『増補 オオカミ少女はいなかった』鈴木光太郎(ちくま文庫)★★★★★

『増補 オオカミ少女はいなかった』鈴木光太郎(ちくま文庫

 副題に「スキャンダラスな心理学」とあるように、心理学にかかわる都市伝説的なエピソードの噓を暴き、「ウサン臭さのある学問という心理学のイメージを多少は払拭できるかもしれない」という意図のもとに書かれたものです。
 

「1章 オオカミ少女はいなかった――アマラとカマラの物語」

 狼に育てられた少女という、誰もが一度は耳にしたことのある話ですが、詳しく説明されてみれば素人でもわかるくらいでたらめな話でした。原典を読めば一目瞭然なのでしょうけれど、「狼に育てられた少女」という言葉だけが一人歩きして内容は語り継がれていないのが、オオカミ少女はデマだという認識がさほど広まっていない原因だと思います。そこが2章のサブリミナルとは違う点で、サブリミナルの場合は映画やテレビ、消費や洗脳といった生活に直結する身近な話であるため、サブリミナルという言葉自体が一般的で、そのおかげでサブリミナル=デマという認識も現在ではほぼ常識になっているのでしょう。
 

「2章 まぼろしのサブリミナル――マスメディアが作り出した神話」

 これも知っているようで実は詳しくは知りませんでした。学者ではなく広告業者の実験で、しかも実験自体が実際におこなわれたのかどうかも怪しいものであり、映されたのがコーラの写真ではなく「コカコーラを飲め」という文章だったりと、けっこう滅茶苦茶な話だったことがわかります。そもそも1/3000秒だけ映すのは技術的に不可能だしそれを人間の目が認識するのも不可能だという事実に基づく説明には説得力がありますし、〈実験〉の不備を明快に指摘してゆくのも学者らしいところです。
 

「3章 3色の虹?――言語・文化相対仮説をめぐる問題」

 これも有名な話ですが、やはり最初の研究が間違っていたというオチでした。ホピ族には時間の概念がないというのは完全に誤解(というか思い込み)であり、最近になって発見されたピダハン族の話もだいぶ怪しい。色の区別にしても錯視にしても、動物にもあるものを未開人にはないことにしたがる偏見が原因なのではという気もします。とはいえ、右や左ではなく「山の南」とか「湖の北西」で方向を表す言語があるというのは面白い事実でした。「「仮説」とは証明できないことをいう、と誤解している節がある。「仮説」は、検証可能であることが前提となっているはず」というのはなるほどその通りで、世の中では仮説という言葉が都合よく使われているようです。
 

「4章 バートのデータ捏造事件――そしてふたごをめぐるミステリー」

 知能は環境か遺伝かを確かめるために、生まれてから別々の環境で暮らす一卵性双生児を調査したところ、驚くべき一致が見られた――という研究が、実は捏造でしたという話です。これがただの捏造ならそれでもよくある話なのですが、面白いのは捏造の根拠の一つとして指摘された架空の共同研究者が実は実在していたことが、捏造批判の後になってから判明するという、批判者の方にも事実誤認があったという点です。
 

「5章 なぜ母親は赤ちゃんを左胸で抱くか――ソークの説をめぐる問題」

 母親が赤ちゃんを左胸に抱くのは、赤ちゃんが心音に安心するから――という、これまた有名な話が取り上げられています。すごくもっともらしいので納得していましたが、実は説としては否定されているようです。ただし、これまでの章で取り上げられていた題材の多くが研究や実験自体が捏造であったり明確な不備があったりしたのと比べると、ソークの実験はまともであるように見えます。ところが結果が再現できなかった。面白いのは、左胸で抱く母親(及び父親)が多いのは事実だというところです。そのうえで、子どもを持たない父親で心音説の知識がない者だと左胸で抱く比率が下がることや、分娩後に赤ちゃんと一定期間を離れ離れになった母親は左胸で抱く比率が下がるといった興味深い事実も明らかになります。著者が明らかにする自説も興味深いものですが、いまだ定説はない――というのも好奇心をそそられます。心音の話で連想するホワイトノイズは実際に効果があったそうです。同じく連想する胎教は、水素水的な胡散臭さを感じますがどうなのでしょう。
 

「6章 実験者が結果を作り出す?――クレヴァー・ハンスとニム・チンプスキー」

 これも有名な天才馬の話ですが、意図的な詐欺だったのだと思い込んでいました。実際には飼い主に騙そうという意図はなく、馬の方が空気を読んでいたというオチでした。飼い主や観衆だけでなく、調査した研究者すら我知らず手がかりを与えていたというのも驚きましたが、馬だけでなく人間も訓練すれば手がかりを読み取れるようになるというのも面白い事実です。註釈ではブラインド法から話が広がり、専門家の多くはロールシャッハテストでブラインド法をおこなうのは邪道であり被験者をよく知っておかなければ正確な分析ができないと主張する――という批判もされていました。それはただの性格判断だと、確かに素人でも思います。
 

「7章 プラナリアの学習実験――記憶物質とマコーネルをめぐる事件」

 条件付けによって学習されたプラナリアの「記憶物質」を別の個体に入れると、学習していないのに学習したかのような効果があったうえに、学習した個体を学習していない個体が食べても同様の効果があった、という実験の話がいつの間にか教科書から消えてしまったことについてです。これだけ聞くとトンデモっぽいのですが、化学物質や電気信号と考えれば有り得なくもないと思えてきますし、実際、誤りや捏造があったから葬り去られたというわけではなく、現在も形を変えながらアプローチは続けられているそうです。それにしても当初この問題に取り組んだのが心理学者と薬理学者というのが意外ですし、そもそもこれが心理学の分野の話だというのもピンと来ません。
 

「8章 ワトソンとアルバート坊や――恐怖条件づけとワトソンの育児書」

 赤ん坊への恐怖条件づけ実験が突然終わっていると聞けばヤバそうな匂いがしますが、実際には同時期に不倫スキャンダルがあったことも理由だそうです。そして倫理的な問題から他の科学者が後を追うこともなかったようです。そうしたこともあってか実際の実験に尾ひれがついた形で伝聞されている――というのはこれまでの章でも見られたいきさつでした。条件づけたあとで何かするわけではなく、条件づけそのものの実験にどのような意味があるのかと思っていたところ、赤ん坊がどう育つかという育児の問題に繫がっていました。そしてそこからハクスリー『すばらしい新世界』の話題にも。
 

「9章 心理学の歴史は短いか――心理学のウサン臭さを消すために」

 個人的には、心理学が胡散臭いのはフロイトや心理占いのせいというイメージです。

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