『ミステリマガジン』2024年1月号No.762【ミステリが読みたい!2024年版】

『ミステリマガジン』2024年1月号No.762【ミステリが読みたい!2024年版】

 海外編のベストテンには興味のあるものがありませんでした。国内編の1位~3位『可燃物』米澤穂信、『君のクイズ』小川哲、『鵼の碑』京極夏彦はまだ読んでませんがいずれ読むつもり。12位『禁じられた館』ミシェル・エルベール&ウジェーヌ・ヴィルは、これまでまったく知られていなかった黄金時代のフランスミステリ。以前華文ミステリ特集のとき「涙を載せた弾丸」(→ここ)が掲載されていた「中国のディクスン・カー」孫沁文の長篇『厳冬之棺』がいつの間にか刊行されていたようです。華文ミステリからは、蔡駿『忘却の河』『幽霊ホテルからの手紙』も好評なようです。『忘却の河』は千街晶之三津田信三がベストテンに入れてました。

 アンケートには佳多山大地山崎まどか等が寄稿。

 早川書房2024年の新刊は、ポケミス2000番記念作品『両京十五日』、「ロス・マクドナルドにオマージュを捧げた」陸秋槎『喪服の似合う少女』など。

「迷宮解体新書(137)呉勝浩」村上貴史

「書評など」
19位だった孫沁文『厳冬之棺』はここでも取り上げられていました。復刊・新訳コーナーはクリスティーハロウィーン・パーティーなど。映画化に合わせた新訳のようです。

 今月号は「華文ミステリ招待席」はお休みのようです。読むものがほとんどありませんでした。
 

 → 『ミステリマガジン』2024年1月号No.762 

『怪異雛人形』角田喜久雄(講談社大衆文学館文庫コレクション)★★★★☆

『怪異雛人形角田喜久雄講談社大衆文学館文庫コレクション)

 戦前戦後に伝奇小説・時代小説・探偵小説をものした作家の、初期捕物帳を集めた作品集。「いろはの左近」もの二篇、「女形同心」もの二篇、その他三篇から成ります。著者が平成6年まで生きていたということに驚きましたが、昭和43年に筆を断っているということなので、それが実際以上に昔の人という印象をもたらしていたようです。大昔の通俗作家だと思って読まず嫌いしていましたが、いま読んでも充分に面白い作家でした。
 

「怪異雛人形(1937)★★★☆☆
 ――江戸南町奉行に就いたばかりの越前守忠相が駕籠に乗って戻る途中、中間の死体に出くわした。死体は雛人形を抱いており、そのうえ首がもぎとられていた。一方、子ども好きで寺子屋の真似ごとをしていることから、いろはの左近と綽名される町方同心・赤根左近は、教え子の拾った櫛をたどって酒問屋の娘の死体を発見する。娘も首のもがれた雛人形を抱えていた。人形店・松舟を訪れた左近は、死んだ人形師・老亀斎が財産をどこかに隠したという噂を知る。財産の在処の隠された五人囃子を巡って人が殺されているのか……?

 展開がスピーディでストーリーも起伏に富み、驚くほどにめっぽう面白い。今より娯楽が少なかった時代の娯楽小説の底力を見たな、という気がします。しかも勢いに任せた行き当たりばったりの内容ではなく、ミステリとしてもちゃんと練られています。人形が目当てなら人を殺す必要はないはず――という疑問は論理的で、関係者全員を紙に書き出して動機の面から真犯人を指摘する左近の姿は、捕物帳の同心というよりも完全に近代の名探偵の姿でした。【ネタバレ*1】の発表が1935年、邦訳も同年とはいえ、その採り入れ方の巧さには目を瞠るものがありました。
 

「鬼面三人組」(1937)★★★★☆
 ――左近、下っ引の文次、仙吉が浅草を歩いていると、本堂の裏に人だかりが出来ている。見ると、猿が本堂の屋根から何かを投げ捨てた。文次が近寄ってみると、それは般若の面をかぶった人相見・天元堂の生首だった。越前守からの申し出で、先輩同心・高田兵助と捕物競べをすることになった矢先、番屋から死体が盗まれるという事件が起こった。天元堂の住居へ急ぐ左近たちだったが一足遅く、何者かに火を付けられていた。屋根の上には鬼面の黒装束が三人、佇んでいた。そこに別の黒装束が弓を射かけたが返り討ちに合い、またもや死体が盗まれてしまう。鬼面の者たちは十二年前に死んだ神出鬼没の大悪党・鬼面三郎と関係があるのか……。

 前話で改心した仙吉が仲間に加わります。このあたりは少年誌に連載された影響なのでしょうが、キャラは立っているもののあんまり活躍はしません。

 この作品でも「怪異雛人形」と同様、苦労して攫うのならわざわざ衆人環視のなかで殺さないのでは――というもっともな疑問から、左近は真相に近づきます。鬼面の一味であるらしい少女が左近たちを誘い出した落書きは「赤い絹のショール」でしょうし、鬼面組による殺害予告も「獄中のルパン」をはじめとするルパンものでしょうか。旗本の屋敷で鬼面三郎を誅するという五人目の予告は、不可能とは言わないまでも難事には違いないと思われたのですが、そこに必然性があったという点でも「獄中のルパン」を思わせます【※ネタバレ*2】。

 いろはの左近シリーズが果たして何篇あるのかは解説でも明らかにされていません。Googleで検索すると本書収録の二篇のほかには1957年発行の『平凡別冊7号』に「いろはの左近捕物帖 髪洗い地蔵」という作品がヒットするくらいです。
 

「美しき白鬼」(1936)★★☆☆☆
 ――町方同心・鳥飼春之助が足をとめた。当時売り出し中の歌舞伎の女形に生きうつしだと云うので、江戸中の女共がやんやと噂しあっている。子供が油紙包を拾ったといって届けてくれたが覚えはない。見張られていることに気づいて、油紙包を木に結わえて立ち去ると、芸者上がりらしい粋な女が包を手にした。跡をつけると女は合掌して包を寺の本堂に投げ入れた。調べてみると「御経料 行年三十二歳の男 供養の為」という紙と、人間の耳朶が包まれていた。頻発する神かくし事件の被害者に共通するものは何か――。春之助はお手先の勘太の妹・お妙に協力を求めた。

 女形同心・鳥飼春之助もの。さすが発端は魅力的なものの、被害者の共通点が明らかになった時点で【ネタバレ*3】という動機もほぼ明らかであり、いろはの左近もの二篇と比べると作りが単純で物足りません。女たちに人気ながらも本人は女好きではなく、お妙に想いを寄せられるもその気持ちにも無頓着という設定は、シリーズものには絶好の設定だと思うのですが、“女形同心”ものも“いろはの左近”同様あまり作品数はないようです。
 

「恋文地獄」(?)★★★★☆
 ――飯やで酔っ払いが匕首を振り回し、畳をずたずたにしてしまった。その喧嘩をがに股の男が一喝し、畳も買い取って持ち帰った。野次馬が呆然と見送るなか、武家の奥女中風の娘が騒ぎを。一方、母者の墓参りに来ていた春之助は、干してあった寺の畳が盗まれたと知らされる。そんな折も折、老夫婦が殺され畳が盗まれたという一報がもたらされた。その畳を扱った兼吉という畳職を訪ねると、藤兵衛という家主から貰った十六畳を直したものだと判明する。四五年前に島送りになったがに股の東作が舞い戻ったのではないか……?

 飯屋のエピソードだけでも充分に魅力的だと思うのですが、そこに加えて立て続けに畳が盗まれるという畳みかける導入が相変わらず見事です。がに股が島流しになる前に畳に何かを隠したらしいというのがわかっても、それが何なのか、また武家の女は何者なのかなど、「美しき白鬼」ほど単純ではありません。十五枚の畳に何も隠されてなく最後の十六枚目に隠されているという偶然などあり得るのだろうか?という春之助の考え方は、いろはの左近の考え方にも似ていて独特の面白さがあります。タイトルでネタバレしているようなものではありますが、隠されていたものが【ネタバレ*4】であるというのは、女形同心ものならではの仕掛けでした。
 

「自殺屋敷」(1939)★★★★☆
 ――蔵前小町と評判の、山本屋の娘お町が首をくくって自害した。山本屋の屋敷はもともと御公金費消で牢死した日高市兵衛の別宅だった。市兵衛のたたりだ――祈禱師の日了はそう言って離れに籠って祈禱をあげ続けたが、市兵衛やお町が死んだのと同じ七のつく日、当の日了が首をくくって発見された。元武家の屋敷らしく厳重な作りで、何者かが忍び入る余地はない。年寄りでもない重四郎が今戸の隠居と呼ばれているのは、江戸町奉行所から隠居与力格を与えられているからだ。北町奉行所の同心・羽黒鉄心は重四郎に張り合い、自殺部屋の秘密を解き明かそうと意気込んだ。

 今戸の隠居が主人公の単発もの。密室に連続自殺というやたらと派手な事件が扱われています。上手いなあと思うのは、ただ単に自殺が連続するだけでなく、二人目は祈禱師、三人目は同心の手付と、後ろにいくにしたがい自殺しそうにない者になってゆくところです。犯人捕縛後に【ネタバレ*5】という出来事を起こすことによって、【ネタバレ*6】意外性と【ネタバレ*7】不寝番殺しの謎の解明、二つを同時におこなっているのも巧みです。密室と連続自殺という謎は魅力的な反面、真相は物理トリック以外には有り得ないわけですが、殺人に用いられたトリックがそもそも【ネタバレ*8】のために用意されていた堅牢な仕掛けの再利用という点も見逃せません。明言こそされていませんが、七のつく日に自殺が起こったのが、【ネタバレ*9】ためだけというのは説得力が弱く、そこだけはマイナスポイントでした。
 

「悪魔凧」(1936)★★☆☆☆
 ――白い凧が微動だにせず舞っている。針仕事を終えてお豊が外に出ると、片目の男から声をかけられた。お豊と姉の文字房は女の二人暮らし、不安になって世話焼きで知られる岡っ引きの半次に来てもらった。半次が調べると、窓をこじ開けようとした形跡がある。強風で切れた凧には「あかまん」という文字が書かれていた。片目の男が清川屋の前をうろうろしている。清川屋から老人が出て来た。「あかまんの万助、貴様の名前だ。凧を見て来たのだろう? 丑太郎はどうした? 殺ったのか!」。半次たちが警戒するなかお豊が襲われ、清川屋らは壁から小さな鐘を見つけた。鐘を買おうとする紋付羽織の武士や万助を尾けるお高祖頭巾の女は何者なのか……。

 雰囲気が暗く、トントン拍子の読みやすい文章でもありません。「挙げた犯人の数よりも仲人として取り結んだ縁の多さを自分でも喜んでいる」という半次にも、なぜか左近や春之助のような魅力はなく、妻に当たり散らすような男です。犯罪者が盗んだお宝を取り戻しに来るというお決まりの内容ですが、【ネタバレ*10】だけでなく、【ネタバレ*11】も加わることで、ストーリーに厚みが生まれていました。
 

「逆立小僧」(?)★★★☆☆
 ――引退した御用聞きの娘、並木のお奈美、いつとはなくずるずると十手捕縄をうけついで、今ではその器量とともにすこぶる評判が高い。「姐さん、奇妙きてれつな事件なんでえ」下ッ引に言われて入った現場には、岡っ引きの伍助がいた。被害者は伍助の身内だった重蔵という男で、身持の悪さから追放されていた。重蔵の着物から家具まですべてが逆さまにされている。そこへ母親のため川崎詣でに出ていた伍助身内でも腕利きの松五郎が帰ってきた。「手前の見込みは?」「親分、逆立小僧でさあ」。浅草にいる白痴男で、酔払うと逆立ちをしたりそこらのものを逆さまにしたりする。「根っからの白痴かどうか怪しいとにらんでるんです。この頃荒らし回っている二人組の強盗に、逆立小僧が逆さまにした家がやられている」

 珍しい女捕物帳。逆さまづくしが『チャイナ・オレンジの秘密』(1934)だとすると、並木のお奈美もペイシェンス・サムあたりがモデルでしょうか。……と思ったのですが、この作品の執筆時期によってはクイーン=ロスだと知られていない可能性があるのか。逆さまの理由が【ネタバレ*12】ためというのは、作者の匙加減でどんな癖でも付加しようがあるのでご都合主義だとは思いますが、犯人を推定する手がかりが意外なほどに手堅いロジックなのがアンバランスで妙に印象に残りました。

  




 

 

 

*1 『ABC殺人事件』

*2 罪を逃れた真の鬼面三郎一味五人を誅するため、真相に気づいた旗本・松本平三郎と罪を着せられた男の子どもたちが協力していた。一方、背中の鬼女の刺青から一味であることがばれるのを恐れて、生き残った一味が死体を攫っていた。五人目の殺害予告の意味は、真の鬼面三郎である同心の高田兵助をおびき寄せた平三郎による弾劾であった。

*3 (外国人に高く売りさばくため)刺青のある人皮を手に入れる

*4 春之助の美貌に夭逝した許婚の面影を見た姫君がつい想いを綴った手紙

*5 五人目の自殺

*6 犯人は捕まったはずでは?という

*7 薬を飲ませていたという

*8 横領した公金隠しともしものときの逃亡

*9 たたりのせいと思わせることで、公金の隠された部屋から人を遠ざける

*10 元の持ち主筋の武士による奪還

*11 別の強盗事件の被害者の妻による復讐

*12 逆さまにする癖のある白痴に罪を着せる

『創元推理(10)』1995・秋号(東京創元社)

『創元推理(10)』1995・秋号(東京創元社

 第六回鮎川哲也賞の受賞作発表号であり、大賞受賞者である北森鴻と佳作受賞者である佐々木俊介村瀬継弥の短篇が掲載されています。また、創元推理評論賞の発表もおこなわれており、受賞者の千街晶之と佳作の田中博の評論も掲載されています。
 

「第六回鮎川哲也賞・第二回創元推理短編賞・第二回創元推理評論賞決定のお知らせ」

 鮎川賞は北森鴻佐々木俊介、短編賞は『推理短編六佳撰』、評論賞は千街晶之と田中博、何という豊作の年だったのでしょう。市川拓司の名前が鮎川賞二次予選のメンバーにあって意外でした。もともとは本格畑の人だったのでしょうか。

 大賞受賞者のコメントと、選考委員の鮎川哲也紀田順一郎中島河太郎北村薫宮部みゆき戸川安宣による選評あり。
 

「評論賞選考委員座談会」笠井潔巽昌章法月綸太郎戸川安宣

 評論賞は巽昌章の意向で(?)選評ではなく座談会となっています。この頃は恐らくまだ探偵小説研究会も設立前だったのでしょう、ミステリの評論にようやく新しい視点が現れたという言葉に隔世の感があります。
 

鮎川哲也賞受賞者に聞く ちょっと退屈かな、もう一人殺そうかな、と」北森鴻(聞き手・近藤史恵

 歌舞伎ミステリにゆかりのある近藤史恵がインタビュアーを務めています。「どういう形になるかはわかりませんが、田之助が狂死するまでは書いていきたいなと思っています」という言葉はとうとう実現せずに終わってしまったようです。
 

「花の下にて春死なむ」北森鴻 ★★☆☆☆
 ――自由律句の結社『紫雲律』の同人である片岡草魚は、無名のままこの世を去った。事件性はなく、熱性疾患による衰弱死であった。飯島七緒は同人の連絡によってその死を知った。浅からぬ縁のあった七緒は草魚の句帳を預けられた。「また例の夢。悪夢なり。四十年も昔のことなのに」。親類縁者も見つからず、片岡も偽名であったらしい。七緒は草魚が生前洩らした言葉から故郷と思われる地を訪れ、四十年前に何があったのかを突き止めようとする。

 鮎川賞受賞第一作として書かれたもの。死後に死者の肖像が明らかになってゆくという、好きなタイプの作品です。ただし死者の知り合いが視点人物を務めるので、その趣向はあまり顕著ではないというか、深く知らないけれど見ず知らずではないというどっちつかずな関係のせいで、むしろ薄っぺらい印象すら感じました。故郷に帰れない理由を探る過程は好奇心をくすぐりますし、実際にあった【ネタバレ*1】に絡めているのもセンスを感じますが、伏線があまり効いておらず唐突な印象を受けました【※ネタバレ*2】。桜の開花前に死者の部屋で花を付けていた桜の枝に至っては、草魚とは無関係な、別の事件の伏線でした【※ネタバレ*3】。突然そんなことを明かされても、驚きというより呆れてしまいました。
 

創元推理評論賞受賞者に聞く 今書きたいと思っているのが京極夏彦論ですね」千街晶之(聞き手・濤岡寿子)

 新本格世代にとって、洋館も横溝的世界もどちらも幻想を喚起する装置だったというのはなるほどと思う指摘です。
 

「終わらない伝言ゲーム――ゴシック・ミステリの系譜」千街晶之

 英国には館ミステリやゴシック・ミステリは意外と少なく、アメリカや日本にはゴシック的なものがなかったがゆえに誇張され、伝言ゲームのように少しずつずれながらアメリカ→戦前日本→幻影城新本格のように伝わっていったという論考。
 

「探偵小説ノート」田中博

 手記や日記という手続きを取らずに語り手が語り始める形式を「純小説的叙述」と位置づけ、探偵小説の叙述の発展をたどった論考。叙述トリック笠井潔の大量死説についても独自の見解が披露されています。自身のレトリックに酔っているようなところがあり読みづらい。
 

「白い怪物のいる奥座敷村瀬継弥
 

「毒の泉」近藤史恵
 

「謎ときの王国7 楽しきかな、リファレンス・ブック(一)」久坂恭
 

「カレーライスは知っていた(問題編)」愛川晶
 

「飛べない虫」佐々木俊介 ★★★☆☆
 ――狭心症だった久治見化成会長・久治見泰栄が死亡した。長男の直毅は仕事の鬼で、離婚して一人息子の智を引き取りながらも、泰栄の家に預けたまま父親らしいことは何もしない。出奔していた次男の紘次は帰って来るなり金の無心を始めた。智は事故に遭い車椅子となって以来、安全を理由に家に閉じ込められているも同然だった。智は泰栄への反感から紘次と気が合い、友人の春彦が持ってきた蜘蛛の玩具で蜘蛛嫌いの泰栄を驚かすのだと打ち明けた。果たして泰栄が大量の蜘蛛に怯えて急死した。だがほとんどの目撃者はその肝心の蜘蛛を目撃していなかった。

 少年探偵もの、と言っていいのかどうか。というのも探偵たる智少年が真相にたどり着けたのは本人しか知らないある事実の存在があったからで、それがこの作品のポイントの一つにもなっていました。孤独な子どもものであれば当然考えて然るべきこと【※ネタバレ*4】を、犯人が信じて計画に仕込んでしまったがために脆くも崩れ去るのが無残です【※ネタバレ*5】。もう一つのポイントは用いられているトリックでしょう。この場合、玩具であれ本物であれ蜘蛛で驚かせようとしたことがばれてしまえば、殺意が認められてしまうということでしょうか、凶器の隠し方として面白い発想が用いられていました【※ネタバレ*6】。
 

「ビデオ『双頭の悪魔』のこと」有栖川有栖

 amazon で見る → 『創元推理(10)』1995年・秋号




 

 

 

*1 大火

*2 身内のコレラ患者から感染拡大させないための火葬と外聞を憚った放火の一石二鳥が大火を招き、家族のために自分は死んだことにして異郷で暮らし続けた。

*3 桜が咲いたのは隣家のエアコンの室外機の熱風が当たっていたからであり、三月の寒い時期にエアコンが動いていた理由は、隣家で殺された車椅子利用者が雨に濡れていたのを除湿機能で乾かしたためであり、つまり雨の日に外に連れ出したヘルパーが犯人である云々。

*4 空想の友だち

*5 春彦が悪戯のつもりで殺してしまったことにして春彦を殺して罪をなすりつけようとしたが、春彦とは智の空想の友だちだった。

*6 凶器自身に隠れてもらう。犯人はぱっと見には蜘蛛のように見える小型の蟹を大量に放った。コメツキガニは砂に潜る習性があるため、みんなが駆け寄ったころには地面には何もいなかった。

『ヤンのいた島』沢村凜(角川文庫)★★★☆☆

『ヤンのいた島』沢村凜(角川文庫)

 日本ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞作。

 大西洋の南回帰線近く、ジグソーパズルの一片のような形をした通称「ジグソー島」にある小国イシャナイ。その離島である菱島にようやく調査団の入国が認められた。一介の大学院生である瞳子もどうにか調査団に潜り込んだ。鼻行類を探すためだ。ダンボハナアルキ。とある人物の冗談に過ぎない偽学術書に書かれたその動物が実際にいるという噂を聞いて以来、イシャナイに来るのが夢だったのだ。夜中にこっそり調査団を抜け出した瞳子は、島のゲリラに捕まってしまい、行動をもとにするうち彼らに共感を持つようになる。同時に奇妙な夢を見るようになった。夢にはゲリラたちのリーダー・ヤンと瞳子が登場し、瞳子だけでなくヤンも同じ夢を見ているという。ヤンに惹かれてゆく瞳子は、平和のために内戦を続ける彼らに疑問をぶつけるが……。

 鼻行類の実在を信じて調査するというぶっとんだ導入の時点では、それをどう捉えればいいのか戸惑ってしまいました。果たして単なるジョークなのか、それともゆるキャラ探しのメルヘンファンタジーなのか。

 それがゲリラに出会ってからは、鼻行類は後ろに退き、彼らの生き方に向き合ってゆくようになります。ただし鼻行類を信じるぐらいですから瞳子の政治観社会観はかなり幼稚です。幼稚な瞳子に反論する形を通して、貧富の拡大や貧しさのループ、大国に援助される後進の小国のデッドエンドなどが、読者にもわかりやすく説明されてゆきます。

 しっかりとした思想に基づくものなのか恋愛感情によるものなのかはともかく、最終的に瞳子はゲリラに協力する道を選びます。選ぶのですが、これがまた拷問やスパイ疑惑を軽視する考えなしの幼稚な行動で、目を覆いたくなってしまいました。

 一方でファンタジー部分に目をやると、ヤンと瞳子の見る夢の内容とその意味とは何なのかが最後まで謎めいていました。どの夢にもヤンと瞳子が登場し、ある夢ではヤンはハリーと名乗り、瞳子はジャーナリストになっており、ある夢では大統領となったタタナがイシャナイの将来を憂います。この夢とはいったい何なのか――。登場人物が別の自分を夢見るという形からは、プイグ『天使の恥部』を連想しました。

 生まれて来る赤子のなかから歴代のヤンという存在が現れるという伝承からは、実在のダライ・ラマを連想します。ヤンには世界からイシャナイを隠しておく力があったが、当代になってその力が弱まったために発見されてしまったという設定も魅力的です。

 そうしたヤンの力、予言者タタナの能力、これが夢と結びついて小説の仕掛けが明らかになる瞬間が、やはり本書のクライマックスでした。夢の内容に中だるみを感じていましたが、それも吹き飛んでしまいました。【※ネタバレ*1】作中作(?)にもう少し魅力があればと思ってしまいました。

 服従か抵抗か。暴力か非暴力か。選ぶ未来の形は――ゲリラの頭目と1人の女性の物語。南の小国・イシャナイでは、近代化と植民地化に抗う人々が闘いを繰り広げていた。学術調査に訪れた瞳子は、ゲリラの頭目・ヤンと出会い、悲しき国の未来をいくつも味わっていく。「瞳子。世界はぼくたちを憎んでいるのだろうか」。力弱き抵抗者、ヤンたちが摑んだものは? 日本ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞作‼(カバーあらすじ)

  




 

 

 

*1 四つ子の誰を生かせばイシャナイの将来に最善かを、タタナが夢で占ったが、どれも悲観的だったため、四つ子すべてを生かして少しでも長くイシャナイを世界から隠しておく道を選んだ。この小説自体もタタナの見た夢の一つであった。

*2 

*3 

*4 

*5 

*6 

『悲劇への特急券 鉄道ミステリ傑作選〈昭和国鉄編Ⅱ〉』佳多山大地編(双葉文庫)★★★☆☆

『悲劇への特急券 鉄道ミステリ傑作選〈昭和国鉄編Ⅱ〉』佳多山大地編(双葉文庫

 第一集がトラベル・ミステリーの作者による傑作集だったのに対し、第二集である本書にはトラベル・ミステリー作家に限らない鉄道ミステリが集められていました。
 

「探偵小説」横溝正史(1946)★★★★☆
 ――あれは戦争前の話、かれこれ十年もまえになるかしら。あたし小説家のM先生の御招待で東北本線のN温泉へスキーにいったんです。その時分のあたしはまだ駆け出しの歌手でしたけれど、皆様、鮎川さん、鮎川さん、と可愛がってくださいました。探偵作家の里見先生と洋画家の野坂さんと一緒に、三時の汽車でかえることにしたのですが、雪崩のために一時間ほど待たなければならなくなりました。そこで待ち時間のあいだ、この土地であった女学生殺しを題材にした新作小説を、里見先生が話してくださったんです。「ではあやふやなところがあったら助言してくれたまえ」。……T市に下宿している那美さんが父危篤という偽電報におびき出されて殺されたが、解剖の結果妊娠三か月だということがわかった。交際していた次郎君はしかし、関係を持ったのは六か月前であり、那美さんは三カ月前にはよそよそしくなってしまったと主張した。

 この作品の魅力が探偵小説家が自作の構想を語って聞かせる趣向にあることは間違いないでしょう。医師犯人説に対して聞き手の二人があれこれツッコミながら話が進んでゆくのには、探偵小説ファンが集まって語り合っているような楽しさがあります。そして意外な関係者。一方で、作中でも示唆されている通り「ブルース・パーティントン設計書」と乱歩「鬼」のトリックの改良版という側面も持っていました。
 

「鉄道公安官」島田一男(1959)☆☆☆☆☆
 ――私がスリ団対策で列車に乗り込むと、ボーイが声をかけてきた。「班長さん。お客がひとり、いなくなったんです」。大久保秋郎という大学助教授が、パジャマ姿のまま姿を消していた。事故か故意かはわからぬが転落した可能性がある。持ち物を調べると石油会社との契約書と、妻の浮気調査の報告書が見つかった。私は遺族、探偵事務所、妻の浮気相手を訪ねて捜査を進めた。

 これはひどい。今となっては古くさすぎる人物描写、幼稚な文章、雑な展開、小学生の算数クイズのような動機の盲点など、読むに耐えません。【※ネタバレ*1
 

「不運な乗客たち」井沢元彦(1982)★☆☆☆☆
 ――先頭車両が鉄橋に入った時、突然、全部の車両の左側のドアが一斉に大きく開いた。何十人もの乗客が川や線路際に転落した。死亡者七名、行方不明者一名。車掌のミスか、車両の欠陥による故障か。「ひょっとすると悪質な犯罪かもしれないな」という美術評論家の南条の言葉に、東京新報記者の久保田は問い返した。「計画的な殺人というと、加害者は?」「ドアを開いた奴ということになる」「車掌ですか――でも誰を狙ったんです?」「八人の中の誰かだろうな」「そんなひどいことが。他の人達は何のために」「カムフラージュだろう」

 いくらスケールが大きすぎて見えないといっても、そもそも動機のある犯人みずからが手を下す意味がわかりません。車で轢いて「故意ではありません」と言っているのと変わりないでしょう。ましてやせっかくプロパビリティの犯罪っぽくできるところを、わざわざ確実に殺人を犯す選択肢を選ぶのは愚行ではないでしょうか【※ネタバレ*2】。編者も「折れた剣」の名を出していますし、著者も犯人の残虐さを強調したいようですが、あまり効果が上がっているとは思えません。
 

「ある騎士の物語」島田荘司(1989)★★★★☆
 ――私はその夜、ある友人の結婚披露宴に列席し、帰ってきたところだった。秋元静香という美しい女性で、グラフィック・デザイナー時代、ずいぶんとお世話になった人だ。事件は今から十五年の昔のことだ。橋本、滝口、村上、依田の四人は、藤堂次郎を中心に「クイックサーヴィス」なる宅配会社を作っていた。彼ら五人はオートバイ好きで下宿が同じだったことから知り合った。藤堂は金儲けや経営に目端の利く男で、会社のアイデアを出したのも彼だった。藤堂は飲み屋で知り合った秋元静香という美大生と同棲しており、ほかの四人も一つ年上の静香に憧れていたらしい。だが何年か経ったころ、大事件が起こった。店の一つを任されていた静香の弟・哲夫がやくざとのトラブルで殺されたのだ。藤堂は資金を持って失踪、店も暴力団に売り払われていたことがわかった。復讐を誓う静香はついに藤堂の居所を突き止めた。だがよりによって大雪、オートバイはおろか車でも移動は難しい。三十分後には藤堂は高飛びしてしまうというのに。なのに藤堂は死んでいた。

 著者には吉敷竹史シリーズという鉄道ミステリのシリーズもありますし、御手洗ものに限っても「疾走する死者」「山高帽のイカロス」「UFO大通り」「山手の幽霊」など結構ありました。そんななか「ある騎士の物語」は人情話という印象が強かったのですが、読み返してみると意外とそんなこともありませんでした。著者はほかの作品でも鉄の馬に乗るバイク乗りを現代の騎士になぞらえていますが、この作品もそういう意味でも騎士の物語でした【※ネタバレ*3】。終電が過ぎて移動手段がないことが、逆にトリックに有利に作用しているのが面白いところです。御手洗の静香評は辛辣ですが、何しに御手洗に会いに来たんだと思えば確かに辛辣になるのもわかります。頭が切れるがゆえに見え過ぎてしまうのでしょう。

 編者が解説で横溝「探偵小説」の舞台であるN駅が何処なのかを推測していました。こういう面白い視点の発想が編者の持ち味だと思います。

  




 

 

 

*1 ガソリンの納涼を二倍にする発明をした助教授が石油会社に売り込んだが、石油会社としてはそんなものを発明されては売れ行きが半減するため、助教授を監禁したあと替え玉を使って目撃証言を作りあげた。

*2 別の場所で殺してから死体を川に捨て、その後「事故」を起こして事故の被害者に紛れさせた

*3 この作品の場合はバイクでこそありませんが

*4 

*5 

*6 


防犯カメラ