『ボーンヤードは語らない』市川憂人(東京創元社)★★★☆☆

『ボーンヤードは語らない』市川憂人(東京創元社

 『The Boneyard Never Speaks』2021年。

 マリア&漣シリーズ第四作にして初の短篇集です。
 

「ボーンヤードは語らない」(2020)★★★★☆
 ――A州ツーソン市郊外の空軍基地には『飛行機の墓場』という異名がある。様々な理由で使用されなくなった飛行機が保管されているからだ。夜中に巡回するのは不気味このうえない。ライトの只中に何かが浮かび上がった。テリー・ラトリッジ軍曹が走り寄ると、それは親友マーク・ギブソン軍曹の遺体だった。出張中だった責任者に代わり、ジョン・ニッセン少佐が現場検証に立ち会った。サソリに刺されて機体から落ちたと思われるが、どちらが先かはわからない。それよりも現場の状況から、被害者が軍用機部品の横流しをおこなっていた疑惑が浮上した。親友のテリーも疑われたし、ギブソン軍曹の上司アントニーワイルズ少尉からも探りを入れられた。問題は、ギブソン横流しの証拠になるような忘れ物を回収しに来たのだとしても、整備中にいつでも機会があるというのになぜわざわざ夜中に来たのかということだ。

 基地内で起こった事件ということもあってマリアと漣は非公式なアドバイザーのような立ち位置であり、安楽椅子探偵ものと言えないこともないでしょう。「なぜ」や「何を」に目を向けられた時点で犯人の目論見は成功しており、見取り図だと見逃してしまいがちながら現場であれば一目瞭然の点に、マリア同様気づけるかどうかが真相を見抜くポイントです。
 

「赤鉛筆は要らない」(2018)★★★★☆
 ――母に付き添い病院を出ようとしたとき、声をかけられた。「河野先輩?」。知人の見舞いに来ていた新聞部の後輩の漣が、そのまま家まで荷物を持ってくれた。「ただいま」と扉を開けると、父が姿を現した。世間一般の父親像とかけ離れた近寄りがたい人だった。「誰だお前は」「九条漣と申します。写真家の河野忠波瑠さんですね。写真集拝見しました」「せっかくだ、茶でも飲んでいきたまえ」。私は漣をギャラリー兼物置である小屋へ案内したが、小屋にいる間に雪風は強さを増していた。母屋に戻って私の部屋で勉強会をしていると、呼び鈴が鳴った。叔母夫婦だった。叔母夫婦の牽制役になってほしくて、とっさに漣に泊まってゆくよう声をかけた。生活力のない父と古風な女である母にとって、叔母の夫からの援助が頼みの綱だったが、立場を笠に着て叔母は母につらく当たった。叔母夫婦が来るといつも父は部屋に引き籠もってしまう。だが翌朝になっても父は小屋から出て来なかった。

 高校時代の漣が遭遇した(というか巻き込まれた)事件です。第一話もそうですが、こういうの【※茉莉が漣を勝手口に待たせて玄関に靴を置きに行った】は文章だと読み飛ばしてしまいがちですが、映像で見たときに果たしてどれだけ違和感がないものなのかがわからないので、映像化された場合にはぜひ見てみたいところです。1970年代前半が舞台ですが、大時代的な人間関係が事件に影を落としていました。解決編は大人になった漣が先輩に出した手紙の形式で書かれていますが、それというのもそれまで解けなかった雪密室の謎をマリアに聞いたらあっさり解かれたからという事情だそうです。
 

「レッドデビルは知らない」(2019)★★★☆☆
 ――お尻を触った男性教師を病院送りにしたために、更生目的でマリアは名門ハイスクールに押し込まれた。編入早々『赤毛の悪魔』呼ばわりされたマリアにとって、ハズナ・アナンは唯一の親友だった。成績優秀だが漆黒の髪に色付いた肌をしたハズナは、白人至上主義のこのハイスクールでは『黒炭の魔女』と呼ばれいじめられ或いは無視されていた。地元の有力者の息子ヴィンセントが二人を迫害している急先鋒だ。ジャック・タイはその付き人のように行動を共にしているが、珍しく一人で陰気な視線を向けて来た。ピクニックの約束をしていたのに、ハズナから連絡が来ない。ようやくかかってきた電話から助けを呼ぶ声は途切れた。マリアが向かったハズナの下宿先はあまりにみすぼらしい建物で、マリアがショックを受けていると、ガラスの割れる音がして、下宿の裏にあるバラックにハズナが倒れているのが見えた。直後、マリアは背後に人の気配を感じ、意識を失った。

 まだ自分の才能にも気づいていなかったハイスクール時代のマリアの話です。マリアが唯一心を許せたハズナはもちろん、ルームメイトのセリーヌもマリアのその後に多大な影響を与えていました。セリーヌ本人が自らを「名探偵の助手」と称しているように、むしろ方向性に関してはハズナよりもセリーヌの方がサポートしている感じがします。意地悪な見方をすると、名探偵の助手役のためだけのキャラにも思えます。

 叙述トリックめいた仕掛けが施されていますが、【架空世界の話だと考慮してもハズナという名前は日本人ぽくないため】ミスリードにもなっていませんし、【日本人かアフリカ人か】で事件の様相が大きく変わるわけでもないので、そもそも仕掛けを施した意図がわかりません。【黒い肌は暗闇で見えづらい】という点を伏せて真相を見抜かれにくくするためでしょうか。死体移動の不可能性を可能にした電話の利用法と、アリバイトリック自体はよくできています。
 

「スケープシープは笑わない」(書き下ろし)★★☆☆☆
 ――九条漣はマリア・ソールズベリー警部のお守り役を仰せつかったのだと悟った。だらしないというのが第一印象だった。若くして警部になったのは署長を脅しでもしたのだろうと思っていた。二人が関わった最初の事件は「たすけて……ママ……しんじゃう」という緊急通報だった。わずかな手がかりから聞き込みを始めた二人は、エルズバーグ家に行き当たる。母親のサラは二人を娘のドロシーの身体を決して見せようとしなかった。二人は仕方なく引き上げるが、マリアは聞き逃さなかった。「声がそっくりだったわ。例の通報と」。二人は父親であるオズワルドの会社を訪れるが手がかりは得られない。だが数日後、車椅子の義母ナディーンから通報があった。ドロシーがゴルフクラブで頭を殴られ、へこんだジャングルジムの横でサラが倒れているという。サラがドロシーを虐待し、二階の踊り場から自殺を企てたように見える。

 マリアと漣がコンビを組んだ最初の事件です。二人とも過去の事件の記憶にズキズキと傷められていました。現場の状況がごちゃごちゃしていてわかりづらかったです。恐らくフェアな手がかりとして見取り図を出しつつ、すべて描き込んでしまうとバレバレ過ぎるので意図的に【一階の電話】を省いたり、サラの倒れている状況とずれた小棚や電話の状況の繫がりを敢えて説明しなかったり、犯人を引っかけるために噓の推理をぶつけたりと、フェアでありつつ読者を騙そうとするあれこれがあまり上手く行っていません。とは言え〈言い落とし〉ならぬ【描き落とし】という手法はミステリのさらなる可能性を秘めているようにも思えます。

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