『ムッソリーニとお茶を』(Tea with Mussolini,英・伊,1998)
フランコ・ゼフィレッリ監督。シェール、マギー・スミス他出演。
イギリス人のおせっかいなおばちゃんたちのおばちゃんぶりが面白すぎます。私生児は勝手に引き取るし、子育てやマナーには一家言持ってるし、本当にムッソリーニに会いに行くし。
レディ・ヘスターがマギー・スミス、ルカを引き取るメアリーがジョーン・プロウライト、芸術家アラベラがジュディ・デンチ、アメリカ人の考古学者ジョージーがリリー・トムリン、アメリカ人の女優エルサがシェール。記者のコニー・レイナーにテッサ・プリチャード。
暗い時代に差し掛かり、突然ファシストに食堂や美術館を襲われます。
年は明けて1936年、1938年、1940年……。
これだけ情勢が悪くなっているというのに、いまだにイギリス婦人たちもアメリカ人もまるで他人事で気楽に暮らしていることに驚きます。挙句の果ては連行されるときですら犬を連れて行こうとしたり、能天気にもほどがあります。平和なときも緊迫したときも自分を変えないのは凄いことです。年齢的に第一次大戦を経験しているだけに、過去の体験と比較してたいしたことないと思ってしまうのでしょうか。
ヘスターに至っては、外交官の妻だったのにイタリア語も喋れないとは……。
エルサはアメリカ人らしく何でも金で解決しようとしますが、それに比べてムッソリーニにホテル代を出してもらっていると本気で信じ込んでいるイギリス人たちはいくら何でもうつけすぎやしないでしょうか。エルサが一番まともだったことが終盤になってすっかり明らかになります。まあ、実質的な主演なのでしょう。
メアリーがヴィットリオの正体を伝えなかったルカに説教し出す場面には啞然としました。実際、以前に自分たちのエルサへの感情を嫉妬だと口にしていたうえに、能天気に自分のことだけ考えて暮らしている人たちが偉そうに他人に何を言っているんでしょうか。
戦争の愚かさを描いた映画はたくさんありますが、戦争を通してこういう形で人間の愚かさを描いた作品というのは類を見ないと思います。イワンの馬鹿みたいな、愚かであるがゆえのハッピーエンドでした。おばちゃんパワー、恐るべしといった映画でした。
こういう、マギー・スミスを如何にもマギー・スミスみたいな役で起用する映画は安心して見ていられます。
1935年、ファシズムが台頭しつつあるイタリアのフィレンツェ。この街の外国人居住区に暮らすイギリスの貴婦人たちは、レディ・ヘスター(マギ・スミス)をリーダーとするコミュニティを形成し、優雅な日々を送っていた。ある日、コミュニティの仲間のひとり、服地商パオロの秘書として働くメアリー(ジョーン・プロウライト)が、パオロの私生児である少年ルカ(チャーリー・ルーカス)を引き取る。心優しいメアリーは、母を亡くし、父に認知されないルカを不憫に思ったのだ。裕福なアメリカ女性、エルサ(シェール)の金銭的な援助に支えられ、メアリーはフレスコ画家のアラベラ(ジュディ・デンチ)ら友人たちと協力して、ルカを立派な英国紳士に育てようと教育を施していく。だが、次第に戦争が本格化、親独派となったパオロによってルカは強引にオーストリアへ留学させられ、メアリーたちは適性国民として、サン・ジミニャーノという街に軟禁されてしまう……。(パッケージ裏表紙あらすじ)
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『ムッソリーニとお茶を』