『香水 ある人殺しの物語』パトリック・ジュースキント/池内紀訳(文春文庫)
『Das Parfum, Die Geschichte eines Mörders』Patrick Süskind,1985年。
一ページ目から臭い臭いと連呼されるなかで生まれた匂いのない赤ん坊。ジャン゠バプティスト・グルヌイユと名づけられたそのみなしごは、あらゆる匂いを嗅ぎ分けることの出来る能力を持っていました。
長じた少年は、ある少女(の匂い)をきっかけにして理想の匂いを求めてゆきます。その理想の匂いというのが、女になる直前の少女の匂いというのだから、ありきたりというか陳腐というか、型通りではあります。
とは言えグルヌイユを香水調合師に売ったなめし皮職人の親方といい、その香水調合師バルディーニといい、グルヌイユに夢を利用された侯爵といい、役目が終わるとみんな都合よくこの世からも退場してしまうのも、都合のいい型通りの持って行き方ではあるので、そもそもが作り物のウソ臭さにまみれた話ではあるのです。
一見リアルな小説の筆致で描かれているので勘違いしそうになりますが、要するにこれはもともと神話やファンタジーに類する話なのでしょう。
そう考えればグルヌイユが理想の匂いを求めるのもさもありなん、ユニコーンが処女を求めるが如く、吸血鬼が血をすするが如く。図らずも最初の乳母が言っていたのでした。匂いのないのは悪魔の子、悪魔憑きだ、と。
ところがこの吸血鬼くん、吸血方法を知らない。斯くしてグルネイユは調合師に弟子入りしたり独自に試行錯誤したりして、移ろいゆく匂いを写し取る方法を身につけてゆきます。
という見方をすれば一風変わった怪物譚でした。
前述したとおり関係者が都合よく退場してしまうように、初めから終わりまでただグルヌイユだけの物語であって、グルヌイユ以外の人物はすべて脇役――ですらなく風景の一部とさえ言いたくなるほどです。殺人鬼に憤る人々や死んだ娘を悼む父親の激情すら淡々と記され、被害者に至ってはただ匂いで記述されるのみ、一切の感情すら描かれることはありません。
これは意欲的な試みではありますが、何しろ登場人物がグルヌイユだけみたいなものですから、ともすればやや単調なきらいはありました。
それでも最後の最後に匂いで洗脳した乱痴気騒ぎがあって大爆笑でした。
匂いですべてを感じ取れる主人公の能力は、いま読むと炭治郎を連想しますね。
本書は『パフューム ある人殺しの物語』として映画化されているそうです。
18世紀のパリ。孤児のグルヌイユは生まれながらに図抜けた嗅覚を与えられていた。異才はやがて香水調合師としてパリ中を陶然とさせる。さらなる芳香を求めた男は、ある日、処女の体臭に我を忘れる。この匂いをわがものに……欲望のほむらが燃えあがる。稀代の〝匂いの魔術師〟をめぐる大奇譚。全世界1500万部、驚異の大ベストセラー!(カバーあらすじ)
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