『新編 怪奇幻想の文学2 吸血鬼』紀田順一郎・荒俣宏監修/牧原勝志編(新紀元社)★★★★☆

『新編 怪奇幻想の文学2 吸血鬼』紀田順一郎荒俣宏監修/牧原勝志編(新紀元社

 『Tales of Horror and Supernatural 2 Vampires』2022年。

 旧版『真紅の法悦』収録作は二篇だけ。それも新訳と改訳されています。また、本書には案内書であることとは「別の企図」が隠されているそうです。
 

「謎の男」K・A・フォン・ヴァクスマン/垂野創一郎(Der Fremde,Karl Adolf von Wachsmann,1844)★★★☆☆
 ――ファーネンベルク男爵は兄から継いだ領地に一時滞在しようと、遠路遙々カルニオラの山中にやって来た。娘のフランツィスカと、家に引き取った姪のベルタ、甥のクロンシュタイン男爵フランツも一緒だ。道中、狼に襲われ、怪しいものが出ると噂の城趾に逃げ込もうとしたところ、亡霊めいた見知らぬ男の合図で、狼たちが森へ舞い戻った。すると謎の男は城に戻った。領地の執事によると、その城趾には幽霊が出るという。古城を根城にしていた賊の一人はトルコ軍とも通じていて、気に入った村の娘を攫っていたが、最後は村人に殺されたという。明るくなってから城趾を訪れた男爵一行は、アッツォと名乗る謎の男と再会した。

 ストーカー『ドラキュラ』以前の吸血鬼小説。血を吸われた者が魅力に絡め取られてしまうという定跡にも、なよなよした婚約者に対する反発という理由付けが為されています。ベルタの婚約者がバネ仕掛けの義手の怪力のために吸血鬼の仲間だと思われるところや、「昼と夜の境目に、『我ハ信ズ』の朗誦が行われるうちに、鉄の釘で柩にしっかりと釘付けする」吸血鬼の倒し方など、独自色のクセが強く記憶に残る作品でした。旧訳は「作者不詳」として『ドラキュラのライヴァルたち』に収録。
 

「吸血鬼《ウプイリ》」A・K・トルストイ/植草昌実訳(Упырь,Алексей Константинович Толстой,1841)★★★★☆
 ――ルネフスキイは舞踏場で見知らぬ男が一隅を凝視しているのに気づいた。「どなたかお捜しですか?」「この舞踏会に何人もの吸血鬼《ウプリイ》がいるのに気づいただけです」。その男によると、スグロビナ准将夫人も吸血鬼であり、隣にいる孫娘のダーシャが狙われているという。ルネフスキイはダーシャをダンスに誘い、伯母のゾーリナや准将夫人と近づきになったものの、ゾーリナの娘ソフィアから好意を持たれてしまう。准将夫人の別荘にはダーシャに瓜二つの肖像画があり、ルネフスキイは肖像画から抜け出た女性から結婚して欲しいと告げられた。モスクワで見知らぬ男リバレンコと再会したルネフスキイは、リバレンコが過去に体験した怪異を聞かされる――。ドン・ピエトロ邸で奇怪な出来事に遭ったあと友人の一人が死んだといい、そこにも吸血鬼の影が――。ルネフスキイはダーシャとの婚姻許可をゾーリナにもらいに行くが、ソフィアを誘惑して捨てたと事実無根の非難をされて、ソフィアの兄ウラジミールと決闘する事態に陥った。

 新訳。盛り沢山すぎてまとまりはよくないものの、そのおかげで、古式ゆかしさと予想のつかなさが同居するという得がたい作品になっていました。リバレンコとウラジミールがかつて体験した怪異との繫がりが弱かったり、吸血鬼要素がどんどん薄まっていたりするのは、盛り沢山ゆえの弊害でしょう。ただし吸血鬼に関してはさらに反転させてリドル・ストーリーっぽくしようとしてはいます――が、あまり上手くいっていません。
 

「ドラキュラの客」ブラム・ストーカー/夏来健次(Dracula's Guest,Bram Stoker,1914)

 読んだことがあるので今回はパス。
 

「夜の運河」イヴリル・ウォレル/宮﨑真紀訳(The Canal,Everil Warrell,1927)★★★☆☆
 ――僕は狂人と呼ばれるだろうし、みずから命を絶つことになるだろう。いつも夜中に徘徊するのが趣味だった。運河の西端だった。打ち捨てられた、古びた運河船に、白い服を着た若い娘が座っていた。「どうかそこにいらしてください。よければお喋りしましょう。寂しくて。私……ここに住んでるの」「まさか一人で住んでいるわけではないですよね?」「ええ、父も一緒です。でも今はぐっすり眠っているの」。今、僕の心を占めているのは愛だった。「泳いでこちらに来てはなりません。それに昼間はだめ」

 新訳。人間に追われて逃げ込んだ先で流れる水に移動を阻まれてしまうという形で、既に囚われている吸血鬼が描かれていました。それにより、謎めいた女性と乗り越えるべき障害というロマンティックな関係が生まれています。
 

「黒の啓示」カール・ジャコビ/渦巻栗訳(Revelations in Black,Carl Jacobi,1933)★★☆☆☆
 ――ラーラ骨董品店で、店主の兄が書いたという『五頭の一角獣とひと粒の真珠』という本を見つけた。売り物ではないというその本を、強引に一晩だけ借りることができた。だが書かれている文章は意味をなさなかった。私は衝動に駆られて、通りに出た。気づくと荒れはてた館のベンチに座っていた。そうしているうち、周りの景色にふと気づいた。ここはあの本に書かれていた場所なのだ! もう一つのベンチには黒衣の女が座っていて、弟を探しにオーストリアからアメリカに来たという。

 旧版収録作の新訳。「夜の運河」と同様、囚われている吸血鬼との遭遇です。ただし偶然から動きの取れなくなった「夜の運河」とは違い、文章によって封じられている点がユニークです。文章で封じられているだけでなく、その文章を読んだ者だけが吸血鬼の居場所に辿りつくことができるというのもよく出来ています。しかしそのせいで吸血鬼譚というよりオカルト話みたいになってしまっていました。
 

「クレア・ド・ルナ――月影――」シーベリー・クイン/植草昌実訳(Clair de Lune,Seabury Quinn,1947)

 苦手なオカルト探偵ものなのでパス。
 

「飢えた目の女」フリッツ・ライバー/山田蘭訳(The Girl With the Hungry Eyes,Fritz Leiber,1949)★★★★☆
 ――なぜあの女にぞっとしてしまうのか、その理由を話そう。いまや雑誌を開いたって、広告にあの女は必ず載っている。ただ、吸血鬼といってもいろいろいてね、実際に血を吸うわけじゃないんだ。人も殺されている。米国じゅうがあの女に夢中になっているのに、具体的な情報が出てこないなんておかしいと思わないか? 昨年のおれは哀れな写真家でね。どんよりした午後のことだ。あの女がスタジオに現れたんだ。「モデル、ほしくない?」。おれは出来上がった写真を売りこみに出かけた。誰もの目に留まったのはあの女の写真だった。だがあの女はおれのスタジオでしか写真を撮ろうとしなかった。

 新訳。著者には「煙のお化け」という短篇や『闇の聖母』という長篇、ちょっとタイプは違うけれど『妻という名の魔女たち』という長篇もあり、本作も怪異を現代的視点で捉え直しています。精気(というかその人のすべて)を吸い取る存在としての吸血鬼が、その魅力によって魂を奪うモデルという形で採用されていて、吸血鬼を現代風に描いたとも言えるし、カリスマという存在を吸血鬼と解釈したとも受け取れます。
 

「血の末裔/白い絹のドレス」リチャード・マシスン/植草昌実訳(Blood Son/Dress of White Silk,Richard Matheson,1951)★★☆☆☆
 ――ジュールズの作文のことを聞いて、やはり頭がおかしかったのだ、と町の人たちは納得した。ジュールズの夢は、吸血鬼になることだった。町の人たちはジュールズを見張るようになった。学校へ行かずに過ごしていたジュールズは、ある日、動物園で蝙蝠を見て体を震わせた。本当は人の姿なのだが、今は変身しているのだ、と信じて、「伯爵」と名づけた。ある夜、ジュールズは檻に入り込み、蝙蝠をかかえて動物園をあとにした。/ここは静かで、わたしは一人。おばあちゃんはわたしを閉じ込めて出してくれない。あのことが起きたからと言って。ママのドレス。その日も遊びにきたメアリ・ジェーンに、ママの部屋に入ってはいけません、と言った。おかあさんなんていないのに、いるふりをしてるんでしょう、と言われた。ちゃんといる。ドレスだってあるんだから。わたしはママの部屋に入ってドレスを出した。真っ白だってことを見せようとして。どこがすべすべよ、とあの子は怒った。

 新訳。「血の末裔」の旧訳は旧版にも収録。両作品とも旧訳で既読。どちらの作品も、幼く歪んだ精神の持ち主が、自身の歪んだ妄想に現実の方を引き寄せようとして悲劇を招く話です。
 

「不十分な答え」ロバート・エイクマン/若島正(The Insufficient Answer,Robert Aickman,1951)★★★★☆
 ――スロヴェニアに引き籠もっている芸術家ローラ・ヘイスティングスを雑誌で特集ることになった。カストがマルカントニオ城に入ると、鉄門がバタンと閉まった。夫人の個人秘書ミス・フランクリンが出迎えた。子供たちが手荷物を運んだが、ひとことも発しなかった。「城内で話すことをヘイスティングス夫人が禁止しているんです」。部屋は真っ暗で、明かり取りの狭間しかなかった。「照明道具はあるんですか?」「松明があります」。夫人はモデルの前で彫刻に取り組んでいた。「こんな暗いところで?」「何事も訓練よ」。カストが寝室に戻ると、見慣れぬハンドバッグに気づき、暖炉のそばに女がいた。「あなたを待ってたんです」「どなたですか?」「フェリシティのこと、話さなかった?」フェリシティの姿が見えなくなり、数秒後、ガシャンという金属音が鳴り響いた。

 初訳。エイクマンらしい朧な内容で、やたらと時代がかったゴシックな道具立てが揃っていました。部屋が暗かったり夜目が利いたり部屋に鏡がなかったりといった要素からは、城館の現在のあるじであるローラ・ヘイスティングス夫人こそが吸血鬼であるようにも思えますが、出現の仕方が超常的なフェリシティもどうにもこの世の存在には思われません。外から入れず中からも出られないようにしているのはやはり何ものかを閉じ込めているからでしょうし、それに該当するのはフェリシティなのでしょう。夫人が住人に発言を禁じていることを鑑みると、現地語で「出入り」に関する言葉を発して欲しくないからだと深読みすることもでき、そうなるとやはりフェリシティは自ら出入りできない人ならざる存在だと思えます。夫人の秘書ミス・フランクリンの体調不良も吸血によるものだと仮定すれば、夫人が芸術の源泉として吸血鬼を捕えてミス・フランクリンで飼っているという構図が想像できます。しかしそうなると、先述した夜目や鏡の理由がつきません。夫人かミス・フランクリンが吸血鬼でないと説明がつかない。となると、三者三様の人外が三すくみの状態なのか――確かな答えは得られません。
 

「吸血鬼になりたい。」下楠昌哉

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