『ちびの聖者 シムノン本格小説選』ジョルジュ・シムノン/長島良三訳(河出書房新社)
『Le Petit Saint』Georges Simenon,1965年。
訳本は2008年刊行。
シムノンの非ミステリ作品シリーズ〈シムノン本格小説選〉の第2回配本。
訳者あとがきによれば、多くの評論家が『ビセートルの環』とともにシムノンの最もすぐれた作品として挙げたそうです。
一言で言えば貧しいキュシャ一家の日常であり、それがシムノン特有の淡々とした文章で綴られていました。
主人公はキュシャ家の第五子ルイ。この子が知恵遅れということもあってか、出来事はあるがままに語られるかと思えば、ルイにはわからないことなのでわからないままスルーされたりもするし、悲愴感も怒りもないのが落ち着いた筆致の作家性にぴったり塡まっていました。
例えば次兄であるギイとオリヴィエは、ルイにとってはいつまでも「双生児」として認識され、しばらくのあいだはほとんどエピソードもなくほぼ「双生児」としてしか登場しません。もちろん子どもにとって、興味のあることはどこまでも大きく見えて、興味のないことには見向きもしないなんてのは普通のことかもしれませんが、それがここまで極端な形で書かれてあると非現実感さえ漂います。
母親のガブリエルは性に奔放で、行方をくらました駄目夫ウルトーのことはとっくに見限って、次々と新しい恋人を作るのですが、この母親の性行為や肉体の様子が、目を背けることなく書かれてあります。そんなだからルイはてっきり性的に無頓着なのかと思えば、しっかりと性欲もあるし恥ずかしいという感情もあることが明らかにされます。淡々とした描写のなかにこういう感情の機微が描かれるのが効果的で、はっと胸を突かれるようです。
ルイだけは苗字がウルトー(Heurteau)ではなく、母姓のキュシャ(Cuchas)なのは、上記のようにルイの出生前にウルトーが行方をくらましたことによるようです。
長兄のジョゼフは、ウルトーとの結婚前に出来た子でロシア人の血を引いているらしく、ブラディミール(Vladimir)と呼ばれています。ルイとは対照的な乱暴者で、それだけに兄姉のなかではいちばん印象に残る人物でした。性に奔放なのは母ガブリエルに限らず、何しろ「通りの女商人たちは、どんな高慢ちきな女だって、結婚する前に最初の子供を産んでいる、あるいはね、結婚五か月後にはもう産んでいるんだって」というくらいなので、女性にとって二股なんて当たり前。ブラディミールが見せた涙は、乱暴者が垣間見せた弱さのようで、つい同情してしまいます。それなのに――三つ子の魂はやはり百まで変わらないようです。
上記のガブリエルのセリフは、姉アリスに向けたものです。このアリスも、性に翻弄されやがてたくましい母親になるという点でまさしくガブリエルの子どもでした。
ルイは殴られてもやり返さないことから、ちびの聖者と呼ばれて馬鹿にされていました。それがいつしか、嫌がらず市場の手伝いをすることからちびの聖者と呼ばれるようになるのは、文字通り伝承や伝説の成り立ちを目の当たりにしているかのようでした。
前半の猥雑な生活感が圧倒的なだけに、正直なところ、このルイに絵画の才能があって、長じてから成功して――という終盤の流れは三文小説みたいでいまいちでした。
パリ五区ムフタール通りの貧しい家に生まれたルイ・キュシャは、無口で夢見がちで身体も極端に小さかったため、虐められ蔑まれながらも、周囲の人々が〈ちびの聖者〉と呼ぶような、穏やかな微笑を常に浮かべて街の風景や人間たちを見つめている特異な少年だった。路上で行商する母と荒くれた異父兄弟たちの体臭で充満した家に育ち、中央市場で肉体労働をしながら、やがて独学で絵画をはじめ、一流の画家になっていく……「ニューヨーク・タイムズ」がシムノンの最高傑作と折り紙を付けたバルザック流のなかば自伝的な小説。(カバー袖あらすじ)
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