『女と女と女たち』(Woman times Seven,1967,米伊仏)
シャーリー・マクレーン、ピーター・セラーズ他出演。ヴィットリオ・デ・シーカ監督。
すべてシャーリー・マクレーンが主演のオムニバス映画でした。最初の二話がつまらないのでどうなることかと思いましたが、中盤で盛り上げて最終話できれいに締めるという、よく考えられた構成でした。
今で言うアイドル映画みたいなもので、シャーリー・マクレーンのための映画です。さまざまなシャーリー・マクレーンが見られるという点では企画は成功しているのかもしれませんが、映画として楽しめる作品は少なかったです。
第一話「Paulette(ポーレット) Funeral Procession」は、夫を亡くしたポーレットが葬列の最中に友人(?)の男からひたすら口説かれる話。ジャン役にピーター・セラーズ。葬列だけで話が進むという点では室内劇のような要素があります。実際、ただただ未亡人を口説くという動きの少ない画面のなか、穴にはまったり暴走車が通ったりといったくすぐりで緩急をつけています。裏を返せば葬列で口説くというただそれだけの話で、二人だけが葬列から離れてゆくというオチも弱いと言わざるを得ません。
第二話「Maria Teresa(マリア・テレーザ) Amateur Night」
――予定より早く帰ってきたマリア゠テレーザは、夫と友人の浮気現場を目撃し、家を飛び出し途方に暮れているところを、娼婦たちに声をかけられる。夫役はロッサノ・ブラッツィ。ベッドの中にいるところを目撃されたにもかかわらず、「私とニネットの間には何もない」と言い訳する夫には笑いました。娼婦へと誘われるも、やっぱり夫を愛していたという、これも何のひねりもない内容でした。
第三話「Linda(リンダ)」
――通訳のリンダは、通訳にかこつけて男たちから口説かれていた。リンダの部屋に誘われた男二人チェンチとマコーミックは、精神性に重きを置くリンダを尊重しながら互いに牽制し合う。チェンチ役はヴィットリオ・ガスマン。精神性や裸はヒッピーなんかの諷刺なのでしょうか。我慢できなくなった男二人が本音を言いながらビンタし合うところが笑い所。これも型通りとは言え、オチは前の二篇よりはすっきりしています。
第四話「Edith(エディット) Super Simone」
――夫のリックは売れっ子作家。エディットは夫の読み上げる文章を聞いてうっとりしていた。女たちはリックの小説に夢中だが、エディットは作中の女とは似ても似つかない地味な女だ。
リック役はレックス・バーカー。第三話の色っぽいシャーリー・マクレーンから一転、芋っぽい地味な姿で登場します。アイデアを書き留めるのに夢中になった夫に気づいてもらおうとする、構ってもらいたがり方が可愛い。うざいけど。普段は地味で真面目でふざけ方のわからない人が、コンプレックスからやり過ぎて羽目を外してしまうのが、妙にリアルに痛々しいのですが笑ってしまいます。ただでさえ七変化しているシャーリー・マクレーンが、夫の小説のヒロインであるシモーヌのイメージとして白や緑や青に変化したり、地味な女を脱却しようとしたりして大忙しです。
第五話「Eve(イヴ) At the Opera」
――オーダーメイドのドレスのデザインを盗まれて怒りに燃えたイヴは、女優のリジェールが公演でそのドレスを着るのを阻止しようとする。夫の会社の社員ドゥミが提案したアイデアは、爆弾というものだった。夫役はパトリック・ワイマーク。イヴと女優が互いに夫とマネージャー(?)をけしかけて喧嘩したり、ドゥミが犬の遠吠えで合図したりするのがバカバカしくて好きです。実はやり慣れていたというのも笑ってしまいました。
第六話「Marie(マリー) The Suicides」
――マリーは愛人のフレッドと心中しようとし、遺書をテープに吹き込むと、心中の衣装と拳銃や薬を用意しようとする。フレッド役はアラン・アーキン。チップ用の小銭がなくて気にするのはともかく、錠剤は飲まない主義だからと死に方にこだわるフレッドに対し、「明日の新聞に『座薬で自殺』と書かれる」とツッコむシャーリー・マクレーンがもっともでした。
第七話「Jean(ジーン) Snow」
――友人と歩いていたジーンは男にあとをつけられる。まんざらでもないジーンだったが……家に帰ると夫のヴィクターは帰りが遅かったことに不機嫌さを隠さない。あとをつける男役にマイケル・ケイン、ヴィクター役にフィリップ・ノワレ。妻と夫のすれ違いが、結果としては幸せな結末を生んでいました。こういう浮気未満がガス抜きになって、案外二人はうまくいきそうです。
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