監督:望月智充。原作:氷室冴子。当時のジブリの若手スタッフが作ったテレビ放送作品。
リバイバル(?)上映があったので。
原作が氷室冴子ということは、一昔や二昔どころか十昔くらい前の作品にしては離婚問題を扱っているのが当時としては画期的なのでは?と思ったのですが、原作自体が1990〜1992年の連載で単行本が1993年発行なので、原作とアニメ作品は同時代でした。とはいえ現在から見れば30年以上前なので遙か昔には違いありませんが。
両親の離婚でド田舎の高校に転校して来た高校生が、何もかもを周りのせいにしてひたすら周りに迷惑をかけ続けるという内容です。こうした多感な時期の自分では制御できない感情が、繊細で丁寧に――描かれていればよいのですが、如何せんかなり雑なのが実情です。
恐らくまだ会話したことすらなく友人から話を聞いたことがあるという程度の関係性で、修学旅行で6万円貸して→「いいよ」といいう展開には啞然としました。この作品にはそんな展開ばかりなのですが、なまじリアルな筆致で描かれているだけに、マンガチックな部分が目についてしまいました。
大学生の主人公から見た回想という体裁の映画なので、都合のいいところばかり思い出していたり記憶を改変していたりしてもおかしくはないのですが。
周りに当たり散らす転校生・里伽子に対して、主人公・杜崎と親友・松野の二人だけは里伽子を受け止めます。結局のところは二人とも里伽子のことが好きだから――にほかならず、当人たちが深刻ぶれば深刻ぶるだけ、その根っこの取るに足らなさが惨めでした。
東京に行くだけで大騒ぎするなんて、高校生のころはそんなだったかもなあ……というような、いろいろな「だったかもなあ」で構成されていて、でもそれらが繫がらない映画、でした。
卒業して数年後の同窓会で、いがみ合っていた人たちも特別な理由なく、広い社会を経験し年月を経たことで、「懐かしいと感じた」「高校生のころはみんな狭い世界しか見ていなかった」と自己解決していました。あたかも、そのあいだの変化は鑑賞しているあなたの経験で埋めてください、と言わんばかりに。
こういうのを、開かれた作品と捉えたり、挑発的と捉えたり、あるあるだと捉えたりする人もいるでしょうが、わたし個人は投げっぱなしで無責任だなあと感じてしまいました。そりゃそうでしょ、としか言いようがないです。
里伽子役の声優の演技が棒読みでひどいのですが、これも里伽子の疎外感(というか自分から周りを拒絶していること)を、意図的に表現してこうなっているのでしょうか。このしゃべり方のおかげで里伽子の憎たらしさが倍増していたので、意図的な演技ならたいしたものだと思いました。
大学生になった里伽子の髪型が昔のトレンディドラマの女優みたいで、めちゃくちゃ笑いました。恐らく当時の流行だったのでしょう。そういう細かいところにこだわるあたりがさすがジブリと思わなくもありませんが、いま見ると絶妙にダサくて笑ってしまいました。
笑うといえば、ビンタ&ビンタ、ビンタ&殴打の応酬も、こういうノリやテンポには宮崎駿ジブリっぽさを感じましたが、『海がきこえる』のなかでやられるとシリアスというよりコミカルで浮いてしまうんですよね。
リアルな人物描写や青春期特有の空気感が評価されているのはわかりますが、一方でリアルとはいえない展開や不自然な言い落としや説明不足な箇所が多すぎて、総合的にはマイナスでした。
というわけで、ツッコミどころには目をつぶって無になって見るべき作品でした。
『海がきこえる』