『犬はどこだ』米澤穂信(創元推理文庫)★★★★☆

『犬はどこだ』米澤穂信創元推理文庫

 『The Citadel of the Weak』2005年。

 生まれ故郷の八保市で犬捜し専門の調査事務所を開いたというのに、紺屋長一郎に舞い込む依頼は犬とは無関係のものばかりでした。隣接する小伏町から〈紺屋S&R〉を訪れた佐久良且二は、東京から姿を消した孫娘・桐子の行方捜しを依頼します。桐子から届いた絵はがきから、小伏町近辺にいるのは間違いないようなのですが……。

 一方、探偵に憧れて事務所に押しかけた後輩の半田平吉(通称ハンペー)は、地元の神社に保管されていた古文書の由来調査を受け持つことになりました。そこで以前に古文書を調べていた高校生や郷土史家・江馬常光の存在を知り、古文書の手がかりを求めてその著書『戦国という中世と小伏』を探します。

 リハビリ程度のつもりで始めたというのに、いきなり人捜しとは荷が重い。佐久良桐子が明らかに自分から姿を消していること、姿を消す前に住民票を東京から小伏に移していること、どうやらいずれ職場に戻りたがっていたことなどが明らかになるにつれ、いったいなぜ?という謎がますます深まります。

 一方のハンペーというのが、ハードボイルドに憧れて探偵になりたがるようなお調子者で、なのにやらされたのが古文書の調査というずっこけぶりです。おまけに依頼人が横着して調べなかっただけで、とっくに郷土史家が由来を明らかにしていたというオチでした。ハードボイルドどころか調べるまでもなかっただなんてとんだ笑い話です。

 紺屋はいわば夢破れて都落ちした負け犬であり、ハンペーから見るとやる気がないように見える人間です。ハンペーはハンペーで子どものころの郷土祭りに嫌な思い出があり、故郷にあまりいい印象を抱いていません。

 そんな二人の意識が変わるきっかけが、英題である『弱者の城』でした。

 ハンペーは『戦国という中世と小伏』を読んで、子どものころの自分を苦しめていた祭りの由来を知ります。当時の地元の農民たちはただ逃げるだけの弱者ではなかった。その象徴が両陣営の中間にある城であり、祭りでした。一方、何かから逃げているらしき桐子に自分を重ねて親近感を抱いていた紺屋も、同書を読んで違和感を覚えます。郷土の歴史を愛していた桐子と、現在の行動を取っている桐子が一致しないのです。

 こうして二つの調査が一つに重なり、これまでの失踪の理由が反転する構図には美しさを覚えました。

 住民票を移したこと、常連だった地元の店につい数日前に顔を見せたこと、元同僚の証言と地元の店員の証言する桐子の人となりが別人のようであること。そういった細かいことが一つ一つ拾い上げられてゆきます。

 そうして前向きにも終われたはずの物語ですが、思いも寄らない結末を迎えます。最後の一言からすると、本気で怖がっているというよりは冗談のようにも思えますが、せめてもの強がりと捉えるのが正解でしょうか。

 チャットの話相手は何か意外な役回りがあるのかと思っていたら、本当にただのネット上の友人だったのは逆に意外でした。

 開業にあたり調査事務所〈紺屋S&R〉が想定した業務内容は、ただ一種類。犬だ。犬捜しをするのだ。――それなのに舞い込んだ依頼は、失踪人捜しと古文書の解読。しかも調査の過程で、このふたつはなぜか微妙にクロスして……いったいこの事件の全体像とは? 犬捜し専門(希望)、25歳の私立探偵、最初の事件。新世代ミステリの旗手が新境地に挑み喝采を浴びた私立探偵小説の傑作。(カバーあらすじ)

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