『リカーシブル』米澤穂信(新潮文庫)★★★★☆

『リカーシブル』米澤穂信新潮文庫

 親本2013年刊行。

 再読のはずなのですが内容をすっかり忘れていました。

 中学一年の越野ハルカは家庭の事情で田舎に引っ越して来ました。新しい環境への不安、血の繫がっていない弟への苛立ち、父親の再婚相手への引け目、そういった思春期の少女のごく当たり前の悩みが描かれていきます。引っ越しの不安はリンカという良き友人を得たことでひとまず解消されました。

 ハルカは年齢の割りに感情を言語化するのに長けていて、母との関係やクラスでの立ち居振る舞いを自ら解説できるため、葛藤も背景事情も非常にわかりやすくなっていました。物わかりがよすぎるきらいはありますが、ハルカの境遇を考えれば、そうならざるを得なかったとは言えるでしょう。

 かなりの逆境にあるとはいえ、ここまでは日常から地続きの青春小説でした。

 弟のサトルにはおどおどしたところがあるうえに、ハルカにしてみれば家族への引け目もあるため、サトルには冷たい態度を取りがちです。だから未来視めいたサトルの発言も、はじめのうちは戯れ言に対する苛立ちの形を取ります。

 様子が変わり始めるのは、未来視について社会科の三浦先生にたずねてからです。三浦先生から聞かされたのは、土地に伝わる「タマナヒメ」の伝承でした。権力者を頼って村を救ったタマナヒメは自殺し、その権力者も自殺する――。この構図が現代までも続いていると主張するのです。

 実際にはただの行事のためのお飾りのタマナヒメがいるだけのようですが――リンカという良き友に恵まれたおかげでスムーズに土地に溶け込めたかに思えたハルカでしたが、ここに来て地元民と余所者の差異が浮き彫りになり始めました。

 ところが――そんな探偵気分を吹き飛ばすような、生活感のある陳腐な衝撃が待ち受けていました【※両親の離婚と母からの独立(切り捨て)】。父親が失踪するということは確かにそういう可能性を孕んでいるわけですが。

 サトルの未来視と地元のタマナヒメ伝承を巡る真相は、あっけないほど単純で馬鹿みたいに壮大なものでした。五年前の事件が1998年ということは作中時間は2003年(平成15年)。道路族というと昭和のイメージがあったけれど、一般にはまだ高速道路幻想が信じられていたのでしょうか。狂信ではあるけれど観念の殺人のようなものでもなく、愚かとしか言い様のない思考停止です。【※高速道路誘致が過疎を救うと思い込んでいる狂信的な村人たちが、地元に有利な論文を学者に書かせたが、トラブルにより学者は論文を殺される。目撃者のサトルが学者から論文を託され隠したが、それを忘れてしまっていた。村人たちは戻ってきたサトルに隠し場所の記憶を思い出させるため、当時と同じ状況を作りあげようと事件を村ぐるみで再現していた。それがサトルのデジャヴのように見えていた。

 事件は解決しましたが、ハルカの家庭や学校の問題は何も変わらないまま本書は幕を閉じます。探偵小説に出来るのはここまでだ、あとはあなたがたの問題です――とでも言うように。

 越野ハルカ。父の失踪により母親の故郷に越してきた少女は、弟とともに過疎化が進む地方都市での生活を始める。たが、町では高速道路の誘致運動を巡る暗闇と未来視にまつわる伝承が入り組み、不穏な空気が漂い出していた。そんな中、弟サトルの言動をなぞるかのような事件が相次ぎ……。大人たちの矛盾と、自分が進むべき道。十代の切なさと成長を描く、心突き刺す青春ミステリ。(カバーあらすじ)

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