『殊能将之未発表短篇集』殊能将之(講談社)★★★★☆

 生前講談社編集部に送っていた「再発見」された短篇三篇に、知人宛ての日記/私小説で没後メフィストに掲載された一篇を加えたものです。
 

「犬がこわい」★★★★☆
 ――世の中の人間は、犬がこわい人間がいることを理解していないらしい。そうでなければ住宅地の真ん中で犬を放し飼いにしようと考えるわけがない。たぶん、二日ほど前に引っ越してきた、光島とかいう男の飼い犬だ。半崎は迂回して家に帰った。次の日はわざわざ裏通りを通ったというのに、待ちぶせしていたように、裏手の通りに犬がいた。

 デビュー後に初代担当者に送っていたミステリ作品。犬嫌いの主人公と住人とのトラブルから始まり、主人公と妻や年頃の娘との日常を交えながら、犬と住人との親密とはいえない関係が浮かび上がってきます。主人公と世間を対置しているように見せておいて、一つのことに二つの側面を持たせる手際が見事です。
 

「鬼ごっこ★★★★☆
 ――とうとう高木を見つけたぞ。黒川から電話を受けた北沢と安原が出向くと、ヤクザの黒川は拳銃と日本刀を用意していた。黒川がバールでアパートの錠を壊そうとした。驚いて顔を出した隣の住人を、黒川はバールで横殴りにする。高木は窓から逃げ出し、軽自動車のドライバーを半殺しにして車を出した。

 メフィスト編集部に請われて送ったデビュー前の作品。ひたすら人を殺しまくって執拗に対象者を追いかけるノワール作品です。一応オチらしいものはついていますが、これはもう罪悪感などこれっぽっちもない北沢たちの行動を堪能すべきでしょう。余計な夾雑物がないぶん、残酷なわりに嫌悪感は抱かずにすみます。
 

「精霊もどし」★★★☆☆
 ――妻を亡くした広永から頼みがあると言われて家を訪れると、死んだ妻を復活させるための儀式をおこなうのに、人が必要なのだという。死者が復活するわけもない……だが目の前には真理子さんがいた。それなのに、どうして肝心の広永には見えないんだ?

 同じくデビュー前の作品。魔法のランプや三つの願いや降霊術――うまい話には裏がある……のバリエーションです。巻き込まれた宮脇こそ災難ですが、単なるアイデアストーリーというよりも、妻を亡くした男の狂おしい想いを際立たせることに一役買っているように思います。
 

ハサミ男の秘密の日記」★★★☆☆
 ――書店に出かけたらメフィストが平積みになっていた。殊能将之が投稿した『ハサミ男』がどうなったか気になっていた。「メフィスト賞!」と書いてある。しかし受賞したならどうして受賞通知が来なかったのだろう? 続きを読んでみたら驚いた。「作者がつかまりません! 電話はつながらないし、電報も住所不明で戻ってきました……」

 磯達雄氏に送られた文章。『ハサミ男』受賞から出版にいたるまでの経緯が、面白おかしく綴られています。作家の伝記的事実にはあまり興味がないのですが、これではまるでバカ家族みたいでほっこりしました。その一方で、SF界に身を置いていた立場からミステリ界の狂騒をチクリとしている批評眼も披露されていました。
 

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『まぼろしの小さい犬』フィリパ・ピアス/猪熊葉子訳(岩波書店)★★★☆☆

 『A Dog So Small』Philippa Pearce,1962年。

 誕生日の贈り物におじいさんから犬をもらえるのを楽しみにしていたベンだったが、届いたのは一枚の犬の絵だった。おばあさんの大切にしていた絵――とはいえ、本物の犬ではない。その絵の裏に書かれた「チキチト チワワ」とは、スペイン語で「とても小さな チワワ」という意味だという。どうしても犬を飼いたいベンの目に、いつしか小さな犬の姿が見えるようになる。目をつぶればその犬に会える……。ベンはその小犬と行動するようになる――。

 子どもの空想もの、といって片づけてしまうには、あまりにも夢がありません。読んでいるあいだ、ベンと一緒に空想にワクワクするのではなく、ベンを憐れんでしまいました。

 どれほど犬を楽しみにしていたとはいえ、おばあさんやおじいさんも優しさに溢れ、家族にも恵まれているのに、妄想に逃げ込んでしまうなんて。

 ベンに対し距離感を置いた感想をいだいてしまうのは、この作品の持つ現実との距離感のためだと思います。

 ベンの空想に現れるチキチトは、所詮現実には存在しません。目をつむっていてもどこへでも連れていってくれるわけではありません。けれどベンにはそのことがわからず、ついには一家で引っ越すことにもなります。

 これは家族に理解があって犬を飼うためというよりも、完全に病気療養でしょう。最後に現実の犬と向き合い、ベンはようやく正常に戻った、と言えますが、ひどくビターな作品でした。
 

  

『ばけねこのおよめさん』大海赫(復刊ドットコム)★★★★☆

 風に飛ばされた帽子は、ばけねこの頭の上に乗ってしまいました。帽子を返してほしければ、お嫁さんになれ、と脅すばけねこに、トコは「うまく化けたところを見せてくれたら」と答えました。

 傑作『ビビをみた!』の著者による絵本です。ばけねことトコの愛らしくも不気味なぎょろ目が印象的ですが、それ以外にも画面に登場するあらゆるものが生きているのが不思議な世界に説得力を持たせています。きばっていた太陽は次の場面ではやる気がなさそうです(^^;。太陽や風船に顔があるのはまだわたしの想像の範囲内ですが、雲(?)でしょうか画面上部を覆う天に目があったり、飛行機に目があったりするところは、さすが作家の想像力だと思いました。

 文章ページの天地を走っているトコとばけねこの百面相の帯がかなり可愛いです。
 

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「TWO MEETS」伊丹来(good!アフタヌーン2019年12月号)

good!アフタヌーン』2019年12月号(講談社

亜人」74「フラッド」
 オグラ博士、久々の登場。暴走IBMが人を襲い始めます。
 

「ルナティック・パレス」安居
 ――教師の久瀬桐子はすぐにいらいらしてしまう。そのヒステリーぶりにクラスメイトはドン引きだったが、慎太郎は久瀬に魅かれてゆく。

 第11回四季賞新人戦。「確率よこんにちは」の著者。ご都合主義で表現力もないので終始のっぺりとしていました。
 

「TWO MEETS」伊丹来
 ――ハルは格闘技が好きだったが、自閉症スペクトラムのためどこの職場でも長続きせず、仕方なくプロレスのジムで働かせてもらっていた。トラブルばかり起こすハルに、レイだけは優しかったが……。

 四季賞2019秋のコンテスト四季賞受賞作。なんでアスペルガーの人がプロレスの魅力に気づいた途端に他人とコミュニケーションが取れるようになるんだか。適当すぎます。
 

  

『邪眼』ジョイス・キャロル・オーツ/栩木玲子訳(河出書房新社)★★★★☆

 『Evil Eye: Four Novellas of Love Gone Wrong』Joyce Carol Oates,2013年。
 

「邪眼」(Evil Eye)★★★★★
 ――それは最初の妻のものだ、と彼は言う。ナザールと言って、邪眼を払うお守りだ。彼女はその男の四番目の妻だった。結婚して数週間後、レセプションを開くというので家具を動かしただけで、夫は激怒した。馬鹿な私。でもここから学んでいかなくては。五番目の妻が現れるなんて考えたくもない。

 理不尽で独善的な夫に、そんな夫を刺激しないよう努める卑屈な妻。DV家庭や支配関係の心理が恐ろしいまでに詳細に描かれています。独善的な夫の姿に、身近にいる人間を連想し、まるでその当人のよう、とさえ思ってしまいました。飽くまで支配的な夫とその妻たちの物語だと思っていると、不意に狂気の可能性が浮上してきてぞっとしました。視点人物に寄り添うような読み方をしていると、こういうときに自分も狂気に陥ったようで眩暈がします。
 

「すぐそばに いつでも いつまでも」(So Near Any Time Always)★★★★☆
 ――私は十六歳だったけど、ボーイフレンドは一人もいなかった。それまでは。キスされたこともなかった。それまでは。母親はデスモンドに魅了されたけれど、姉のクリスティーンは「あれは全部お芝居」だと言った。家に遊びに来たデスモンドが披露してくれたヴァイオリンは、完璧とは言えなかった。

 デスモンドの支配的自己中心的なところは、他の多くのオーツ作品に登場する暴力的な男と同じように見えますが、はっきり異常者だと明記されているのは珍しいような気もします。もちろん明記されているかどうかというだけであって、出てくる男たちが異常なことに変わりはないのですが、法律的医学的にラベルを貼ってもらえるだけで随分と怪物感は減るものです。ところがそれで普通のサスペンスっぽいな……と拍子抜けしていたら、デスモンドの両親による別の角度から恐怖が待ち受けていました。
 

「処刑」(The Execution)★★★☆☆
 ――彼が寮を出たのは午前一時半。みんなはパーティに夢中だ。計画は秒刻み。しかも目撃者はいない。実家のドアを開ける。父親の顔は怒りと驚きで真っ赤になっている。斧が目に入らないのかよ、ったく。離れたところにはおふくろがいる。息子はやみくもに斧を振り下ろしている。警察は寮で事情聴取をおこなった。〈両親が――殺された?〉〈なぜおかあさんは死んだと思った、バート?〉

 帯にも引用されているメタリカの「Die, Die My Darling」の歌詞が印象的な作品です。これも殺人者のキチ描写から一転、意外な展開を迎えます。バートの思考回路はこういう人物の例に洩れず、すべてが自分に都合のいい考え方なのですが、この作品の恐ろしいのは、世界がバートに合わせて都合よく動いているようにも見えるところです。
 

「平床トレーラー」(The Flatbed)★★★★☆
 ――僕のせい?とNは言った。自分のベッドで、男の腕に抱かれているのに起こる、痙攣じみた滑稽な震え。あのことは誰にも話してない。決して誰にも。家で、家族に。彼は彼女に忠告した。〈これは私たちの秘密だ。内緒にしなきゃダメだよ〉

 珍しく救いのような形が描かれています。それが本当に救いかどうかは別にして。これも珍しく連れ合いに優しいところを見せる男性Nですが、それが誰に向けられているかという点を除けば暴力的な発作を見せていることには違いなく、そういう意味では結局のところNもまた本書のなかの男たちと同じなのかもしれません。
 

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