『生は彼方に』ミラン・クンデラ/西永良成訳(ハヤカワepi文庫)★★★☆☆

『生は彼方に』ミラン・クンデラ/西永良成訳(ハヤカワepi文庫)

 『La Vie est ailleurs』Milan Kundera,1973年。

 自伝的小説とは言うものの、どちらかと言うと自伝的要素や歴史的・政治的な出来事よりも、この人は意地が悪いなァ……という感じの文章が面白い作品でした。

 一応は詩人ヤロミールが主人公なので、ヤロミールの母親は息子の誕生前から「詩人の母」という呼び名で登場するのですが、まずこの人が異性に運がないというか性的・恋愛的に未熟というか、いろいろと小理屈をこねてドツボに塡まってゆくのが、ブラック・ユーモアものを読んでいるみたいに笑えてきます。「父親が余計な口を出して、混乱の種を播くこともない母性愛の理想となったマリアを本能的に模範とした彼女は、自分の子供にアポロンという名前を与えたいという挑発的な欲望を覚えた」とか、もうこの時点でただ者ではありません。

 この一族はどうもそういう家系らしく、「ヴォルテールのことをボルトの考案者だと思っているその伯父は、彼に近づいて平手打ちをくらわせた」とかいう行動を取っちゃったりするような人がいます。

 当然のことながらヤロミール自身もその血を引いていて、セックスのことでうじうじ悩んだり、ほかの男に触れられたくないから医者にかかるなと交際相手に言ったり、とにかく面倒臭い奴です。

 そもそも当たり前と言えば当たり前ですが、自伝的小説が自己讃美なわけもなく、著者は在りし日のヤロミールに批判的です。

 「スローガンの発案者で起草者でもあるヤロミールは、学生たちのうしろに陣取って手帖を眺めていた。/しかしなんとしたことだ! わたしたちは年代を間違えたのだろうか? 彼が仲間たちに口述しているスローガンは、まさしくしばらくまえにあのような愚弄を浴びた老学者が、反乱したソルボンヌの壁のうえに読んだのと同じものなのだ」

 世界中のどこのどんなジャンルであっても繰り返されてきたことですね。

 まあ思想的にとんがるのなんてのも若者の特権みたいなものです。

 ほとんどの東欧諸国に言えることですが西欧列強とロシアに挟まれているという地理的事情ゆえに、ナチスに侵略されソ連に侵攻されるという歴史的事情があり、また著者は祖国チェコスロヴァキアからフランスに亡命を余儀なくされた経歴の持ち主であり、背景は重いのですが、それはそれとして変人小説だったと思います。

 第二次大戦後、チェコスロヴァキアは混乱期にあった。母親に溺愛されて育ったヤロミールは、自分の言葉が持つ影響力に気づき、幼い頃から詩を書き始める。やがて彼は、政治的な思想を持つ画家や幼なじみから強い影響を受け、芸術と革命活動に身を挺する……絶対的な愛を渇望する少年詩人の熾烈な生と死を鋭い感性で描く。祖国に対する失望と希望の間で揺れる想いを投影した、クンデラの自伝的小説。仏メディシス賞受賞作(カバーあらすじ)

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