『教場0 刑事指導官・風間公親』長岡弘樹(小学館文庫)
教場シリーズ三作目は、『教場』以前――風間の刑事時代の物語です。『教場2』が期待外れだったので本書を読もうか迷ったのですが、倒叙ものとあっては読むしかありません。出来不出来の差が激しい作品集でした。解説によると、発表順は1→4→3→5→2→6話なので、作品の出来不出来は執筆時期によるものでもなさそうです。
「第一話 仮面の軌跡」(2014)★★★☆☆
――仮装パーティの会場から外に出た芦沢が、日中弓にゲームを提案した。「このベネチアンマスクを着けたまま家まで帰ることができたら、豪華景品をプレゼントしよう」そう言ってタブレットを取り出した。以前にもそうやってスマホを手に入れたことがあった。マジックペンで太陽と半円を描かれていたのはいただけなかったが。それぞれ「日中」と「弓」を意味するそうだ。タクシーのシートベルトを締め、『そろそろ終わりにしない?』と送信した。横領した金の肩代わりをしてもらったのと引き替えに体を重ねて来たが、先日タクシー会社の御曹司からプロポーズされたのだ。だが芦沢は裸の写真をネタに弓を強請ろうとした。運転手が外に出ている間、揉み合いの末に弓は芦沢を刺し、マスクをしたままそこで車を降りた……。念願の刑事になった瓜原は、風間の下で教えを受けることになった。風間は、乗客がシートベルトにこだわったことに着目した。
未解決事件の多さに業を煮やした上層部が風間に新人刑事の指導を命じるという形で、教場要素が取り入れられていました。実際の捜査は新人刑事がおこない、風間は神の如き名探偵よろしく事件を瞬殺します。
コロンボや古畑をはじめ倒叙ものの探偵役は、理由は明かさぬまま最初の段階から容疑者に当たりを付けていますが、それは本書も同様です。同様なのですが、刑事の指導というスタイル上、当たりを付けた理由が理屈で説明されていて、そのせいで不自然さが強まってしまっています。さすがに容疑者の絞り込み方が神がかりすぎ(都合よすぎ)だと感じてしまいました。
一方で、スマホの落書きがしっかり活かされているところは、被害者や容疑者の人となりと併せて、うまい伏線だと感じました。「サイン」なんてもちろん証拠にはなりません。しかし、被害者がたまたま残したサインの意味を、容疑者だけが「持ち物へのサイン」だと理解しているからこそ、勝手に観念して自滅してしまうわけで、容疑者視点の倒叙という形式をうまく用いた解決編だと思いました。
「第二話 三枚の画廊の絵」(2017)★★★☆☆
――向坂善紀がキャンバスに向かって筆を動かしていると、チャイムが鳴った。匠吾だった。四年前、向坂と離婚した朝子が歯科医と結婚したため、今は苅部と姓を変えていた。この画廊は通学路にあるのだが、最近は来ることもめっきり減っていた。来年に受験を控え、苅部は匠吾に歯科医の跡を継がせるつもりらしいが、匠吾には芸術の才能があると向坂は見抜いていた。だが久しぶりに匠吾が描いた絵を見て向坂は愕然とした。向坂は苅部を呼び出し、絵を描くことを禁じないで欲しいと訴えた。言い争いの末に突き飛ばした苅部には息がなかった。向坂は苅部の手首と頭部を切断し、山に埋めた……。土砂崩れの現場から身元不明の遺体が現れた。風間からヒントをもらった門下生の折本は、遺体の肩の高さが違うことに気づいた。犯人は現場に――の基本から容疑者を絞り込んだ折本は、犯行現場の絵を描かせて向坂を揺さぶろうとする。
風間の揺さぶりの効果は首肯しがたいのですが、倒叙ものの新しい可能性にチャレンジしている作品だとも思いました。従来の倒叙ものは犯人VS探偵という構図でしたが、このシリーズは犯人‐新人‐風間のトライアングルが特徴です。新人の揺さぶりに乗っかる形で、犯人と風間だけが勝手に思惑を前へ進めていて、新人と読者は最後に至って初めて両者の思惑を知ることになります。何なんでしょうね、これは。人情、ではないと思いますし。風間からしてみたら一番楽に落とせる方法を選んだだけでしょうか。しかし第三者的に見ると、犯人がそもそも殺人のきっかけになった事情を殺人後も推し進めていて反省の色なしに見えてしまうのですが。
「第三話 ブロンズの墓穴」(2016)☆☆☆☆☆
――研人が学校に行かなくなったのはいじめが原因だ。担任の諸田伸枝はそれを認めないどころか、いじめに加担していたという。何度も訴えたが、伸絵は美幸に会うことも避けていた。美幸はコンビニから出てきた伸枝を凶器で殴りつけ、ブルーシートを敷いた車のトランクに放り込んだ。指紋や涎が着かないように、口にガムテープを張り、両手に軍手を嵌めた。ゴルフ練習場でアリバイを作ったあと、小学校の敷地内に入り、伸枝の靴と自分の靴で地面を踏み荒らし、死体を像の前に転がしておいた……。荒城は緊張のあまり胃が痛かった。「気づいた点を言ってみれくれ」と風間に問われたが、遺体には取り立てて指摘することはないように思えた。
この話も、あまりにもあからさまな真相を、新人に解決させるという構図を通して描くことで、ミステリとして成立させている――と無理に解釈できなくもありませんが、さすがにひどすぎました。足跡も凶器のトリックも恐らく新人以外には明白だったでしょうし、どうして犯人もそれで上手くいくと思えたのか。風間の例え話のヒント【※痛みを感じている場所と痛みを発している場所は別=殺した場所と死体があった場所は別】も、膝を打つには程遠いお粗末なものです。
「第四話 第四の終章」(2016)☆☆☆☆☆
――佐久田が仕事に行こうとすると、廊下で隣室の元木に出くわした。といっても、隣室に住んでいるのは筧麻由佳という舞台女優で、同じ劇団の元木が入り浸っているだけだ。演劇のトレーニングと称して絡んでくるのが苦手だ。その三日後、「佐久田さんっ」と叫んで麻由佳がチャイムを鳴らした。「大変です。死ぬ、って言ってるんですっ」。隣室に駆け込んだ二人の目の前で、元木は首を吊った……。自殺なのに刑事が出張ってくるのを訝る佐久田に、早坂すみれは説明した。「病院で医師に看取られた場合を除いて、すべて変死ということになるんです」「そうなんですね」「ロープを外したのは誰です」「ぼくです」「筧さんはロープに触れなかったんですね」
これもひどい。犯人も犯行方法も明白なのに、読者に隠している意味がわかりません。風間が証拠を採取したときの行動も不自然すぎて、犯人と探偵の知恵比べというよりも、ただの探偵のズルにしか感じられませんでした。風間は【役者というものは「逮捕された犯罪者」という人生も経験したがる】と踏んで犯人が逃げないと確信していたようですが、これも取って付けただけで全然きれいにまとまっていません。
「第五話 指輪のレクイエム」(2016)★★★☆☆
――「秀ちゃん、雨が降っているから、ツグヒコの学校まで迎えに行っていい?」二十も年上の清香を妻にしたときから、認知症になった妻をいつか介護する覚悟はしていたが、予想よりも早かった。五十歳と七十歳。こう頻繁に邪魔されるせいで仕事の質も低下していた。田瀬葵に電話したかった。納期を延長してもらわなければならないし、何よりも彼女の声が聞きたい。夕食の時、清香が浮かない顔をしているのに気づいた。「指輪をどこかにやっちゃったみたい」なくなってからずいぶん経つ。一週間後、葵の待つレストランに入る前に、仁谷は清香に電話をかけた。「冷蔵庫の中が汚れていたみたいなんだ。掃除しておいてくれないか」《分かった》。家に戻ると思ったとおり清香は倒れていた。十分に換気してから、仁谷は警察に通報した。
風間が新人に犯人の落とし方や証拠の見つけ方を気づかせるという趣向のためか、ほとんどの作品で犯人は新人にすら最初から怪しまれていましたが、この犯人は具体的な工作まで見抜かれてしまいます。さすがにこれでは物足りないと感じていたところ、作品の勘所は別のところにあったとわかる仕掛けになっていました。この場合、塩の跡から導き出された推理が事実かどうかも問題ではなく、犯人がその推理(≒死者の思い)に対してどう感じるかが大事なところでした。
「第六話 毒のある骸」(2017)★★☆☆☆
――刑事二人が出ていったのを見て、椎垣は今回の司法解剖を助教の宇部に任せる気になった。「きみにも経験を積んでもらわんとな」「今日は何だかご機嫌ですね、教授」メスで胃を切開して間もなく、宇部はその場にへたり込んだ。青酸ガスの臭いがした。とんでもないミスをしてしまった。遺体の胃に青酸ガスが溜まっていたのだ。宇部は一命を取り留めたものの、ミスが明らかになれば椎垣の次期医学科長は立ち消えになる。後日、宇部の家を訪れた椎垣は、宇部に青酸毒を飲ませた……。平優羽子は風間に呼び出されて現場に向かった。火葬場が不足しているため、祖母の葬儀はまだしばらく先だ。ストーカーに悩まされている平は、視線を感じてマスコミの方を振り向いた。
犯人と探偵の知恵比べみたいなものも犯人の葛藤も悪あがきも一切なく、犯人は新人刑事を嫌らしい目で見るだけで、推理を突きつけられるとあっさり観念します。それもそのはず事件はむしろ添え物で、事件のあとに【風間が義眼になった理由】という大事な出来事がなぜか取って付けたように書かれていました。すわ犯行場面かと思わせるフェイントも構成として面白いし、犯人も被害者も法医学医だからこその被害者の行動【※県境を越えて死ぬことで椎垣ではない隣県の法医学医に解剖してもらおうとした。】も魅力的なので、いろいろ雑なのがもったいない出来でした。あと、著者がテンゴクみたいな言葉遊びを好きなのは相変わらずです。
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『教場0』