『心のなかの冷たい何か』若竹七海(創元推理文庫)★★☆☆☆

『心のなかの冷たい何か』若竹七海創元推理文庫

 『Something Cold in My Heart』1991年。

 若竹七海の第二作。『ぼくのミステリな日常』と同じく作者と同名の若竹七海が主人公のシリーズです。

 女同士の友情から事件の真相を明らかにしようと奮闘する姿は『長いお別れ』に代表されるハードボイルドを意識しているのでしょうし、陰謀を暴こうとするもそんなものなかったと判明するのは松本清張なんかの社会派を横見しているようにも思えるのですが、どちらも空回り気味です。

 共感したかと思えば感情的になったり行き当たりばったりに直感的に行動したりするので、良く言えば感受性豊かな普通のOL、悪く言えば情緒不安定な若竹七海に振り回されている感が強いため、本格ミステリとしては疲れるし、コージーというには暗い。

 うまくまとまればそこが著者の強みなのだけれど、とっちらかったままでした。

 旅先で一度会っただけの奔放な一ノ瀬妙子に惹かれた若竹七海は、クリスマス・イヴに自宅に誘われ承諾します。ところが確認の電話をかけたところ、妙子が自殺未遂をして植物状態だということを知らされます。家に帰ると、郵便受けに一ノ瀬妙子からの『手記』が入っていました。幼いころから異常性を見せて人を殺してきた男が姉に宛てた手記を読み、友人は自殺未遂ではない、手記の男に殺されかけたのだと信じて、同じ会社に入社して真犯人を突き止めようとします。

 ここまでが第一部。【ネタバレ*1】という叙述トリックが用いられていました。

 第二部に入り、真相究明のための捜査が本格的に始まります。事件と人間関係は結構入り組んだものでしたが、若竹七海が思いつきで行動するのでどんでん返しというほどの意外性はないし、ハードボイルドとは違いいちいち感情を剥き出しにするので読んでいて疲れました。

 最後に若竹七海は、【ネタバレ*2】という事実を末弟に隠すため証拠を隠滅します。つらい決断、のはずなのですが、あまりにもあっちゃこっちゃ引き回されるのでそのころには誰が犯人でもいいやみたいな気持ちになってしまい、さほど感慨も覚えませんでした。

 第一部は面白かったです。

 失業中のわたしこと若竹七海が旅先で知り合った一ノ瀬妙子。強烈な印象を残した彼女は、不意に電話をよこしてクリスマス・イヴの約束を取りつけたかと思うと、間もなく自殺を図り、植物状態になっているという。悲報に接した折も折、当の妙子から鬼気迫る『手記』が届いた。これは何なのか、彼女の身に何が起こったというのだろう? 真相を求めて、体当たりの探偵行が始まる。(カバーあらすじ)

  




 

 

 

*1 若竹七海が男の『手記』を読んで捜査していると見せかけ、実は若竹七海が受け取ったのは「男の『手記(手記1)』を読んで捜査していた一ノ瀬妙子が書いた『手記(手記2)』」だった

*2 人殺しの長弟を姉が殺した

*3 

*4 

*5 

*6 

『群青のタンデム』長岡弘樹(ハルキ文庫)★★★☆☆

『群青のタンデム』長岡弘樹(ハルキ文庫)★★★☆☆

 警察学校同期でライバルだった戸柏耕史と陶山史香の二人の、つかず離れず共に歩んだ警察官人生を描いた連作長篇。初出は『月刊ランティエ』2010年4月号〜2012年5月号。
 

「第一話 声色」★★★☆☆
 ――パナマ帽の老人が交番にいる耕史に言った。「商店街を通ったとき、建物と建物の間の隙間で見かけた」。教師だった祖父・源太郎は認知症の症状が現れてからも近所を見回り異変を交番へ知らせていた。建物の隙間には中学生くらいの少女が隠れていた。バッグには薫と書かれている。「こんなところで何をしている」「あの店を見張ってる」自転車泥棒を見つけるため張り込みをしているのだという。

 月間賞目指して点数を競い合う耕史と史香の関係や、継父に虐待されている薫から自転車を盗んだ意外な犯人はいいのですが、タイトルにもなっている声色についてはあまり必然性がないうえに無意味でわかりづらいと感じました。
 

「第二話 符丁」★★★★☆
 ――史香は非番の日にはデパート六階のトイレから双眼鏡で外を覗いていた。『門前町よりお越しの赤井さま――』。おかげですっかり不審人物扱いされてしまった。赤井とは赤い服を着ている史香のことだ。トイレを出ると私服警備員と目が合った。薫の継父が殺されたとき、現場に居合わせた史香は、継父が死に際に指さした男の姿を見ていた。犯人は現場に戻るのでは――。以来デパートから現場を見張っている。

 自分が見る側か見られる側か、立場によって変わる逆転の構図が鮮やかです。耕史と史香は表向きも水面下でも一勝一敗、いいライバル関係です。
 

「第三話 伏線」★★☆☆☆
 ――デイサービスに通うようになった祖父の源太郎だが、問題行動ばかり起こすせいで退所寸前だった。刑事見習になった耕史は、金庫破りの被害に遭った通所者からも責められ、泣きっ面に蜂だ。源太郎がいなくなったものの、姉の勤務する駅前交番に保護されていたことがわかった。駅前交番にいた史香と話すうち、犯人をあぶり出すアイデアが……。

 この第三話を読んだだけでは犯行方法と犯人を追い詰めた事情がわかりづらく、「第六話 予兆」の最後で布施刑事に説明されて、ようやく【ネタバレ*1】ということがわかります。耕史と史香の二人とも刑事になりました。
 

「第四話 同房」★★☆☆☆
 ――警察学校の教官は耕史が自ら志願した仕事だった。飯野と薫は今日もランニングを周回遅れで走っている。太っている飯野はともかく、薫は成績は悪いが足は遅くなかったはずだ。そんな折り射撃場から弾丸が紛失するという事件が起こり、耕史は窮地に立たされる。そこに史香から電話がかかってきた。国際人事交流要員に抜擢され、今はマニラの警察学校で教えている。史香も薫のことを心配していた。

 仲間のふりをして秘密を聞き出す「同房スパイ」に基づいて、二つの仮説が提示されていました。薫の成長物語としてはよいとしても、「同房スパイ」がうまく活かされているとは思えません。教官から直接励まされるのならともかく、褒めていたという言葉を間接的に聞くにしては迂遠すぎる手段でしょう。
 

「第五話 投薬」★★★☆☆
 ――帰国した史香は市役所に派遣され市民部防犯対策課課長となった。課長補佐の美島忠和は交番を辞めた美島雅和の兄であり、何かにつけて突っかかってくるので付き合いにくい。高血圧の薬を服用しており、自作の薬ポケットを用いたうえに服薬時間をメモするほど几帳面だった。史香が講演するシンポジウムへの送迎も、制限速度を一キロもオーバーしない徹底ぶりだ。捜査本部二課に移っている耕史は市長の汚職を捜査中であり、市役所内には共犯者もいるという。

 本書のなかでは場違いなほどトリッキーな作品です。制限速度を厳守するほどの慎重な人間が自殺するのに車を選ぶかというギリギリの不審点をきっかけに、常識によって見えなかった時限爆弾が爆発したという真相が明らかになります。
 

「第六話 予兆」★★☆☆☆
 ――中国人爆窃団を手引きした男・斉木を捕まえるため、耕史と布施は張り込みを続けているが、斉木はいまだ自分の店に現れない。隣の花屋には知的障害の息子がいて、毎日商店街を箒掃きしている。その日は犬が遠吠えしていた。耕史はつい眠り込んでしまった隙に、斉木が戻っていたことに気づき、慌てて捕まえようとするが、花屋の息子が「ここ駄目。危ない」と言ってしがみついてきた。

 窃盗犯グループに誤誘導しておいて、実は【ネタバレ*2】を心配していたという真相はあまりうまくいってません。知的障害を都合よく使っていると感じますし、【ネタバレ*3】というオカルトが材料の一つでは説得力もありません。耕史と史香二人の関係はどういうものなのか、これまで読者にもはっきりとはわかりませんでしたが、布施によって史香への耕史の愛情が指摘され、ようやくすっきりした感がありました。ところがこれが最終話で違う意味を持ってくるのは衝撃でした。
 

「第七話 残心(前篇)」「第八話 残心(後篇)」★☆☆☆☆
 ――副署長になった耕史はうんざりしていた。マスコミ対応や書類仕事ではモチベーションを保てない。週刊誌記者になった美島からも、会社員が鋭利な刃物で喉を刺された事件についてしつこくつきまとわれていた。「賭けをしませんか」。剣道で耕史が負けたら、事件の凶器を教えてほしい。翌朝、耕史は署長室の史香を訪れた。凶器を洩らしてしまったことはさすがに言えないが、美島との剣道勝負のことは話した。「間抜けな話ね。残心を忘れてる相手に負けを認めたなんて」。そこに異動者面談のため薫がやって来た。席を外そうとする耕史に向かって、薫は耕史も同席して欲しいと伝えた。

 意外な犯人というより突拍子もない犯人という印象でした。残心を殺意の有無の傍証にするのは無理があるでしょう。飽くまでかばうための弁明だとしても。それでもまだ会社員殺しはわからなくもありません。問題は後篇の最後で明らかにされるもう一つの事件の方です。無理に一つの長篇に仕上げた不自然さしか感じません。出世理論に至っては荒唐無稽すぎて呆然としました。薫がボランティアをしていた保育所の保護者が虐待していたという唐突なエピソードも、二つの事件を虐待で繋げようというせめてもの工夫なのでしょうが、付け焼刃でしかありませんでした。おかげで読後感はひどいものでしたが、個々の話はよい話も多いので、そこまで悪い作品集ではないのも事実です。

 警察学校での成績が同点一位だった、戸柏耕史と陶山史香。彼らは交番勤務に配されてからも、手柄争いを続けていた。そんなある日、一人の年老いた男が交番に訪ねてきた。商店街の建物の間の細い隙間に、一人の少女がずっと動かないでいるという。耕史は様子を見に行くことにするが……(「声色」より)。ベストセラー「教場」シリーズ、『傍聞き』などで今最も注目を集めるミステリ作家・長岡弘樹の警察小説、待望の文庫化。――驚愕のラストを知った時、物語の表と裏がひとつになる……。(カバーあらすじ)

  




 

 

 

*1 パソコンに盗聴器を仕掛けていた

*2 地震

*3 地震雲

*4 

*5 

*6 

『線の波紋』長岡弘樹(小学館文庫)★★☆☆☆

『線の波紋』長岡弘樹小学館文庫)

 誘拐事件と殺人事件を巡る四篇を収めた連作長篇です。
 

「談合」★★☆☆☆
 ――県庁に勤める白石千賀は再婚して以来たびたび疑問を抱いてしまう。三つ年下の哲也はこんなくたびれた中年女に本当に愛情を抱いているのだろうか。娘の真由のことを「ぼくの子だと思っている」という言葉も鵜呑みにしていいのだろうか。真由が誘拐された一か月前、哲也も脳出血で倒れて今も入院している。病院には哲也の同級生の小塚が見舞いに来ていた。三日後の入札で業者の一つになっている土木会社の人間と会うのは好ましいことではない。『こちらは刑事生活安全課です。さきほど真由ちゃんが冷たくなって発見されました』。真由が誘拐されてから、その電話は二日に一回はかかってくる。

 いくつかの要素を「談合」と「衝撃緩和」でまとめていますが、無理矢理にまとめた感は否めません【※ネタバレ*1】。衝撃緩和に関しては、そういうことをしそうな変わった奴だという伏線があるにはありますが、変人だから――では理由にもなりません。そもそもその効果どうこう以前に、倫理観に欠陥があるとしか思えない行動です。目撃情報にあった犯人と思われる男が千賀の命を助け、誘拐事件から二か月後に殺人事件の被害者となっていた、という謎を残して物語は続きます。
 

「追悼」★☆☆☆☆
 ――久保和弘は内心で独り言ちた。(横領の手口はたいていの場合あきれるほど単純である)。伝票を改竄するたびそれが本当だと実感する。経理課の鈴木航介なら小学生のころからよく知っている。あの性格なら見て見ぬふりをするに決まっているし、警察官になる夢も叶いそうもない。その航介から声をかけられた。「なあカズちゃん、この間、調べてみたんだ。売掛金の回収記録」「説明させてくれ」久保は上司から強要されてのことだと言おうとした。その翌日、航介は他殺死体で発見された。会社のロッカーにあった遺品を返しにいった実家で、航介の携帯に支店長名の『うたった あなたを わすれない』というメールを見つけた。

 第一話で誘拐犯らしき人物として描かれていた鈴木航介のことが明らかになります。第一話の電話と同じく、不正告発を思わせるメールを送った理由【※ネタバレ*2】が不自然すぎて、無理矢理に一つの話にしようとした感が強いです。
 

「波紋」★★☆☆☆
 ――渡亜矢子は誘拐事件のアドバイスをもらいに、高齢者向けグループホーム『きさらぎ園』園長である元刑事・笹部を訪れた。誘拐の目撃者の老婆・ツタも今はそこに入園している。同僚の富永にからかわれたように、亜矢子は『きさらぎ園』でアルバイトをする球体関節人形師・粕谷正俊に恋をしていた。正俊の母親・和子も同じ園で働いており、今日はツタを担当していた。和子から熊の人形を借りて、亜矢子は誘拐被害者の真由の許を訪れた。それまで心を閉ざしていた真由だったが、動物好きだという亜矢子の読みは当たった。「真由ちゃんを連れてったのはどんな人だった?」「おばさん」

 なんと「談合」「波紋」の二話は、事件の担当刑事が師の教え通りに関係者の心情を重んじて書いた記録だったということがわかります。小説ではなく作中人物の記録だから、不自然なところがあっても許してね、ということでしょうか。ちょっとひどすぎます。警察官を目指していたという鈴木航介のキャラが事件の経過に関わっていましたが、【ネタバレ*3】という相変わらず説得力の欠片もない事情でした。亜矢子はいくら何でも恋に盲目すぎるんじゃないかと思いますが、暴力団と付き合って警察を辞めた女性警官も現実にいましたし、こういうこともないとは言えないのでしょう。
 

「再現」☆☆☆☆☆
 ――和子は引き籠もりの正俊の部屋に食事を運んだ。正俊は猫用のフラップから手だけを出して食事を中に入れた。正俊の部屋には人形が並んでいる。留守中に部屋に入った和子は目を疑った。等身大の人形に混じって、本物の幼児がソファに座っていた。

 第三話「波紋」で判明した犯人二人の救いようのない屑っぷりが明らかにされます。ただただ気持ち悪いだけの内容でしたが、これを書いたのが犯人に計画的に利用された刑事であることからすると、ふっきるためのけじめみたいなものでしょうか。
 

「エピローグ」★★☆☆☆
 ――亜矢子は久保和弘がアルバイトをしているバーを訪れた。亜矢子は久保の頬に手を触れた。「一つのシチュエーションを想像してみて。わたしは二歳の幼児で、誰かに目隠しをされ、とても怖がっているところ……」

 死んだ鈴木航介が微笑んでいた理由が明らかにされます。【ネタバレ*4】というのは、本書のなかではもっとも納得のいく理由でした。

  




 

 

 

*1 最悪の場合の衝撃を和らげるため夫が妻に噓の死亡電話をかけていた。談合だと思われた小塚の電話も気弱な同僚のための噓だった。千賀への電話も夫と小塚の「談合」だった。

*2 死んだ兄に恋人がいたと母親に思わせるため

*3 手柄を立てるために独自に捜査し、事件を風化させないために同じ恰好をしていた

*4 自分が死にかけるなか、不安に怯える幼い少女を安心させようとした

*5 

*6 

『ハロー、アメリカ』J・G・バラード/南山宏訳(創元SF文庫)★★★★☆

『ハロー、アメリカ』J・G・バラード/南山宏訳(創元SF文庫)

 『Hello America』J. G. Ballard,1981年。

 気候の大変動により灼熱の砂漠と化して崩壊したアメリカ。放射能漏れの原因究明と残された資源を求めてヨーロッパからニューヨークに上陸した探検隊は、落胆するしかありませんでした。やはりアメリカは不毛の大陸だったからです。探検船アポロ号に密航した二十歳の若者ウェインは、かつての首都ワシントンの大統領執務室を訪れました。そのときボストン上空で原子爆弾が爆発し、ガイガーカウンターが高い数値を計測します。ニューヨークにいた仲間の生存は絶望的。残された船長が選んだのは、かつてのアメリカン・スピリットを彷彿とさせる行動でした。「西へ」。黄金時代の俳優たちの幻が現れたり、スタイナー船長が失踪したりしながらも、ウェインたちはラスヴェガスにたどり着きます。そこで遭遇したのは、自らを第45代アメリカ大統領マンソンと称する病身の中年男と、彼を守る十代の兵士たちでした。ウェインたちの様子を遠隔カメラで観察していたマンソンは、ウイルスの蔓延を防ぐという目的のためウェインに副大統領になってほしいと訴えるのでした。

 アメリカに対する憧れと幻滅が凝縮されたバラードによる序文がまず面白い。

 そんなわけで本書には良くも悪くも記号化されたアメリカが過剰なまでに溢れています。アメリカに上陸する探検隊が最初に目撃したのが海に沈んだ自由の女神像だというのは異存のないところでしょう。某映画のラストシーンでもお馴染みのように、アメリカの象徴として不動の地位を得ていると言っていいと思います。

 それが白シャツに黒タイのビューロクラット族や、チョーク・ストライプのスーツを着たギャングスター族といったインディアンの登場により一気に悪ノリし始めました。

 クライマックスで歴代大統領のロボットたちが行進し始めるのは面白すぎです。核ミサイルを撃ちまくるのも完全に『博士の異常な愛情』『ピンクパンサー3』といったコメディ映画の世界でした。

 ウェインはいわばかつてアメリカン・ドリームに憧れた若者という立ち位置そのままなのだと思いますが、対する憧れの対象たるアメリカが、既にありません。

 代わりに存在するのは、若き私兵を置いて理想を語るアメリカ大統領です。

 何というか、世界の警察官として振る舞っていたアメリカの、“世界”が矮小化され戯画化されるとこうなるのかな、という感じでした。マンソンの信じる“ウイルス”に現実の任意の何かを当てはめて見ればだいたい成立するのでしょう。

 バラードらしい倦怠感に満ちた美しい滅びというよりも、イギリスらしい真面目な顔をしたほくそ笑みの小説のように思います。

 ラストシーンも前向きでやたらと朗らかでした。

 集英社から出ていた『22世紀のコロンブス』の改題・文庫化です。

 21世紀初頭、アメリカ合衆国は崩壊し砂漠と化した。1世紀が過ぎたある日、蒸気船でイギリスを出港した小規模な探険隊が、ニューヨークに上陸する。密航者の青年は、自分がこの国の新しい支配者、第45代大統領となることを夢見るが……。残存者のいる諸都市を探訪し、アメリカの夢と悪夢の残滓と邂逅した探険隊の記録を通じて、予言者バラードが辛辣に描き出す、強烈な未来像!(カバーあらすじ)

  

『家蠅とカナリア』ヘレン・マクロイ/深町眞理子訳(創元推理文庫)★☆☆☆☆

『家蠅とカナリア』ヘレン・マクロイ/深町眞理子訳(創元推理文庫)★☆☆☆☆

 『Cue for Murder』Helen McCloy,1942年。

 解説にも書かれているようにサスペンス派という印象の強かったマクロイですが、本書は至極まっとうな謎解きものでした。

 刃物研磨店に夜盗が押し入ったものの盗られたものは何もなく、鳥籠からカナリアが解放されていた――。冒頭で紹介された新聞記事は魅力的です。ならば刃物を研ぐために押し入ったのでは? 不吉な予感がする……。ここまではよかったのです。

 舞台上演中、死体役の役者が胸にメスを突き立てられて実際に死んでいるという事件が起こります。

 まっとうな謎解きものということはつまり、つまらない関係者への聞き込みがだらだらと続くということです。そこは古い本格ミステリの宿命と割り切って読みました。クライマックスで明かされる意外性のある真相のカタルシスを期待して。

 ひどかったです。

 夜盗が何も盗らなかった理由。カナリアが解放されていた理由。メスの刃に付いた血ではなく背に蠅が寄ってくる理由。

 何も盗らなかったのは、ウィリング博士が当初感じた悪い予感の通りでした。そんなことのためにわざわざ危険を冒すのは本末転倒でしょう。しかも殺人のたびに律儀に。

 カナリアが解放されていた理由。ウィリング博士が精神分析医ということを踏まえたのかもしれませんが、【ネタバレ*1】という分析は、お粗末としか言いようがありません。

 蠅がメスの背にたかったのは、【ネタバレ*2】だそうです。

 どれもこれも推理クイズ止まりのアイデアを活かせているとは言いがたい出来でした。

 本書はマクロイの第五作。『ひとりで歩く女』『暗い鏡の中に』『幽霊の2/3』といった傑作群を書く前の習作という感じです。

 《タイムズ》紙をひろげたベイジル・ウィリング博士は奇妙な記事を見つけた。さる刃物研磨店に夜盗が押し入ったが、賊はなにも盗まず、かわりに鳥籠をあけて、カナリアを解放していったらしい。想像力を心地よく刺激する、素敵な難問。これが劇場を舞台にした緻密な計画殺人への序曲であるとは、さすがの彼も確信できなかった……! 謎解きの真骨頂を示す、名手の初期最高傑作。(カバーあらすじ)

  




 

 

 

*1 元受刑者が自身の過去を顧みて籠に入っているのを見るのが我慢できなかったから

*2 糖尿病患者である犯人の甘い汗が付着していたから

*3 

*4 

*5 

*6 


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