『サン゠フォリアン教会の首吊り男』ジョルジュ・シムノン/伊禮規与美訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)
『Le Pendu de Saint-Pholien』Georges Simenon,1931。
『サン・フォリアン寺院の首吊人』の新訳です。
刊行順では『死んだギャレ氏』と共に1番目、執筆順でも4番目という、最初期のメグレものです。
メグレが尾けていた男が、メグレがトランクケースをすり替えたばかりに、ショックのあまり自殺してしまうという衝撃的な場面から物語はスタートします。ベルギーに出張していたメグレが、パリのルイ・ジュネ宛てに大金を無造作に封筒で送っている男に気づき、ドイツまで尾行するというきっかけも含めて、メグレものというよりアルセーヌ・ルパンものを思わせる派手さがありました。
すり替えたトランクケースに入っていたのは古ぼけた三つ揃いのスーツ。なぜこれがそこまで大事だったのか――。スーツは死んだ男にはサイズが合わず、ルイ・ジュネと記されたパスポートは偽造されたものでした。
謎が謎を呼ぶ展開に、ページをめくる手が止まりません。タイトルとは裏腹に拳銃自殺した男の謎で話が進んでゆくのも、『首吊り男』がどこでどう絡んでくるのかという期待を膨らませます。
フランスに戻ったメグレは、ルイ・ジュネの正体を追ううち、ドイツで出会ったヴァン・ダムという怪しげな男と再会するのでした……。
とにかく(メグレものにしては)派手な作品で、メグレは二回も命を狙われます。終わってみれば完全に犯人たちが藪をつついて蛇を出した感じなのですが、【若気の至りの(事故に近い形の)犯罪の時効が迫っている】状況だったという事情が明らかになってみれば、焦ったり自暴自棄になったりするのもわからないではありません。
拳銃自殺したルイ・ジュネという人物が、のちのメグレものの被害者たちや犯人たちを思わせるような、惨めな敗残者であったのが印象に残りました。幼稚な思想の果てに人を殺した挙句に自責の念から首を吊った若き日の仲間のことが頭から離れず、もともとの貧しさに加えて心も荒んでしまったために、ほかの仲間も引きずり下ろそうとしてかつての血塗れのスーツをネタに脅迫するという、盛り沢山の人物なのです。
しかしまあ、この若き日の仲間たちの薄っぺらいこと。幼稚なのは若さゆえだと割り引いてみても、低俗な思想ごっこにはついて行けません。ここらへんは世代もあるでしょうし、実際にこういう仲間たちとつきあいがあった著者の感覚もあるでしょうか。
罪を憎んで人を憎まず、といったラストシーンは、いわゆるメグレものらしいイメージでした。
最初期の作品なのでみんな若いという設定なのか、リュカの一人称が「ぼく」と訳されていました。
駅の待合室で不審な男を見かけたメグレは、男が大事そうに抱える鞄を自分のものとすり替え、彼を尾行し始める。だが、男は鞄がすり替わっていることを知ると、苦悩の表情を浮かべ、拳銃で自殺してしまう。驚いたメグレは鞄を確かめるが、入っていたのは着古された洋服だけだった。奇妙な事件の捜査に当たるメグレは、男の哀切な過去と事件の陰にちらつく異様な首吊り男の絵の真相へと近づいていくが……。(カバーあらすじ)
[amazon で見る]
『サン゠フォリアン教会の首吊り男』