを、時限爆弾による暗殺計画に援用しているのが面白いところです。せっかくの計画が人のよい善意によって無に帰してしまうのも皮肉でした。編者が鉄オタらしいところを発揮して、解説で「浜名湖東方十五キロの地点」が何処なのかを突き止めているのが可笑しかったです。
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