『などらきの首』澤村伊智(角川文庫)
比嘉姉妹シリーズ第4作にして初の短篇集。初版(?)のカバーはホラー文庫特有の趣味の悪いイラストではなく、『ぼぎわんが、来る』映画化に伴う文字だけ仕様のものです。
「ゴカイノカイ」(2018)★★★☆☆
――五十平米の貸事務所。この五階だけがここ最近、入居者に短い期間で解約されている。先週引き払った会社社長が言っていた。「聞こえるんです……子供の声で……『痛い、痛い』って。それで、自分まで痛くなるんです」。親父だったらどうするだろう。急死した親父から土地と物件を相続しただけで、何のノウハウも受け継いでいない。私が従業員の瀬川に相談すると、〝鎮め屋さん〟の男を紹介された。鎮め屋によれば、酸素を消費すれば火は消える。場所と人間の問題も同じだという。
子供の声というのがミスリードにしてもやや強引です。起こっていたことの真相は謎でも何でもなくそのまんまと言えるものだったのには、遊び心がありました。引き立て役たちの一人が唱えるロウソク理論がユニークなうえに、最終的にはその引き立て役の持論である何でもかんでも霊や神様ではないというところに着地するのも皮肉が効いていました。
「学校は死の匂い」(2018)★★★★☆
――深夜になると運動会の組体操の写真から声がするらしい。「比嘉さん、そんなに調べてどうするの」という古市俊介の問いに、「興味本位」とわたしは答えた。廊下が慌ただしくなり、泣いている白河と小野が教室に転がり込んできた。「体育館で遊んでいたらね、後ろから声がして、キュッキュッって歩く音が遠ざかっていったと思ったら、人が落ちてきたみたいな凄い音がしたの」。事情を聞いた担任の天野がもっともらしい説明をしたが、その慣れた話しぶりに、これまでに同じことが起こっているのではないかと感じた。わたしと古市は体育館に行き、誰かに謝る声と、耳を塞いで歩く白い影を見た。〝近所の親しいお姉さん〟車椅子の大学生、松井さんに体育館の怪談についてたずねると、当時実際に飛び降りはあったらしい。
次女美晴、小学六年生の時の事件です。人によって霊の感じ方が違う(琴子と美晴と真琴の間でさえ)というのが妙にリアルなうえに、真相を隠す効果にもなっていました。【折れた首を手で支える】という霊のビジュアルが秀逸です。霊感のこともあって美晴はかなり屈折しているようで、数少ない気安い知り合いのことすらあまり興味がないというのは重症です。【ピラミッドや車椅子など、】露骨なまでに伏線のしっかりした作品でした。屈折した美晴と対置されるように、絵に描いたような一致団結の素晴らしさを説く明るい先生キャラ(教育実習生)が配置されているのもよく出来ています。
「居酒屋脳髄談義」(2018)★★★★★
――「男は脳でモノを考えるけど、女は子宮で考えるっていうだろ、牧野?」俺はそう訊いた。傍らの石坂や小崎も、「ですね、課長」と同意する。牧野晴海は涼しい顔で反論してきた。「モノを考えるのは子宮ではなく脳の役割です」。いつもはどんな暴言にも笑うだけの晴海が、堂々としている。「一般的にはそうだ。だが本当に脳は考えるための器官かは明らかにされていない」「ええ、俗説程度なら存じております。脳髄は物を考える処に非ず、です」「だったら、女は子宮で考えるという言い方もあながち間違いじゃない」「であれば――皆さんは精巣で考えるわけですね。わたしと違って」と、まるで表情を変えずに言った。
ストレス発散のため気弱な女性社員を居酒屋でいびっている先輩男性社員たちに、女性社員が「脳髄は物を考える処に非ず」を軸に反撃を試みるのが小気味よい作品です。議論自体が面白いので、どこで怪異や比嘉姉妹シリーズに繫がるのかも気にならずに読み進めていると、定番と言えば定番のどんでん返しを喰らわされました。琴子登場作。
「悲鳴」(2018)★★★★☆
――赤城千草が映画同好会の撮るホラー自主映画に出演することを決めたのは、少なからぬ好意を抱いていた演劇部の犬飼が亡霊役で出演することを知ったからだ。山岸の指示は知らないホラー映画を引き合いに出してばかりで要領を得ない。カメラマンの岡本は目を合わそうとしない。部長の江藤は今日は就職の面接に行っていた。同好会メンバーがこの三人しかいないのは、伊勢崎というOBのせいだろう。会社に居場所がないのか、同好会に顔を出しては威張り散らしている。撮影がおこなわれたのは、無理心中した男女の霊が出ると噂のある場所だった。「いきまーす。用意……」だがそこで山岸がきょろきょろと辺りを見回し、いったん録画が止められる。「女の人の悲鳴が聞こえた気がしたんで」
ミステリの多重解決のような数段構えの怪異が描かれていました。カメラにしか写らないとか呪われた人にしか聞こえないといったような、心霊現象特有の性質をメタ的に突いているところに現代性を感じます。比嘉姉妹は登場しませんが、リホというのが『ずうのめ人形』の里穂であるらしく、なるほど物語作りの才能があるようです。
「ファインダーの向こうに」(2016)★★☆☆☆
――十年近く前に初めて会った頃の明神さんは売れっ子カメラマンだった。ここ五年で仕事が激減したのは素行のせいだ。編集長の戸波さんも彼を切ったが、俺は明神さんに悪感情はない。人柄とは裏腹に、写真には不思議と親しみが感じられた。オカルト誌『月刊ブルシット』の企画で、霊が出るというスタジオの撮影に来たのだ。とは言えそれらしい事件事故は見つかっていない。ライターの野崎の仕事は信用できるから、いわくは存在しないのだろう。やれ音がした、声がした、ないはずのモノが出てきたというクローゼットの撮影に取りかかった。パシャパシャとシャッターを切る音が続いた直後、明神さんが声をあげてのけぞりファインダーから顔を離してクローゼットを見つめた。「何でもねえよ」と答える明神さんだったが、現像した写真には屋外の景色が写っていた。
電子版『ずうのめ人形』特典だったということで、ボーナストラックというか箸休め的とでもいうか、ハートウォーミングな感じがあまり上手くないという印象です。霊の仕業にしてももってまわりすぎで、怪異のための怪異という感じでした。真琴と野崎の出会い篇――ではありますが、特にイベントがあるわけでもなくさらっと仲良くなってました。
「などらきの首」(書き下ろし)★★★☆☆
――「……くび……かえせええええ……」また同じ夢を見てしまった。一九九八年。僕は寺西新之助。高校三年生で、受験勉強をするという名目で祖父母の家に泊まりに来た。同級生の野崎和浩を連れて。野崎は真相を導き出し、消えない恐怖を消し去ってくれるのだろうか。小学四年のお盆だから八年前になる。三つ上の従兄が苦手だった。「などらきさんには入ったらいかんよ」人を殺す化け物が退治され、首だけが祀ってあるという洞窟に入るのは禁じられていた。「本物や思うか?」従兄の雄二は、僕を怖がらせたかったのだろう。二人で洞窟に行くことになってしまった。高さ十メートルほどもある石筍のてっぺんに、大人の倍ほどもある異形の頭部が刺さっていた。
呪いと雖も自在に何でも出来るわけではないし、むしろルールに縛られてはいるけれど、そのルールが人間のルールとは異なっているから、呪いがあるようにもないようにも見えるというのは、安心させておいて恐怖に突き落とすホラーの常套です【※呪いの対象者の居場所は察知できないが、居場所がわかれば距離や空間は無視できる】。これまで「ぼぎわん」「ずうのめ」といった独特の響きが魅力でしたが、「などらき【=「名も無き」の転訛】」はさすがに無理があると感じました。
『などらきの首』