「百番めの鳩」ジェイン・ヨーレン、「頂上の男」R・ブレットナー、「夜」ジョン・W・キャンベル、「温室惑星」アーサー・K・バーンズ、「帰れニュー・オーリンズへ」チャド・オリヴァー、「雪だるま効果」キャサリン・マクリーン、「確率世界」ロバート・シェクリイ、「イギリスに住むということは」D・G・コンプトン(S-Fマガジン)

「百番めの鳩」ジェイン・ヨーレン、「頂上の男」R・ブレットナー、「夜」ジョン・W・キャンベル、「温室惑星」アーサー・K・バーンズ、「帰れニュー・オーリンズへ」チャド・オリヴァー、「雪だるま効果」キャサリン・マクリーン、「確率世界」ロバート・シェクリイ、「イギリスに住むということは」D・G・コンプトン(S-Fマガジン)

「百番めの鳩」ジェイン・ヨーレン/村上博基(The Hundredth Dove,Jane Yolen,1977)★★★☆☆
 ――昔イングランドの森にヒューという鳥撃ちがいて、王様の食卓にのせる鳥をひとりで獲っていました。ある日ヒューは宮殿によばれました。「一週間後に余は結婚する」。かたわらの婦人は小鳥のように清楚でした。「わが花嫁レディ・コロンバのために、華燭の宴に百羽の鳩を用意したい」。レディ・コロンバが息をのみました。「どうかそれはおやめください」。だが王様は鳥撃ちに命じました。ヒューは頭をさげ、猟衣の胸、Servo(私は仕える)のモットーの縫いとりを触れました。

 『S-Fマガジン』1978年1月号No.230掲載。途中までは完全に童話ではありますが、胸のモットーServoに触れる演出は洒落ていますし、恋心と忠誠心の板挟みになった挙句どちらも捨ててしまう決断は衝撃でした。
 

「頂上の男」R・ブレットナー/伊藤典夫(The Man on Top,Reginald Bretnor,1951)★★★☆☆
 ――世界でもっとも険しい山ナンダ・ウルバットの頂上を最初にきわめたのはだれか? ジェフリイ・バーバンクだ。私は忘れられてしまった。私は彼についていった男にすぎない。新聞はバーバンクに栄誉を与えた。ただ、真相はそうではなかったのだ。

 『S-Fマガジン』1967年9月号No.98掲載。『年刊SF傑作選1』に「てっぺんの男」の邦題で中村保男訳が収録されています。愛憎渦巻く山岳ドラマだと思っているとずっこけました。肉体よりも精神性を重視する東洋の聖者というステレオタイプは、しかし今でも説得力を持っています。
 

「夜」ジョン・W・キャンベル/中上守訳(Night,Don A. Stuart,1935)★★★☆☆
 ――飛行機は落下と上昇を繰り返した後きりもみ状態になり、地面に激突した。私たちは不時着現場に駆けつけたが、ボブはいなかった。「そんなはずが――」少佐は絶句した。調査を諦めかけたとき、農夫がやって来て、死んでいる男がいると告げた。少佐と私が意識のないボブに人工呼吸を施すと、やがて息を吹き返したボブは、自分が経験した話をしはじめた。重力圏外まで上昇すると、エンジンを切ってコイル回路のスイッチを入れた。途端にガンとやられて麻痺状態になり、気づくと夜の空よりなお黒い空があった。コイル回路は重力ではなく時間軸を歪めたようだ。

 『S-Fマガジン』1967年9月号No.98掲載。著者は作家としてよりも編集長として有名です。人類が滅び太陽も死んで冷え切った地球にトリップした操縦士が、海王星の機械生命に助けられる、という終末のヴィジョンはいま読んでもなかなか迫るものがあります。古い作品のため訳がヘンテコで読みづらい。
 

「温室惑星」アーサー・K・バーンズ/深町真理子(The Hothouse Planet,Arthur K. Barnes,1937)☆☆☆☆☆
 ――トミイ・ストライクは防腐剤シャワーの下から歩み出た。この金星という温室には、幾多の悪性の伝染病が跳梁している。「おい、起きろ。かの有名な『生捕りカーライル』がここにくる。われわれは案内役をおおせつかったんだ」。いざジェリイ・カーライルに会って驚いたのは、絶世の美女だったからである。「ご婦人だったとは……」「わたしほど業績をあげている男はひとりもいません」。高慢ちきな女だ。マリを捕まえにきたというのなら、二つ三つ苦い教訓を学ぶことになるだろう。マリというのは地球のテングザルに似た動物だった。

 『S-Fマガジン』1966年8月臨時増刊No.85掲載。スペース・オペラ特集の一篇で、惑星間の狩人シリーズ第一作です。もともとがスペース・オペラなんて能天気なものですが、金星がただの怪獣動物園になっていたり、未来の話なのに女性の地位が低かったりと、能天気に加えて古さは否めません。マリの情報を小出しにしているのは高慢な狩人の鼻をへし折るためというそれなりの理由があるとはいえ、けっきょく被害を出しているのだからどっちも無能です。
 

「帰れニュー・オーリンズへ」チャド・オリヴァー/深町真理子(Didn't He Ramble,Chad Oliver,1957)★★★☆☆
 ――老人は防音室に坐っていた。名はシオドア・ピアソル。世界一金持ちの男として知られていた。「あいつをやってくれ、ディッパーマウス!」。ディッパーマウスはそれにしたがった。スピーカーから楽の音が流れでてきた。ルイ・アームストロングである。「いい時代だったな」ピアソルはうっとりとつぶやいた。ドアが開いて妻が立っていた。「パーティーに一度は顔を見せてもいいんじゃありません?」。仕方ない。あと一夜だ。パーティーが終わり、妻が寝室に引きとると、ピアソルは電話をかけた。「いつでも出発できるよ」……船は日の出のなかへのぼっていき、宇宙へ出ていった。「着きました」。ピアソルが降りると、船は去っていった。河。なつかしきミシシッピ

 『S-Fマガジン』1972年3月号No.157掲載。医学の発達によって寿命を一日単位で算定することが可能になった未来で、人生に飽いた男が、金に飽かせて再現した大好きな古き良きジャズの世界で死を迎える話です。仮想現実ではなく小惑星上に物理的に再現するところに時代を感じます。恐らく会社はジャズのない世界でガワだけ頂戴する計画なのでしょうが、ニュー・オーリンズの終焉とピアソルの死が重ねられた葬列のシーンにはぐっと来るものがあります。原題は終盤で「Flee as a Bird」と共に演奏されるFuneral Song「Oh, Didn't He Ramble」より。
 

「雪だるま効果」キャサリン・マクリーン/深町真理子(The Snowball Effect,Katherine MacLean,1952)★★★☆☆
 ――「社会学というのはどんな利益があるのかね?」わたしはカスウェル教授にいった。わたしが学長に任命されたのは、大学に金を入れるためだ。「雪だるま効果はご存じでしょう? この公式にしたがえば、ある組織を拡大させることができます」「では、新会員の獲得にある種の懸賞を出すのはどうだろう」そうしてわたしたちはテストのために、三十人ほどの裁縫クラブを選んだ。

 『S-Fマガジン』1965年7月号No.70掲載。転がり出した雪だるまが止まらなくなる話です。軽いテストのつもりが試験者の手を離れてどんどん勝手に拡大してゆくところはお約束。限界を超えた雪だるまが壊れてしまうように、世界規模に拡大統一されたところで”組織”が崩壊してしまうというビジョンには壮大さすら感じました。
 

「確率世界」ロバート・シェクリイ/青木秀夫訳(What Goes Up,Robert Sheckley,1953)★★★☆☆
 ――モイラⅡでの仕事が倒産してしまい、夜逃げして密航したエドガースンは、ポリフと呼ばれる惑星に置き去りにされてしまった。歩いていると、通りかかった車にひかれそうになった。「馬鹿野郎!」「すまんすまん。だがこの周期の間はあんたは五十四才になるまで死ねないんだ」。エドガースンはそのファルスという男の家に厄介になることにした。家にはヘッタという妹がいて、エドガースンの話す外界の話にすっかり心を奪われていた。「相場が値下がりするのを知らなかったの? 統計の本に書いてあるじゃないの」。ポリフでは、十年間の周期の間、五十一%以上の確率は百%同じことだという。ならば投機で儲け放題ではないか――。エドガースンは資金を得るためヘッタと結婚しようと考えた。

 『S-Fマガジン』1966年9月号No.86掲載。原題は英語のことわざ「What goes up must come down.(上がるものは必ず下がる)」より。結局のところ何かが統計通りに起こるのは“そういう世界”だという以外にないようです。厳密に言うと確率というか、周期ごとにプラスとマイナストータルで100になるようにこの世の理が定まっている世界というべきでしょうか。とは言え、いくらなんでもエドガースンが「株が永遠に値上がりすると考えて」いたというのは、さすが夜逃げしてきただけあって、投機の才能が皆無のようです。
 

「イギリスに住むということは」D・G・コンプトン/安田均(It's Smart to Have an English Address,D. G. Compton,1967)★★☆☆☆
 ――著名なピアニストのポール・カッサヴィーツ老人は、タクシーで友人の家に向かっていた。「ああいった家を見ると、自分がイギリス人であることを誇りに思いますね」と運転手が言った。「友人は有名な作曲家なんだ。彼が死ぬとあの家は“文化の谷”へ行くことになってるんだ」。作曲家ジョセフ・ブラウンはポールにマッケイという若い医者を引きあわせたいと言う。マッケイはジョセフに電気刺激器を調節して心臓の鼓動を活力にあふれさせ、寿命を延ばしていた。「わたしは死ぬまで生きていたいんだ。電気的になるのはいやだね」「電気的とは思わんよ。生きている。それにポール、時間があるんだ」。部屋には大きなXPTプレーヤーがあった。XPTレコーディングもマッケイが作製したものだった。人間の脳波の変動を記録し、それを他人に課すことによって、深く感情や感覚を経験することが可能になる。口のきけない人でも“話す”という感覚がわかり、神を求めていた人は偉大な生の秘蹟の体験をわかちあえるのだ。ジョセフとマッケイは、ポールの演奏をXPTでレコーディングしたがった。

 『S-Fマガジン』1979年5月号No.247掲載。〈海外未紹介作家コーナー〉より。機械による延命や機械による感覚の追体験をよしとしない老ピアニストが、脳溢血になったためにまんまと医師らの狙いを打ち砕くという話です。「イギリスの住所を持つことは賢明である」というタイトルは恐らく、形だけの伝統や文化や命を残すことを皮肉ったもの。書き方があまりにももったいぶっていて、丁寧とか重厚とか胸に染みるとかいうのではなく、ひたすら読みづらい。

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