とにもかくにも泡坂妻夫が好きなのが伝わってきます。
麻耶雄嵩との対談と朝井リョウとの対談は雑誌で読んでいました。
光文社古典新訳版『オリエント急行殺人事件』のしおりは列車の見取り図になっているというのを読んで、その発想に感心しました。
葛飾応為を描いた歴史小説『眩(くらら)』(朝井かまて)が刊行されていたとは知りませんでした。
太刀洗万智つながりで大刀洗町から依頼された講演では、太刀洗万智について話しています。苗字だけならともかく「まち」まで一致するのに狙ったわけではないようです。創元推理文庫の英題についての話は非常に興味深い。『さよなら妖精』の英題『The Seventh Hope』から「The Vanishing of」を取った理由に、『王とサーカス』の英題が複数形の理由、『真実の10メートル手前』の英題『How Many Miles to the Truth』にクエスチョンマークがついていない理由に、「花冠の日」の英題に「Day」が付けられていない理由など、通常とはちょっと違う形の自作解説にもなっていました。
「13冊のミステリについて」の章では、さまざまな名作について目から鱗の指摘がありました。
ケメルマン『九マイルは遠すぎる』と言えば、表題作のみ突出していて他は普通のミステリだというのが一般的な評価だと思うのですが、表題作は「最初の一文からすべてが始まってはいない」で、あとから情報が付け加えられていくのに対し、「その素晴らしさが頂点に達した」作品として「エンド・プレイ」「おしゃべり湯沸かし」が挙げられていました。
ロイ・ヴィカーズ『迷宮課事件簿』も、一般的な評価としては偶然に頼った倒叙という位置づけであり、良くも悪くもそれが特徴だと思っていました。ところが米澤氏は「人間スケッチがすばらしい! こんな人間だったら殺してやろうっていう気にもなる」「これほど鮮やかに人の心理を描き出す人だったっけ」というところに着目します。
ほかに『樽』『さむけ』『敗北への凱旋』『六の宮の姫君』などが、著者ならではの視点で読み解かれています。
最後のあとがきでも本の話をしています。著者は『血の収穫』を「推理が釣瓶打ちにされ、そしてそれらが使い捨てられていく小説」と書き、『クローディアの秘密』を「すぐれた美術ミステリ」と書きます。ブラウン神父譚から「飛ぶ星」を選んでいるのは、わたしも大好きな作品なので嬉しかったのですが、著者がこの作品を選んだ理由はわたしとは違い、「犯人に対して神父が語った言葉は、どうやら私が世の中をどう見るかの柱の一つであったよう」だからでした。
『米澤屋書店』