『うたかたの日々』ボリス・ヴィアン/伊東守男訳(ハヤカワepi文庫)★★★☆☆

『うたかたの日々』ボリス・ヴィアン/伊東守男訳(ハヤカワepi文庫)★★★☆☆

 『L'Écume des jours』Boris Vian,1947年。

 タイトルの『L'Écume des jours』は直訳すれば『日々の(濁った白い)泡』ですが、例えば「écume de la société」で「社会のクズ、最下層の人々」の意味になるので、「カスみたいな出来事」「日々の生活から出てくる灰汁」くらいのニュアンスではないかと思います。

 特に目的なく生きているようなコランからはヒッピーっぽい胡散臭さも感じたのですが、実は1947年の小説だということに驚きです。

 あらすじには「現代でもっとも悲痛な恋愛小説」とあるし、幻想小説のイメージもあったので、実際にはカフカやゴーゴリのようなシュールギャグ・不条理ギャグに近いことになかなか気づけませんでした。終盤のドタバタからは『さようなら、ギャングたち』を連想しましたし。『さようなら、ギャングたち』も恋愛小説といえば恋愛小説ではあるのですが。

 浴槽の底に穴を開けて抜いた水が下の階の住人の机の上の穴に落ちるという冒頭の状況が初めさっぱりわからなかったのですが、そういう世界の話なのですね。コランは料理人を雇えるくらい裕福なはずなのに、その料理人が水道管で鰻を釣るとかいう状況がもうわけがわかりません😅。

 全体的に現実離れした内容なのに、上記のこともそうですが、にきびのことを気にしていたりと、妙に生活感のある要素が入り込んでいているのが、個人的にはノイズに感じました。

 友人に彼女が出来たのをうらやましがってぐだぐた言っていたり、ようやく出来た恋人クロエとのいちゃつきぶりからも感じる、彼女が大好きなのか自分大好きなのかわからない駄目っぽい感じも、個人的には苦手です。

 肺に睡蓮が生える奇病という有名な出来事はちょうど真ん中あたり、美しく衝撃的なイメージというよりは、本書に数ある奇想要素の一つという感じでした。突飛な要素に惑わされなければ、よくある難病ものでは?と思いかけたところに、畳みかけるようなスラップスティックが待ち受けていました。

 あらすじからは感傷的で切ない話のように思えますが、あんまりそういう感じでもありませんでした。

 邦訳親本が1979年ということもあり、「可愛子ちゃん」とか「アチャラカダンス」とか訳語のセンスにただならぬものがありました。

 小さなバラ色の雲が空から降りて来て、シナモン・シュガーの香りで二人を包みこむ……ボーイ・ミーツ・ガールのときめき。夢多き青年コランと、美しくも繊細な少女クロエに与えられた幸福。だがそれも束の間だった。結婚したばかりのクロエは、肺の中で睡蓮が生長する奇病に取り憑かれていたのだ――パリの片隅ではかない青春の日々を送る若者たちの姿を優しさと諧謔に満ちた笑いで描く、「現代でもっとも悲痛な恋愛小説」。(カバーあらすじ)

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