『おはしさま 連鎖する怪談』三津田信三・薛西斯・夜透紫・瀟湘神・陳浩基/玉田誠訳(光文社)☆☆☆☆☆

『おはしさま 連鎖する怪談』三津田信三・薛西斯・夜透紫・瀟湘神・陳浩基/玉田誠訳(光文社)

『筷:怪談競演奇物語』2020年。

 台湾の出版社の企画による、台湾・香港・日本の作家による「箸」がテーマのホラーミステリ競作集――のはずなのですが、あとがきには「リレー小説」ともあるので第一章から順番に読むべきか悩んだのですが、結果的にはどれも読む必要のないほどひどい作品ばかりでした。肝心の「おはしさま」の呪いがつまらないので、それに引っ張られてどれもつまらなくなっています。恐らくは前章の設定を取り込んだために、後になるほど長くなっていますが、そのせいでどれもだらだらしていました。
 

「第一章 おはしさま」三津田信三
 

「第二章 珊瑚の骨」薛西斯《クセルクセス》(珊瑚之骨,薛西斯)☆☆☆☆☆
 ――私の友人の実家で二人が亡くなるという不幸があり、その災難を魚さんという道士がおさめてしまったと聞き、魚さんこそ自分が探し求めていたひとだと確信した。「ある箸に関することなんです――」中学時代、好きな人の箸をすり替えるというおまじないに夢中になっていた友達から試してみるよう言われて、ある男子のことが思い浮かびました。何でも彼の家では得体の知れないものを祀っているそうです。彼は珊瑚の箸をネックレスにして吊るしていました。先祖代々その箸には『王仙君』という神様が宿っていると信じてきたといいます。彼の両親が離婚で揉めている時、チェーンで繫がれた箸が一本だけなくなり、おばあちゃんは王仙君が母親に警告したんだと言ったそうです。

 台湾の作家。道士に何かを相談しに来たらしい語り手がなかなか本題に入らず情報も小出しにするので、道士ならずとも「あなたはいったい僕に何をしてもらいたいのか」と言いたくなってきます。もともと不自然でまどろっこしかったそうした語りが、いろいろ心理的な理由はあるのでしょうが、結局のところは【道士=中学時代の彼】であることを読者に気づかせないためという作者の都合でしかありません。とにかく長くて無駄な内容で、大人になっても中二病なのにはうんざりでした。人骨というのが怖がるポイントなのでしょうか? 語り手のあだ名「六兩一」はおそらく「リィウリィアンイー」と読ませたいのでしょうが、ルビはすべて大書きになってしまうので「リイウリイアンイー」という意味不明な表記になってしまっていたのも読みづらかったです。
 

「第三章 呪網の魚」夜透紫《やとう・し》(咒網之魚,夜透紫)★☆☆☆☆
 ――呪いなんてあるわけがない。ネットでチャンネル配信をしていた龔霆聰(阿聰)、林麗娜、李一志、葉思婕の四人は、それをネット民に知らしめるために、『鬼新娘』の都市伝説を作りあげた。新娘潭に白米を盛った茶碗をおき、そこに呪いたい人の名を記した一揃いの箸を立てておくと、鬼新娘がその人の魂を地獄に引きずり込み、祝宴をひらく。アンチから送られてきた箸で麺を食べた阿聰が、配信中にピーナッツアレルギーで死んだ。阿聰の恋人であり麺を運んだ麗娜が疑われ、中傷を受けていた。そんなとき、鬼新娘を名乗る人物から麗娜のところに、四人は呪われるというメールが届いた。

 香港の作家。ミステリ寄りの作品で、そのためにかろうじて求心力はありました。が、説得力のない狂人の論理ほど独りよがりで興醒めなものはありません。【※呪いを信じた少女が友人を呪った直後、友人が事故に遭い、自分が呪ったせいだと信じた少女は自殺。友人と少女の姉は、呪いをでっちあげた四人のせいだと復讐を誓う
 

「第四章 鰐の夢」瀟湘神《シャオ・シャンシェン》(鱷魚之夢,瀟湘神)☆☆☆☆☆
 ――はしに関する怪談について声をかけられ、執筆者のなかに憧れていた作家の名前を見つけたことから、二つ返事で承諾した。出版社が企画した講演で箸が持つ呪術性について話をしたあと、張文勇という読者から声をかけられた。日本の都市伝説『おはしさま』のエピソードに現れる学校が、母校の小学校にそっくりなのだという。

 台湾の作家。第一章や第二章のエピソードを取り込んでいました。
 

「第五章 魯魚亥豕《ろぎょがいし》」陳浩基(亥豕魯魚,陳浩基)☆☆☆☆☆
 ――香港人である教師の姚さんとは、僕が彼に台湾語を教え、彼が僕に広東語を教える付き合いを続けていた。H大学の美術博物館で開催される日本美術の展覧会に誘われたとき、展覧会に興味があるという教え子の小葵に恋をしてしまった。相手はまだ中学生だというのに。腕に魚の形の痣のある小葵と連絡を取り合うようになって三ヶ月後、新娘潭に観光に出かけた僕は、従兄弟の結婚式に向かう小葵一家と遭遇し、車に同乗させてもらった。だが車が事故に遭い、小葵の両親は死亡し、小葵自身も重傷を負った。

 香港の作家。『世界を売った男』『ディオゲネス変奏曲』が面白かったので期待したのですが、これまでの四章を取り込もうとして見るも無惨な結果になっていました。

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 おはしさま 連鎖する怪談 

『移動迷宮 中国史SF短篇集』大恵和実編訳(中央公論社)★★★☆☆

『移動迷宮 中国史SF短篇集』大恵和実編訳(中央公論社

 中国史SFといっても、かなり歴史ネタが強いものから過去が舞台のファンタジーに近いものまで、さまざまです。

孔子、泰山に登る」飛氘《フェイダオ》/上原かおり(一览众山小,飞氘,2009)★★☆☆☆
 ――夫子孔と弟子たちが広野に閉じ込められて十日目、突然現れた金の鳥に乗じて突撃した。公輸般は名高い工匠だった。木材で作ったその金の鳥に乗って降りてきたので、誰もが度肝を抜かれたのだ。夫子孔は昔の先生である老耼と再会し、少し迷ったものの胸の内の秘密を口にした。「先生、わたしは泰山に登ろうと思います」

 孔子と弟子たちや老子墨子らが入り乱れる法螺話。『時のきざはし』所収の「ものがたるロボット」もそうでしたが、民話や神話のような単調な語り口は志怪小説などの中国の伝統芸です。
 

「南方に嘉蘇あり」馬伯庸《マー・ボーヨン》/大恵和実訳(南方有嘉苏――咖啡在中国的假想历史,马伯庸,2013)★★☆☆☆
 ――嘉蘇の起源は東アフリカ高原にあるといわれている。西暦一世紀頃、東アフリカ高原南西部にカッファという村があった。ある日、カルディという羊飼いの少年が林に入ると、灌木に真っ赤な実が生っていた。実を食べた羊は、異常に興奮して飛び跳ねた。不思議に思っていくつか食べてみたカルディも、なんだか気分が高揚し、手足が勝手に踊りだした。このことからこの果実はkaffaと呼ばれるようになった。

 架空の○○史というアイデアそのものが今ではありきたりなので、もっとぶっ飛んでいて欲しかったところです。
 

「陥落の前に」程婧波《チョン・ジンボー》/林久之(赶在陷落之前,程婧波,2009)★★★☆☆
 ――波波匿は“幽霊つかい”だった。洛陽の街はもうずっと夜のとばりに包まれたままになっている。骨だけになった巨人が引っぱって、街をまるごとひきずっているのだ。お日さまは永遠に洛陽を照らすことはない。この“夜の街”は幽霊で一杯だ。波波匿が捜しているのは“朱枝”という幽霊なのだそうだ。朱枝をつかまえると迦畢試もあきらめ、迦畢試があきらめると白骨も停まり、そうすれば洛陽の街も停まりお日さまが照らすようになるだろう。わたしは離阿奴という幽霊に協力してもらい、朱枝をつかまえようとした。

 夏笳「百鬼夜行街」がこの作品の剽窃だと騒動になったそうです。確かに雰囲気は似ていますし、幽霊ばかりの街という設定も共通していますし、大髑髏に引かれる街というイメージはそのまま百鬼夜行のようです。この作品の骸骨に引かれる街というイメージこそ強烈ですが、細かいところではあちらの方が好みでした。
 

「移動迷宮 The Maze Runner」飛氘《フェイダオ》/上原かおり(移动迷宫 The Maze Runner,飞氘,2015)★★☆☆☆
 ――乾隆帝の寵臣によれば、もし使節団が皇帝の誕生日までにこの「万花陣」を越えることに成功したなら、接見して通商について考えてくださる、らしい。だが中は終わりの見えない迷路だった。

 タイトル通りの話、です。
 

「広寒生のあるいは短き一生」梁清散《リァン・チンサン》/大恵和実訳(广寒生或许短暂的一生,梁清散,2016)★★★☆☆
 ――図書館の展覧会でたまたま清代の新聞を目にした私は、小説の脇に添えられた挿絵に吸い寄せられた。鼠のような人が月面に立ち、クレーターの傾斜を利用してパラボナアンテナのような反射板を建造している。月がクレーターだらけであることを清末の人間が知っていたのか? 私はこの広寒生の書いた小説に大いに興味をそそられ、連載の第一回から読むことにした。驚いたことに第一回は陳腐なメロドラマだった。ところが第二回はいきなり月から始まっていた。私は広寒生のほかの文章も探し始めた。科学的素養があり、論争好きだが論証下手……。

 著者の梁清散については『時のきざはし』解説に「晩清パンクSF」とあります。この作品の広寒生も、月に関してアナクロニズムな科学的知識を持っていたらしき存在です。広寒生の正体とその後については、謎と余韻を残すというより、尻切れとんぼで不完全燃焼でした。
 

「時の祝福」宝樹《バオシュー》/大久保洋子(时光的祝福,宝树,2020)★★★☆☆
 ――友人の緯甫のところへ行く途中、祥林嫂に出会った。髪は真っ白で、とても四十ばかりの人には見えない。姑に売り飛ばされた挙句、旦那はチフスで死に、子どもは狼にさらわれて喰われてしまった。緯甫が言うにはウェルズのタイムマシンは実在し、ウェルズのところから盗んで来たという。「いつの時代に行き、どのように歴史を変えれば救国が遂げられるか、我が国の学術に精通している君が指南してくれないか」。だが僕は懐疑的だった。そんな時、祥林嫂が死んだという報せを聞いた。「救国の前に、彼女を一つの実験として運命を変えてみないか」という僕の説得により、緯甫は過去へ旅立ったが、過去は変えられても祥林嫂の不幸は変わらなかった。

 人類を救うはずが、その小手調べのための人助けに成功せずにこだわり続けるというのが、ギャグのつもりなのかどうかが悩ましいところです。真面目にやっているのだとしたらアホ過ぎるし、ギャグだとしてもくどすぎます。
 

「一九三八年上海の記憶」韓松《ハン・ソン》/林久之(一九三八年上海记忆,韩松,2005)★★☆☆☆
 ――天平路二〇八弄十四号は、窓のない平屋で映像レコードを専門に扱っていた。ぼくは偶然そのレコード店を見つけたのだった。題名さえ書いてないレコードを、好奇心に駆られてカウンターに持って行った。「これを買う人には、ちょっとばかり説明する義務があるのよ」と女店主が言った。時間を逆流させたり進行したりできる不思議なレコードなのだという。

 日本占領下の上海が舞台のファンタジー。レコードを聴いて消えてしまう人々と、時間を飛ぶ語り手が見た景色。
 

「永夏の夢」夏笳《シアジア》/立原透耶訳(永夏之梦,夏笳,2008)★★☆☆☆
 ――夏荻が屋台街に座って飲んでいると、遠くからやって来た彼がこちらを見た。見分けた。思い出した。「永生者」の記憶は曖昧模糊で散逸しているが、「旅行者」がもっとも無駄にしてはいけないのが時間だった。夏荻は逃げ出したが、黒衣の男は夏荻の足を摑んだ。夏荻は二〇〇二年から四六八年にジャンプした。そこで江小山という少年に出会った。この時代の姜烈山の名前だ。

 一緒にいることは出来ない永生者と旅行者とのロマンチックSFということになるのでしょうが、報われぬ愛という形にするために無理矢理設定を作りあげたようなところがあります。
 

「編者解説 中国史SF迷宮案内」大恵和実

 年刊傑作選に収録された作品だけを数えて、中国史SFの割合や日本史SFの割合をはじき出して論じるという、あまり意味があるとは思えないことが書かれています。しかも、翻訳するなら中国らしさのある作品を選びがち、という結論以外は投げっぱなしで、「今後、本格的な分析が求められよう」と言われても……。

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『わたしの本の空白は』近藤史恵(ハルキ文庫)★★★☆☆

『わたしの本の空白は』近藤史恵(ハルキ文庫)

 2018年初刊。

 タイトルに惹かれて購入しましたが、本というのは譬喩であって、記憶喪失の話でした。

 病室で目覚めた三笠南は自分や家族の記憶を失っていた――古典的とも言えるネタですが、古典は強いと言うべきか、緊迫したサスペンスからは目が離せません。

 態度からすると同居する夫の家族からは疎まれていたようです。夢のなかに現れた男には見覚えがあり、どうやら自分は夫の慎也ではなくその男に恋愛感情を抱いているらしい。そして慎也やその姉・祐未は何かを隠しているようなのです。唯一の味方である妹の小雪から聞いた話は、慎也や祐未から聞いた話とは食い違っていました。

 ここで当然、慎也たちが何を隠しているのか――に興味を惹きつけられてしまうのですが、その時点で著者の術中に絡め取られていました。小雪の方も慎也たちの方も噓はついていませんでした。記憶を失う前の南が小雪にしていた打ち明け話が、【南が本当のことだと信じていたこと】だっただけで。家族の謎めいた態度や証言の齟齬が、盲目の恋という事実によってきれいに説明されるのがスマートでした。

 二年前から慎也と付き合っていた、というのが本人の記憶ではなく、本人から話を聞いていた他者の証言であるというのがポイントでした。

 謎が謎であったのは、何も記憶喪失のせいばかりではなく、夢の男が【詐欺師】だとわかっていながら惹かれてしまう南のままならぬ心にあったというのは、理不尽だけれど非常に納得しやすい理由です。

 この手の話にしては語り手がヒステリックではないので好感が持てます。それにしても祐未がいい人すぎたので救われていました。

 気づいたら病院のベッドに横たわっていたわたし。目は覚めたけれど、自分の名前も年齢も、家族のこともわからない。夫を名乗る人が現れたけれど、嬉しさよりも違和感だけが立ち上る。本当に彼はわたしが愛した人だったの? 何も思い出せないのに、自分の心だけは真実を知っていた……。“愛”を突き詰めた先にあったものとは──。最後まで目が離せない傑作サスペンス長編!(カバーあらすじ)

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 わたしの本の空白は 

「よけいなお世話だ」ラリイ・ニーヴン、「不安検出書(B式)」ジョン・スラデック、「異星の生贄」キャサリン・マクレーン、「憂鬱な象」スパイダー・ロビンスン、「祈り」ジョアンナ・ラス、「他の孤児」ジョン・ケッセル(S-Fマガジン)

「よけいなお世話だ」ラリイ・ニーヴン、「不安検出書(B式)」ジョン・スラデック、「異星の生贄」キャサリンマクレーン、「憂鬱な象」スパイダー・ロビンスン、「祈り」ジョアンナ・ラス、「他の孤児」ジョン・ケッセル(S-Fマガジン)

「よけいなお世話だ」ラリイ・ニーヴン/小尾芙佐(The Meddler,Larry Niven,1968)★★☆☆☆
 ――おれの部屋にだれかいる。シンクの手下にちがいない。ドジな野郎だ、ドアの下から明かりがもれている。ドアを蹴やぶって、ジャイロジェットの弾丸を四発ぶちこんでやった。「なぜこんなことをする?」死体があるはずのところから声が聞こえ、やつが立っていた。「金属の贈りものには感謝をするが、なぜわたしの体に穴をあけたか――」「シンクの兵隊どもがおれを消したがっているからさ」。やつがどろどろと溶けてビーチボールみたいに固まっていくのを、おれはぽかんと見つめていた。

 『S-Fマガジン』1982年5月号No.286掲載。マフィアに命を狙われる私立探偵が宇宙人の地球人観測に巻き込まれるハードボイルド・パロディ。
 

「不安検出書(B式)」ジョン・スラデック野口幸夫(Anxietal Register B,John Sladek,1969)★★★☆☆
 ――1.現在の姓名、フルネームを記入してください。2.出生時、または洗礼時のフルネームを。3.通称、略称、異名、あだななどを漏れなく挙げてください。4.出生の証明となる書類の謄本を添付してください……11.生まれてからこれまでに居住した場所の所番地をすべて記述してください。居留した場所は漏れなく示すこと……。

 『S-Fマガジン』1982年5月号No.286掲載。奇想コレクション『蒸気駆動の少年』にも収録されています。いったいどういった組織による何のための証言書なのか、わからないのが不気味です。見透かされたように、「あなたがたがこの書類を読んでいるだけだとすれば」と書かれるのにはぞくりとしました。
 

「異星の生贄」キャサリン・マクレイン/岡部宏之訳(Unhuman Sacrifice,Katherine MacLean,1958)★★★★☆
 ――操縦室のアーチから遠い人声が流れこんできた。「外で原住民に説教してやがる」ヘンダーソンが声のする方を見上げた。「翻訳機はまだ使えないよ」チャーリーが言ったが、「話しはしないだろう? 説教してるのさ」。だが原住民たちは説教しているウィントンではなく、翻訳機の方を気に入っていた。……今は乾期の終りだった。スペットは罠から魚をはずし、せっせと塩を振っていた。よそ者の一人がやってきた。襲いもせずにじっと眺めている。もしかしたら溺死しただれかの幽霊なのかもしれない。スペットが次の罠に取りかかると、よそ者が糸を引っ張ってくれた。家に帰る途中、スペットはあの“話す箱”のところを通りかかり、心の一番上にある事柄を話した。もうすぐ成人の儀式である“吊し”がおこなわれる。たいていの者は生き残るが、自分は死ぬのだと思う。

 『S-Fマガジン』1982年5月号No.286掲載。異星の住民にキリスト教を押しつけようとする説教師が愚かなのは間違いありませんが、それに批判的だった機関士たちも結局は同じ穴の狢だったことが明らかになり、わたし自身わかりやすい悪に反発することで自分が正しいと思い込んでいたことに気づいて愕然としました。意味のない文化や風習などないのでしょう。自らの思い込みと行為によって意図せざる結果を引き起こしてしまったヘンダーソンが、代償のような行動で精神の安定を図っているのが哀れでした。
 

「憂鬱な象」スパイダー・ロビンスン/風見潤(Melancholy Elephants,Spider Robinson,1982)★★☆☆☆
 ――ドロシィは上院議員との面会にこぎつけた。「では始めよう、ミセス・マーティン。どんな用なんだね?」「わたしは法令第四二一七八九六号の廃案に深い関心をもっております」「しかしわしの見るところ、その法令はあなたが代表している芸術家の利益を永続的に守ることになるのではないかね」「音の数や言葉の配列は有限です。著作権を永遠に延長すれば、人類は心に大きな傷を受けることになります」

 『S-Fマガジン』1984年11月号No.319掲載。ヒューゴー賞ショート・ストーリイ部門受賞作。著作権延長によって芸術(家)が死ぬという、それ自体はもっともと言ってもいい主張なのですが、小説というより作者が自分の考えをそのまま垂れ流したような構成が興醒めです。タイトルは英語のことわざ「象は忘れない」より。
 

「祈り」ジョアンナ・ラス/冬川亘訳(Souls,Joanna Russ,1982)★★★★☆
 ――これはわが修道院の長であったラーデグンデ修道女と、この村にノルド人たちがやって来たとき、なにがあったかの物語だ。当時私はまだ子どもで、院長に可愛がられ、使い走りの仕事を一手に引きうけていた。ラーデグンデは、たった二歳でラテン語の聖書を読み、あらゆる学問を身に付けたあと、ここに戻って来た。そして或る日、あの恐ろしいバイキングの大舟が幾艘も姿を見せた。神はなにもなされなかった。ラーデグンデ院長はただひとり猛々しい男たちに向かって歩いていった。「わが信徒たちの安全を約束すれば、宝物のある秘密の場所にご案内しましょう」。ソールヴァルトという男をはじめとして、ノルド人たちは同意した。だがこの平穏は長つづきしなかった。きっかけは見当もつかない。気づけば死体の山だった。ノルド人唯一の負傷者は死にかけていたが、院長が一晩中祈ると治っていた。その夜、院長が寝床を出て独り言を言いながら歩きまわっていた。「……もう善良なラーデグンデ院長なんてうんざりだ……助けて、誰か来て!」。それ以後のラーデグンデは、ラーデグンデ修道女を脱ぎ捨てた見知らぬ女だった。

 『S-Fマガジン』1984年11月号No.319掲載。ヒューゴー賞ノヴェラ賞受賞作。修道院長の天才エピソードと、お茶目な人となりを語ることで、敬意と親しみを持たれる人なのだろうというのが伝わってきます。そんな和やかな空気を突き破るような突然のヴァイキングの襲来ですが、敵の素性をシャーロック・ホームズの如き洞察力で見抜いたり、持ち前のユーモアで敵をも和ませたりと、ここらあたりまでならヒューマンドラマのようでした。その後に悲劇や奇跡が起こるものの、そうした雰囲気は持続していくといっていいでしょう。怪しくなってくるのは院長の夜中の独語徘徊からです。それまでも独り言めいたおかしな描写はありましたが、ここに至って二重人格か悪魔憑きか宇宙人に操られていたのかといった怪奇幻想じみた展開になってきます。そしてそのまま物語は終わるのです。どう解釈すべきなのかわからないまま、読後いつまでも眩暈感が後を引きます。
 

「他の孤児」ジョン・ケッセル/村上博基(Another Orphan,John Kessel,1982)★★★★★
 ――目を覚ますと、暗がりと、揺曳感と、大勢の人間の体臭があった。ベッドではなくハンモックに揺られていた。「キャロル……」はっと気づいたら夢だったということになるのだろうと思いながらまた仰向けに寝た。だがにおいは現実感をました。鐘が鳴り、「ファロン、起きろ」と大きな声がいった。彼の名はパトリック・ファロン。シカゴの仲買商社に勤める取引員である。キャロルという女と暮らしている。前夜、キャロルとパーティから帰宅して、喧嘩して仲なおりして睦み合った。映画では似たような状況に出くわす。乗組員はみんな彼のことを知っていた。きっとこの船にパトリック・ファロンという男がいて、なぜか入れ替わったのだろう。船の仕事には無知同然だったが、同年配の水夫が教えてくれた。「大丈夫か。下へ行こう。ほら、あそこにいるよ」「だれが」「エイハブだ」水夫はこたえた。

 『S-Fマガジン』1984年11月号No.319掲載。ネビュラ賞ノヴェラ部門受賞作。『白鯨』の世界に紛れ込んでしまった男の話です。この世は物語ではないということを、物語の世界を舞台にして明らかにするところが逆説的で格好いい。キャロルとの関係や仕事のことで停滞気味だった人生は、ある意味では物語以上に予定調和であったのかもしれません。答えを知っているというのは強みでもあり弱みでもあります。物語の答えが決まっているのなら『白鯨』の最後に待っているのは全滅ですが、全滅を避けるために行動し変えることが出来たなら、その時点で知っていた答えとは違ってしまうのですから。もっとエンタメ寄りの作家が書いたなら、ただ一人生き残るはずのイシュメールとは誰かを探す話になるだろうし、ミステリ作家なら、自分が生き残るために真のイシュメールを殺して成り代わった犯人捜しを書くだろうか、などと想像を飛躍させるのも楽しい。タイトルの「他の孤児」とは『白鯨』最終行より、遭難者を捜す別の船から見たイシュメールのことですが、もちろんファロンのことも指すのでしょう。

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 SFマガジン 1982年5月号 SFマガジン 1984年11月号 

『本格ミステリを識るための100冊 令和のためのミステリブックガイド』佳多山大地(星海社新書)★★★☆☆

本格ミステリを識るための100冊 令和のためのミステリブックガイド』佳多山大地星海社新書)★★★☆☆

 タイトルにもある通りブックガイドなので、佳多山大地ならではのユニークな視点というのはあまりなく、知らなかった作品のなかから面白そうな作品を見つけるというごく普通のブックガイドとして読みました。

 麻耶作品について、「麻耶雄嵩中期の代表作はどれも尖った内容なのだけれど、初期の麻耶は若気の才迸ってもっと尖っていた」からといって初心者には中期作品をおすすめしているのが、確かにその通りなのですが妙に可笑しくて笑ってしまいました。

 佳多山大地ならではと言えるコメントは、城平京『虚構推理 鋼人七瀬』で見ることができます。「噓の解決篇」つながりで『オリエント急行の殺人』を「併読のススメ」に挙げるのは、厖大な読書量と固定観念に囚われない視点のたまものでしょう。こういう視点でおすすめされると、『虚構推理』と『オリエント』のどちらも再読したくなってくるものです。

 道尾秀介『向日葵の咲かない夏』が特殊設定ミステリだとは知りませんでした。泡坂妻夫チェスタトンの名前を出されると弱いので、鳥飼否宇『死と砂時計』は雑誌で何篇か読んだことがあったはずですが、また読み返したくなって来ます。

 『ハサミ男』と同じネタつながりで海野十三「赤外線男」。藤岡真という作家はまったく知りませんでしたが、『六色金神殺人事件』は何でもありのバカミスっぽく、ここまで振り切ってくれたら面白そうではあります。黒崎緑は『しゃべくり探偵』シリーズしか知りませんでしたが、『未熟の獣』は連続女児誘拐殺人事件もの。一人だけ両手首を切り落とされた被害者の謎に惹かれます。谺健二は鮎川賞受賞の震災もののイメージしかありませんでしたが、『赫い月照』は酒鬼薔薇聖斗を絡めたもので、現実をどう作品内に取り込んでいるのか気になります。

 一発屋のメンバーは『新本格ミステリの話をしよう』に書かれたものとほぼ変わっていません。そんななか「青春ミステリのベストスリー」とまで書いている『ヴィーナスの命題』と、「泡坂妻夫が『久しぶりに活字によるマジックショーに出会った』と最大級の讃辞を送った」という『見えない精霊』の二作にとりわけ目が行きました。二作目が出るまで十年以上というルールに引っかからなかったためか、佐々木俊介『繭の夏』がリストからはずされてしまいました。傑作なんだしそこは掬いあげて欲しかったところです。

 朝永理人『幽霊たちの不在証明』の帯に推薦文を載せているという、やや強引な繫がりから「併読のススメ」で紹介されているのが麻耶雄嵩『木製の王子』。細かすぎるアリバイ崩しについて、「ちゃんと読んでもいいし、いっそ読み飛ばしてもいい」というのは、まったくその通りなのですが、ここまではっきりと言い切るのが爽快です。

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 本格ミステリを識るための100冊 令和のためのミステリブックガイド 


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