『本と鍵の季節』米澤穂信(集英社文庫)★★☆☆☆

『本と鍵の季節』米澤穂信集英社文庫

「913」(2012)★★★☆☆
 ――その日の図書当番は僕と松倉詩門の二人だった。ほかの生徒の姿はなかった。返却箱に入っていた文庫本は、表紙が折れて泥だらけだった。僕たちは汚れを拭いて、分類記号「913」と著者名の頭文字を書き入れたラベルを背表紙に貼り直した。あとは黙々とした作業のうちに過ぎていくはずだった。けれどドアが開いて、図書委員を引退した浦上麻里先輩が入って来た。「いきなりなんだけどさ、アルバイトしない?」と言うと、話し始めた。「おじいちゃんが死んだんだけどね、金庫に鍵をかけたままなのよ」「まさか金庫の番号を探り当ててくれ、なんてことじゃ」「正解! ほら、いつだったか暗号小説を解いたじゃない」金庫の開け方は、『大人になればわかる』と話していたそうだ。

 813を連想させるタイトルに違わぬ暗号小説です。とは言え暗号自体は序盤の913の時点で答えを明かしたようなもので、暗号を解くことになった経緯にこそ事件の肝がありました。図書委員の活動と真相の犯罪【※その家の老人を軟禁して金庫の中身を奪おうとしていた】とのあいだに落差があり過ぎて、意外性に衝撃を受けるというより置いてけぼりを喰らってしまったようでした。
 

「ロックオンロッカー」(2013)★★☆☆☆
 ――松倉の行っていた床屋が閉店して困っていると聞いた。一方、僕の財布には「友人招待四割引」券が入っていた。美容院に入って「予約していた堀川です」と名乗ると、美容師の一人が歩み出てきた。「お待ちしておりました。お電話お受けした近藤です……」近藤さんが言い終わる前に大声が響いた。「堀川様! ご無沙汰しています!」見憶えのある人だ。だけど……誰だ。「お連れさまがいらっしゃると聞いてお待ちしておりました。店長の船下と申します」「あ、店長さんでしたか」「では、お荷物はロッカーにお預けください。貴重品は、必ず、お手元にお持ちくださいね」僕たちはロッカーブースに入った。「なあ堀川。あの店長と仲いいのか。やたら愛想がよかったが」「いや……」

 どうもこの省エネコンビみたいな主人公たちが受けつけません。「913」もそうでしたが、主人公たちは乗り気じゃないのに犯罪の方からやって来るスタイルではワクワクさせてくれません。読んでいるこっちまで嫌々読まされている気分になりました。巻き込まれるという展開上、現在進行形の事件が描かれるのですが、その割りには動きがないのです。些細な言葉と店長のおかしな態度から明らかにされる理屈はよいとして、店長の態度がおかしいのは店員にも伝わるでしょうし、怪しいのが店員しかいない状況で犯行に及ぶ店員もよくわかりません。
 

「金曜に彼は何をしたのか」(2014)★★☆☆☆
 ――テストの準備期間中、後輩の図書委員である植田登は図書室でテスト勉強をしていた。自宅は兄と二人部屋だからはかどらないのだという。週が明けて期末テストの二日目、植田が相談にやって来た。金曜の夜に職員室のそばの窓ガラスが割られていたのを土曜に休日出勤してきた教師が見つけ、素行の悪かった植田の兄・しょうがテスト問題の盗難を疑われているという。昇は「証拠があるから大丈夫だ」と言う以外、親にも何の説明もしなかった。心配だからその証拠というのを見つけてほしいという頼みだった。果たして8月6日が使用期限の来来々軒という飲食店の割引券が見つかった。

 探偵役が推理によって突き止めるという形を取りたい以上、アリバイの証拠がモロではなく飽くまでヒントにしかならないものであるのは作劇上仕方ないことではありますが、【日付の押されたラーメン屋の割引券】を証拠と言い張るお兄さんもどうかと思います。【松倉が目的と手段の釣り合いを理解できないサイコパス】だとわかったところで元から魅力のないキャラだったので何とも思いませんが、ちょっと変な人だと思っていたキャラを、著者もちょっと変な人のつもりで描いていたとわかったのにはホッとしました。
 

「ない本」(2018)★★☆☆☆
 ――自殺した三年生・香田の友人だという長谷川先輩が図書室を訪ねて来た。死ぬ数日前に教室で会ったとき、香田は本を読んでいて、手書きの便箋を本に挟んだという。香田が死んでから気づいた。あれは遺書だったのではないか――。図書委員として貸出履歴は見せられない。だから香田が読んでいた本を推理することにした。バーコードが三つついていたということは、一般に流通している本で、古いものでもない。四六判のハードカバーで、裏表紙には絵が描いてあったという。

 本のリファレンスという図書委員らしい依頼内容でしたが、その実で本質は本探しではなくその裏にあるというのがこのシリーズらしいひねくれ方です。先輩の証言から「ない本」にたどり着けても、なぜ「ない本」を必要があったのかというさらなる謎が立ちはだかるのですが……。松倉に続いて堀川にも少しサイコパス気味のところがあることが判明します。松倉にしても堀川にしても、ただの名探偵であればエキセントリックで終わるところなのですが、高校生であるだけに人でなしが際立ってしまいます。
 

「昔話を聞かせておくれよ」(2018)★★☆☆☆
 ――死んだ父親がどこかに仕舞い込んだままになっているお金の在処を、松倉は六年間も探し続けていた。父親の死んだあと松倉家は引っ越していた。手帳も携帯電話も仕事用のものはなかった。手帳の記録から、松倉家がアウトドアのレジャーによく行っていることがわかった。そのときの車は、今でも母親が使っている。当然、調べたが、手がかりは何も出てこなかった。しかしキャンプの道具を積むにはカローラは小さいのではないだろうか。キャンプのときにはレンタカーを借りて大きなバンに乗って行ったことを松倉も思い出したが、弟が車に酔ったというのが気になる。大きな車ほど酔いにくいはずだ。

 何でもない話のなかから手がかりを目敏く見つけ、そのわずかな手がかりから結論を導き出すという本書のスタイルの到達点でした。煙草の匂いから【もう一台の車の存在】を明らかにするあたりの逆転の発想によって一気に答えまでの距離が縮まるのは爽快でした。宝探し(失せ物探し)という形式ゆえか、裏にある事情は次話に譲って今作は今作で完結しているゆえか、これまでの話にあったような不自然さもありません。一方、注意書きに対するいちゃもんの付け方に、この二人の性格の悪さが表われています。冷笑系サイコパスだなんて好きになれるわけもありませんが、高校生の黒歴史だと思えばリアルでしょうか。
 

「友よ知るなかれ」(2018単行本書き下ろし)★☆☆☆☆
 ――僕は図書館に行って六年前の新聞を調べた。長男の名が詩門、次男が礼門。そして松倉の言葉「親父と俺と礼門で五分の三」。ということは父親の名前は――。僕がパソコンの検索ボックスに文字を打ち込むと、六年前の記事が一瞬で表示された。

 前話に隠されていた事実が明らかになります。結局ただの高校生の言葉ですから、何を言っても空々しく、当事者に響くとは思えません。本書では自覚止まりで、成長するのは続編以降に持ち越されるようです。

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