『その可能性はすでに考えた』井上真偽(講談社ノベルス/講談社文庫)★★★☆☆

 とある事情により奇蹟があることを証明しようと、名探偵がトリックの可能性を否定する――ひねくれた設定のようですが、どうしてどうして、ワトソン役の迷推理を探偵役が否定する――と考えれば、ごく普通のミステリとさして変わりはありません。

 しかしながらこの設定の面白いのは、可能性を述べる側はどんな可能性であってもOK、というところです。普通であればただの荒唐無稽で無理矢理な内容の仮説でも、本書では「あり」なのですね。可能性を推理する人たちがまた、中国の裏社会の人間だったり天才少年だったりと、馬鹿馬鹿しくも賑やかなメンバー。しかも黒幕が、奇蹟を信じない枢機卿(^^; 何があなたをそこまで駆り立てる。。。

 馬鹿げたトリックとかエキセントリックなキャラクターとか、謎解きミステリのおバカな部分を、うま~くブラッシュアップしている設定だと思いました。

 ロジックに関しても、クライマックスに至って、個々の推理とそれに対する探偵の反証自体が攻撃手段にされます。論理自体が自己崩壊を起こすという、まさにロジックという語に尽きるストーリーです。

 もちろん謎解きミステリである以上、奇蹟でした――で終わるはずもなく、最後にひとつの謎解きは用意されています。「可能性」として。

 かつて、カルト宗教団体が首を斬り落とす集団自殺を行った。その十数年後、唯一の生き残りの少女は事件の謎を解くために、青髪の探偵・上苙丞《うえおろじょう》と相棒のフーリンのもとを訪れる。彼女の中に眠る、不可思議な記憶。それは、ともに暮らした少年が首を切り落とされながらも、少女の命を守るため、彼女を抱きかかえ運んだ、というものだった。首なし聖人の伝説を彷彿とさせる、その奇跡の正体とは……!? 探偵は、奇蹟がこの世に存在することを証明するため、すべてのトリックが不成立であることを立証する!! 謎はすべて解けました。これは――奇蹟です。(カバーあらすじ)

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「明治文学はなぜ面白いのか?」高橋源一郎×坪内祐三×水原紫苑(『ダ・ヴィンチ』2000年11月号)

「明治文学はなぜ面白いのか?」高橋源一郎×坪内祐三×水原紫苑
 ちょうど坪内祐三編による『明治の文学』全25巻が刊行された時期だったらしく、それが理由による鼎談のようです。一応のところ「明治に最も注目している(と思われる)3人に」と書かれていますが、水原紫苑と明治文学と言われてもあまりピンと来ませんし、実際あまりしゃべっていません。夏目漱石泉鏡花が好きで、泉鏡花の師匠である尾崎紅葉も読み返してみて云々。

 
 

『新しい十五匹のネズミのフライ ジョン・H・ワトソンの冒険』島田荘司(新潮社)★★★☆☆

 島田荘司によるホームズ・パロディ二作目です。

 本書のベースになっているのは『四つの署名』と「赤毛組合」。冒頭でその〈真相〉に触れられつつ、この事件がワトソンの筆で語り直されるところまでが前半です。語り直される――と言っても、内容はほぼ原作通り。著者得意の再話ではありますし、ホームズ譚自体が面白いので、つまらなくはありませんが、なかなか話が進まず歯がゆいところはありました。

 独自の展開が始まるのは、第三章に入ってからです。麻薬中毒のせいで幻覚症状を起こしたホームズが大暴れし、ワトソンに怪我を負わせて本人は精神病院に強制入院。そんな折り、ピーター・ジョーンズ警部が、「赤毛組合」事件の犯人たちが脱獄したという報せを持ってべーカー街を訪れます。犯人たちは脱獄前に、「新しい十五匹のネズミのフライ」という謎めいた言葉を残していました……。

 著者の作風や脱獄という派手な舞台から期待されるような大トリックはありませんが、意外なほどに細かくシャーロキアンネタをフォローしているという感想を持ちました。

 矛盾のあるホームズ譚は、ホームズの幻覚をもとにしたワトソンのでっちあげだったというエピソードや、ホームズの推理が当てずっぽうだったというエピソードは、パロディの定番ですが、これを単なるからかいで終わらせないのが、やはり島田荘司です。

 まずは「赤毛組合」の銀行に『四つの署名』の財宝を絡ませたうえで、「赤毛組合」の矛盾をブラフとして捉えることでひとまわり大きな事件の構図を描き、さらに「赤毛組合」の犯人を脱獄事件に絡ませることで、原典とオリジナルの話が絡み合いながら転がってゆく造りは、ホームズファンにもファン以外にも楽しめます。

 ワトソンの懐中時計に関する的外れな推理は、単なるその場かぎりのパロディかと思いきや、その〈真相〉が作中深く根を張っており、最終的に「ワトソンは何度結婚したか?」というシャーロキアン的な謎に落ち着くところは見事でした。

 ワトソンの謎といえば、「負傷した箇所はどこか?」には笑いました。

 本書のオリジナル部分である「新しい十五匹のネズミのフライ」の真相は期待はずれもいいところです。

 とはいえクライマックスでまだ万全ではないホームズが(いつもどおりの?)突飛な行動をして、「瀕死の探偵」のうわごとを思わせる助言をおこなったすえに、そこでふたたび「赤毛組合」を出してくるところなどは、たいへんに笑わせてもらいました。ホームズ&島田荘司の陽気な面が出ていました。

 中盤はホームズが入院してしまうため、サブタイトルにもなっているように、おもに行動するのはワトソンで、必然的に「冒険」の色合いが強くなっています。

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『殊能将之読書日記 2000-2009』殊能将之(講談社)★★★★☆

 殊能将之ウェブ日記より、読書日記の部分を抜き出したものです。「リーディング」という形式を取って(当時の)未訳小説が紹介されています。

 解説で法月綸太郎氏が瀬戸川猛資氏の名前を出していますが、紹介されている作品よりも紹介文の方が面白い(面白そう)というところに共通点はあるかもしれませんね。(殊能氏自身もそうしたタイプの作品を「あらすじ美人」と書いてます)

 グラディス・ミッチェル『月が昇るとき』を読んでさほど面白く感じなかった記憶があるのですが、「常軌を逸したアガサ・クリスティ」などと書かれると、読み返したくなってしまうじゃありませんか。

 マイクル・イネスにしても、「オフビート」という評価はよく見かけますが、「本格どころか、ミステリですらないオフビートな話」と書かれると、同じ「オフビート」でも印象がまったく違って見えます。(『The Daffodil Affair(水仙号事件)』)。

 トマス・M・ディッシュについて、あれは「ワ・レ・ワ・レ・ハ・ウ・チュウ・ジン・ダ」というふうに読むべきという指摘には目から鱗

 註釈にあるフリッツ・ライバー『罪深き者たち』の加筆訂正エピソードには笑うしかありません(^^。

 奇想コレクションアヴラム・デイヴィッドスンの巻は、こうやってできあがって行ったんですね。リアルタイムで読んでいた人たちは、さぞや完成が楽しみだったに違いない。

 1から13までのタイトルを集めた殊能版「黄金の十二」、面白い試みだと思います。粒ぞろいにするのは難しいとは思うけれど。

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『王妃の帰還』柚木麻子(実業之日本社文庫)★★★★☆

 クラスのトップに君臨する〈王妃〉。同級生を陥れようとした陰謀がばれて権力の座から失墜した王妃を、地味グループの範子たちが受け入れ先となって迎え入れるが……。

 学級を王制になぞらえたこうした筋書きだけでも面白そうで、判官贔屓の日本人にはぐっとくるところがあるのですが、それほど素直には話は進みません。なにせこの王妃、王妃らしいところは気位と輝きだけで、人間としてはびっくりするくらい幼稚で魅力のない人間なのです。

 仲間はずれにされて落ち込んでいるかと思い、ちょっと優しさを見せれば、ころっと態度を変えてたちまち傍若無人な地を見せるので、手を差し伸べたほうが苦笑いを浮かべざるを得ません。

 幼稚で魅力のない、とは言い過ぎで、要するに王妃でも何でもなく、ただの自分大好きなわがまま中学生なわけですが、そこで見捨てないのが主人公たちの強さです。女子力スキルの見せ所です。

 グループ崩壊の危機も何のその、王政復古をプロデュースする、という目標に向かって結束を固めることになりましたが――。

 道のりは平坦ではありません。範子の母とチヨジの父をくっつけようとする「ロッテ作戦」ともども、人間を操ることなど簡単にはできないからです。

 紆余曲折を経て、みごと王政復古はなされますが、それはもちろん、かつての絶対王制などではありません。

 私立女子校中等部二年生の範子は、地味ながらも気の合う仲間と平和に過ごしていた。ところが、公開裁判の末にクラスのトップから陥落した滝沢さん(=王妃)を迎え入れると、グループの調和は崩壊!範子たちは穏やかな日常を取り戻すために、ある計画を企てるが……。傷つきやすくてわがままで――。みんながプリンセスだった時代を鮮烈に描き出すガールズ小説!(カバーあらすじ)

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