『シャーロック・ホームズの栄冠』北原尚彦編訳(創元推理文庫)★★★☆☆

「第I部 王道篇」

「一等車の秘密」ロナルド・A・ノックス(The Adventure of the First-Class Carriage,Ronald A. Knox,1947)★★★★☆
 ――リューマチで仕事を辞めたヘネシー夫妻は、田舎屋敷の番小屋に住み込み、スウィシンバンク夫妻の世話をすることになった。ヘネシー夫人は雇い主夫妻が言い争っているところを耳にし、ゴミ箱から「わたしは正気だ――陪審員席のぼんくらどもが何と言おうとも」という主人の走り書きも見つけた。ホームズと私は、ロンドンから屋敷に戻るスウィシンバンクと同じ列車に乗り込んだが……。

 正統的ホームズ・パスティーシュ依頼人による雇い主の謎めいた言動、客車の個室からの素朴な人間消失トリック、そして犯人指摘の鮮やかさなど、本家を髣髴とさせる出来でした。依頼人の扱いや犯人の正体などに、ホームズ時代とは違う現代性も見られます。
 

「ワトスン博士の友人」E・C・ベントリー(Dr. Watson's Friend,E. C. Bentley,?)★★★★☆
 ――起こったのは以下のようなことだった。深夜にバンという大きな物音が屋敷に響き渡り、ガラスの砕ける音がした。鍵の掛かった食料貯蔵室の棚にある品々が床に落ちていた。伯母や娘たちの泥棒説もネズミ説も、ましてや幽霊説などありえそうにない。

 森英俊氏が入手したイギリスのスクラップブックにあった新聞掲載作品。一家の友人であるワトスン博士の同行者がたちどころに謎を解きます。推理小説というよりは科学読み物みたいな内容ですが、第三者から見たホームズを描くにはこのくらいささやかな方が嘘っぽくなくてよいのかもしれません。
 

「おばけオオカミ事件」アントニー・バウチャー(The Adventure of Bogle-Wolf,Anthony Boucher,1949)★★☆☆☆
 ――私が自宅で一服していると、ホームズが訪ねてきた。頭脳が事件を欲しているという。ホームズは私が知人の息子のお守りをしているとたちどころに見抜いてしまった。私がイライアスぼうやに赤ずきんの話をし終えると、ホームズが声を上げた。「わかったぞ、ワトスン!」

 ワトスン家に預けられた四歳児の前でホームズが赤ずきんの謎を解くというパロディです。おばあさんのふりをする狼に気づかないのはなぜか――等、あり得ないことを消去すると、たとえ元の事実以上に非現実でも、それが真実になってしまうのがパロディのパロディたる所以です。四歳児の親がホイットニーであるなど随所にホームズ愛が溢れていました。
 

「ボー・ピープのヒツジ失踪事件」アントニイ・バークリー(The Tale of "Little Bo-Peep" as Conan Doyle Would Have Written It,Anthony Berkeley,1923)★★☆☆☆
 ――「ヒツジガ キエタ スグイク――ピープ」という電報がべーカー街に届いた。ホームズの推理通りの依頼人は、羊が一夜にして消えてしまったと話した。ホームズはすぐに調査に出かけた。

 これは正確にはホームズ・パロディというよりマザー・グース・パロディですね。マザー・グースをドイルの文体で書いてみた――という内容で、ノンセンスがベースになっています。
 

「シャーロックの強奪」A・A・ミルン(The Rape of Sherlock: Being the Only True Version of Holmes's Adventures,A.A. Milne,1903)★☆☆☆☆
 ――べーカー街に戻ると、死んだはずのホームズが入ってきた。「ワトスン君、君は体温計を失くしたね」わたしは驚いて口を開いた。「ホームズ――」「さっきの患者は僕だったのさ」

 意味も意図も不明ですが、解説では内容については解説してくれません。
 

「真説シャーロック・ホームズの生還」ロード・ワトスン(E・F・ベンスン&ユースタス・H・マイルズ)(The Return of Sherlock Holmes,E. F. Benson and Eustace H. Miles,1903)★☆☆☆☆
 ――ホームズの失踪を世界へ向けて報せたことは失敗だった。わたしはホームズのやり方を学んでいるのだから。老婦人がべーカー街にホームズを訪ねて来た。わたしはホームズを真似て推理を披露したが、老婦人のお気に召さなかったようだ。話を逸らそうとすると、ホームズの声が聞こえた。「僕が姿を消したのは、君の鈍感さが耐えられなくなったからなんだ」

 ホームズが「空家の冒険」で生還する前に書かれたと思しきパロディだそうです。怪奇小説「いも虫」で著名なE・F・ベンスンの友人との合作です。
 

「第二の収穫」ロバート・バー(The Adventure of the Second Swag,Robert Barr,1904)★★★★☆
 ――ある年のクリスマス・イヴ、田舎にあるサー・アーサー・コナン・ドイルの屋敷で、ドイルと『ストランド・マガジン』のジョージ・ニューンズが話をしていると、シャーロック・ホームズが分け前をよこせと乗り込んで来た。

 やはりパロディはこのくらい吹っ切れていて明快な方が断然たのしい。強すぎる毒が最高のスパイスでした。ドイルとホームズの一騎打ちの行方は、ホームズ譚愛読者の思いも寄らない結末を迎えます。
 

シャーロック・ホームズと〈ボーダーの橋〉バザー」作者不詳("Sherlock Holmes." Discovering the Border Burghs, and, by Deduction, the Brig Bazaar,1903)★★☆☆☆
 ――フィクション協会にはイマジネーション権限の利用資格がある。それを利用すれば本人の知らぬまにインタビューすることも可能である。「一緒にエディンバラに行ってもらえないか、ワトスン君」「すまないが用事があるんだ。だがわたしの用事もスコットランドなんだよ」「するとボーダー地方へ行っているんだね」「どうしてわかったんだ?」

 架空インタビューを始めるという導入でありながら、本文はホームズがワトスンに推理を披露するという正典ではお馴染みの場面の平凡なパロディでした。2015年の発見当時はドイルの未発表作かと思われたそうですが、実際には掲載誌に載った三篇の架空インタビューの一つだそうです。仮にドイル作であったとしても、正典ではなくセルフ・パロディなので、埋もれたホームズ譚と表現するには無理があります。
 

「第II部 もどき篇」

「南洋スープ会社事件」ロス・マクドナルド(The South Sea Soup Co.,Ross Macdonald,1931)★★★☆☆
 ――ハーロック・ショームズがビルマ製のへんてこな陶器を叩いて、頭の鈍い助手ソトワンを呼んだ。「やあ、ソトワン。『魔除けジャーナル』を読んでいたところを邪魔してすまないね」「ええっ、どうして分かったんだい」

 ロス・マクドナルド高校生のときの作品。内容はホームズが頓珍漢もしくは当然すぎる迷推理を重ねてゆく王道のパロディで、著者がロス・マクというところに価値があります。
 

「ステイトリー・ホームズの冒険」アーサー・ポージス(Her Last Bow, or An Adventure of Stately Homes,Arthur Porges,1957)★★★★☆
 ――ステイトリー・ホームズが遺伝病の治療薬を弾き飛ばした時、サー・ヘンリー・メルヴェールが現れた。マープルという老嬢が、直径五インチのパイプ穴しかない密室の中で手足胴体を切断された後で縫い合わされていた。

「ステイトリー・ホームズの新冒険」アーサー・ポージス(Another Adventure of Stately Homes,Arthur Porges,1964)★★★☆☆
 ――鉄格子の嵌った部屋でフレンチ警部が殺された。傍らには時刻表が残されていた。サン・ワット君が病気のため調査に赴けないホームズは、代わりにトラクト・ホームズを呼び寄せた。

「ステイトリー・ホームズと金属箱事件」アーサー・ポージス(Stately Homes... and the Box,Arthur Porges,1965)★★★☆☆
 ――莫大な財産を遺したアメリカの伯父の遺言書は、未知の合金でできた箱に入っていた。どんな方法を用いても傷つけることも開けることも出来なかった。

 「八一三号車室にて」などでお馴染みのアーサー・ポージス作品が三篇です。トンデモな真相ながらも作中でのロジックはきちんと通っている「冒険」がベストでしょう。著名人が多数登場するなか、犯人があの人なのにもきちんと意味があり(?)ました。伏線はあるものの著名人の犯人ではなくなった「新冒険」、お決まりのジョーク的な「金属箱事件」より頭一つ抜けています。
 

「まだらの手」ピーター・トッド(The Freckled Hand,Peter Todd,1915)★★★☆☆
 ――ショームズを訪ねてきた女性はメアリ・ジェーン・パイロットと名乗った。叔父のグライミー・パイロット博士と暮らしていた。二年前、姉が「手よ、まだらの手よ!」と言い遺し、亡くなりました。そして昨日、姉が亡くなる前に聞こえたというがらがらの音が私にも聞こえたのです。

 タイトルはもちろん内容も初めから終わりまで「まだらの紐」を下敷きにしたパロディです。タイトルをもじってしまった以上「そばかすのある手」を登場させざるを得ないのですが、その登場のさせ方が何のひねりもなく強引なところが可笑しかったです。
 

「四十四のサイン」ピーター・トッド(The Sign of Forty Four,Peter Todd,1915)★★☆☆☆
 ――四十四人の退役インド陸軍大佐が四十四夜連続で殺害されてから四十三日が経った。現場には何の手がかりも残されていなかった。数字には重要な意味があると考えたショームズは、縁日に向かった。

 原典をなぞっていた「まだらの手」と比べ、ナンセンス度の勝った作品でした。ありそうもないことを排除した結果、犯人の取った手段はもっとありそうにない真相でした。『The Sign of Four』という題名の訳し方をどうすべきかがあれこれ言われていますが、この作品の著者が「Forty Four」をどう捉えているかが参考になりそうです。
 

「第III部 語られざる事件篇」

疲労した船長の事件」アラン・ウィルスン(The Adventure of the Tired Captain,Alan Wilson,1958,1959)★★★★☆
 ――『緋色の研究』の読者だというウェバー嬢がベイカー街を訪れた。父親のウェバー船長が航海から帰ってきてしばらくすると、手紙を読んで顔色を変え、それから家政婦を銃撃したり娘の友人の前で絵画を切り裂いたりといった異常な言動が目立つようになったという。

 依頼人や事件の様子、ホームズの事件への関わり方など、パスティーシュとしてよくできています。犯行時の騒音を怪しまれないように、普段から奇矯な行動を取って騒いでいたという、中途半端な「木の葉は森に」理論がズッコケで可笑しかったです。
 

「調教された鵜の事件」オーガスト・ダーレス(The Adventure of the Trained Cormorant,August Derleth,1956)★★★★☆――キャプテン・アンドリュー・ウォルトンの飼っているアデレードという鵜が、コルクケースに入った封筒を拾ってきた。封は開けられておらず、ほかには他愛ない挨拶の書かれた便箋一枚と謎めいた言葉の書かれた葉書が入っていた。それからキャプテンの家を誰かが監視するようになった。

 ソーラー・ポンズもの。謎解き云々は置いておいて、何だかんだいっても雰囲気がホームズものっぽくてわくわくしてきます。暗号であったり不穏なメッセージであったりホームズが直接犯人と対峙しなかったり、原典のあの作品やらこの作品やらを連想させながらも、復讐ではなく諜報活動だったり犯人が無事に逮捕されたりと微妙に違っているところに工夫が見られます。
 

「コンク-シングルトン偽造事件」ギャヴィン・ブレンド(The Conk-Singleton Forgery Case,Gavin Brend,1953)★★★☆☆
 ――「わたしはね、顔は人間の性格を表し出すものだという法則を支持するよ」するとホームズは一冊の本を私に見せた。「教えてくれたまえ、この顔から何が判る?」「そうだな、賢くて頭の切れる実務家で、辛辣かつ皮肉なユーモアの持ち主だ」「残念ながらほとんどはずれだね。これは彫刻家ジョゼフ・ノレケンズの肖像だよ」

 解説によれば「ホームズとワトスンの冒険における典型的なオープニング」コンテストの入賞作品だそうです。これが語られざる事件でよいなら何でもありですが、雰囲気が楽しめればよいでしょう。
 

「トスカ枢機卿事件」S・C・ロバーツ(The Death of Cardinal Tosca,S. C. Roberts,1953)★★★☆☆
 ――トスカ枢機卿は降福式の最中に突然倒れた。六十八歳だった。「実に悲劇的だが、実に美的な死だね」「だが美的という以外にも別の要素が存在する」「犯罪の可能性を疑っているということかい?」「何も疑っていないよ、ワトスン。僕にはデータがないんだ。……おや、あれはマイクロフトじゃないか」

 解説によれば「未発表の事件記録の断片が発見された、という設定で書かれて」いるため、問題編と解決編だけで構成されていて間がすっぽりと抜け落ちています。問題編と解決編はなかなかの模倣ぶりなので、全編が書かれていたらと思わずにはいられません。
 

「第IV部 対決篇」

シャーロック・ホームズデュパン」アーサー・チャップマン(The Unmasking of Sherlock Holmes,Arthur Chapman,1905)

 『シャーロック・ホームズの失われた災難』にも「シャーロック・ホームズの正体をあばく」の邦題で収録されていました。対決ものではなく、デュパンの口を借りたホームズ批評です。
 

シャーロック・ホームズ対勇将ジェラール」作者不詳Sherlock Holmes and Brigadier Gerard,Anonymous,1903)★★★☆☆
 ――「儂はお前さんに問い質しに来たんだ。この儂、ジェラールはあんな急に話が終わってしまったというのに、お前さん、シャーロック・ホームズは、ぐずぐずと最終回を先延ばしにしているのは、どうしたことだ?」

 前記の作品がデュパンによる批評だとするならば、本作はジェラールによる愚痴という、よりパロディ色の強いものになっていました。
 

シャーロック・ホームズ対007」ドナルド・スタンリー(Holmes Meets 007,Donald Stanley,1964)★★★★☆
 ――年配の人物と若い男性がべイカー街の部屋を訪れた。「Mと呼んでくれたまえ。こちらはジェームズ・ボンド君」「こんばんは。ベントレーにトラブルがあったのはお気の毒でしたね」「どうしてわかった?」「初歩的なことだよ……」「鮮やかだな。ボンド、君も文化的に任務を遂行してはどうかね。ところでここに来たのはジャンキーである君の麻薬供給源のためだ」

 対決篇と謳いながらも対決するのはこれ一篇。しかも正確にはホームズ対007の対決ではなく、二重のホームズ・パロディになっていました。ホームズの麻薬中毒を皮肉ったパロディはいくつもありましたが、その供給網を一網打尽にすべく英国情報部が腰を上げるという発想は(何しろ時代が違うのだから)ありませんでした。
 

「第V部 異色篇」

「犯罪者捕獲法奇譚」キャロリン・ウェルズ(Sure Way to Catch Every Criminal. Ha! Ha!,Carolyn Wells,1912)★★☆☆☆
 ――国際絶対確実探偵協会は会合を開いていた。「この“犯罪者似顔描写法”は実にばかばかしい」会長のホームズが言い放った。説明を求める思考機械にラッフルズが言った。「犯罪者の顔の造作を特別な手法で記録するんだ」「僕の若き日にこんな助けがあったなら、もっと名を上げていただろうにね」とルパンが言った。「不完全な探偵だけがそのような助けを必要とするのだ」とホームズが冷笑気味に答えた。

 『シャーロック・ホームズの災難』に収録されている「洗濯ひもの冒険」と同じシリーズだそうです。名探偵の推理のパロディというよりも警察の無能を笑いのめしているようにも見えますが、翻って名探偵の推理も大差ないということなのかもしれません。
 

小惑星の力学」ロバート・ブロック(The Dynamics of An Asteroid,Robert Bloch,1953)★★★★☆
 ――最後に面倒を見た人は、百歳だった。彼は数学の教授だったけれど、事故に遭って車椅子に乗ることになったのだとか。しょっちゅうあたしに郵便物を送らせたの。政府の人間宛てだったり、アインシュタインのような人物宛てだったりしたのよ。

 モリアーティの論文を未来の技術と結びつけるところや、“実は死んでなかった”という設定ながらその後は裏方に徹しているところなど、原典への確かな愛情を感じさせつつ原典の枠を突き破るセンスがあります。
 

サセックスの白日夢」ベイジル・ラスボーン(Daydream,Basil Rathbone,1947)★★★★☆
 ――休暇最終日の午後のこと、わたしは宿所に戻ろうと静かな田園風景を歩いていて、いきなり蜂に刺されてしまった。聞いたところによると“彼”は何年も前からここに来て滞在するようになり、その場所のことを養蜂園と呼んでいた。一九四六年現在、彼は伝説と化していた。かつて“有名人”であったという。

 異色篇に相応しい異色作です。著者はホームズ役の俳優、語り手はヤードの警部で父親はホームズの知り合い、事件もなく引退後のホームズその人を描いただけ、いやホームズその人なのかどうかもわからない……むしろホームズその人かどうかもわからないところに、語り手と著者のホームズに対する愛情を感じました。
 

シャーロック・ホームズなんか恐くない」ビル・プロンジーニ(Who's Afraid of Sherlock Holmes?,Bill Pronzini,1968)★★★★☆
 ――「わたしの名はシャーロック・ホームズだ」とわたしは言った。二人の警官は顔を見合わせた。「ここで何をしている?」「手がかりを探している」。「いかれぽんちだ、チャーリイ」ずんぐりした方の警官が囁いた。「あなた方と同じ、強盗事件を捜査しているんですよ」「犯人はもう判っているのかね?」「むろん」

 ホームズが現代アメリカに現れたという設定を読んで、『シャーロック・ホームズのSF大冒険』に収録されていたクリスティン・キャスリン・ラッシュの「脇役」みたいなのを想像していましたが、なるほどこれは架空の名探偵でなくては成立しません。発想としてはルパンもののある短篇も思わせます。

  

『ジャック・オブ・スペード』ジョイス・キャロル・オーツ/栩木玲子訳(河出書房新社)★★★★☆

 『Jack of Spades』Joyce Carol Oates,2015年。

 ジャック・オブ・スペードというのは、さほど売れない作家アンドリュー・J・ラッシュの別名義のペンネームです。隠された暴力性を披瀝したようなノワールな作風が特徴です。

 さてラッシュの隠された暴力性が徐々に現れ始め……という二重人格ものなのであればお決まりのようなものですが、実のところ暴力性は(少なくとも読者には)初めからあまり隠されてはいません。早い段階から心の声は小さな活字で表現されているからです。

 しかも悪意は暴力という形ではなく、所有欲や承認欲という形を取りたがります。

 盗作の冤罪で告発した老女に復讐しようと息巻く弁護士をなだめたり、ジャック・オブ・スペードのノワールを娘に読ませないようにしようとしたりするなど、心の声とは別に道徳的な行動を取ろうとする人物でもあります。

 そうした承認欲求と道徳的であろうとする理屈が結びつけば、自己肯定のための自己弁護ができあがり、ついには殺人さえをも正当化してしまうまでになってしまいます。

 繰り返しますがラッシュは二重人格ではありません。ただちょっと(かなり)他人より自己正当化の気が強いだけです。その理由は少年時代にあったことが終盤で明らかになります。ラッシュの人生は自己正当化の歴史だったのですね。

 二重人格ものはどれだけひどい内容であっても他人事として読めるのですが、この作品はちょっとだけラッシュに同情してしまいました。ラッシュには立ち直ってほしかったところです。

 アンドリュー・J・ラッシュは「紳士のためのスティーヴン・キング」と称される人気ミステリー作家。「町一番の有名人」として、愛する妻と幸せに暮らしている。しかし、C・W・ヘイダーなる人物から謎の盗作疑惑で告発された彼は、正体不明な不安に取り憑かれる。甦る記憶、家族との緊張関係、嫉妬、ミステリーを書く困難……。彼は、別の名前で「残酷で野蛮で身の毛がよだつ」ノワール小説も発表していた。オーツ自身の体験もふまえて「書くこと」の謎に肉薄する異色ミステリー。(帯あらすじ)

  

『歌人紫宮透の短くはるかな生涯』高原英理(立東舎 リットーミュージック)★★★☆☆

 架空の歌人の代表作三十一首と生涯を振り返った評伝を丸ごと一冊作中作にした長篇小説です。脚註も入っていて本格的なのですが、短歌と評伝のあいだにつながりはほぼありません。著者がことさらに「歌の解釈自体とは別次元のことだが」等と強調するほどに虚しい。

 ゴシック以前の、中二病のおたくが如何にしてゴスになったのか、とでもいうべき内容でした。後半に行けば行くほど、紫宮というよりも作中作著者の中二度が上がってきて、紫宮を通した作中作著者の自分語りの様相が強くなってきます。何を選択し何を捨てるか――というところに編者・評伝作者の我が出るのであればこそ。

 短歌も自作なのだから解釈も何もないのですが、幻想短歌/小説の成立をひもといたような「したたるる」の歌の項や、評論家の解釈の恣意性を自覚したような「るるる」の歌の項などは興味深かったです。

 紫宮透とは、誰なのか。1980年代に彗星の如く現れ、突如姿を消した天才ゴス歌人。その謎に満ちた生涯を、彼の作品と関係者の証言で追う、異色の伝記小説。(帯惹句より)

  

『福家警部補の再訪』大倉崇裕(創元推理文庫)★★★☆☆

 福家警部補シリーズ第二集。第一話の切れ味が一番よかったため、やや尻すぼみな印象でした。「倒叙ミステリ」についての解説者の考察が腑に落ちます。
 

「マックス号事件」(2006)★★★☆☆
 ――豪華客船マックス号の船室内で、原田はかつて恐喝の相棒だった直巳を撲殺した。警棒でできた傷口に合わせウイスキーのボトルを振り下ろし、鞄からカセットテープを持ち出しデッキに落とした。まるで海に投げ入れようとしてデッキに落ちてしまったかのように……。原田の目論見通り、脅迫されていた社長の部下が証拠隠滅を計ったと見なされたが。

 豪華客船が舞台でどう福家が現場に現れるのかと訝っていましたが、完全にギャグで来ました。もともと神出鬼没の福家ですが、携帯で外部と連絡が取れるとはいえ鑑識もいない状況下です。だからでしょうか、犯人を追いつめたのは言い訳の余地がない決定的な証拠でした。証拠としては古典的なものであるがゆえ地味な印象を受けてしまいましたが、証拠の残され方や残された場所には意表を突かれました。それもこれもミスディレクションが鮮やかすぎるからです。冒頭の格闘シーンで、真っ赤なあれが割れてぶちまけられた場面の印象が鮮烈でした。
 

「失われた灯」(2007)★★★☆☆
 ――脚本家の藤堂はオーディションと偽って俳優志望のストーカー三室を呼び出した。藤堂は三室に誘拐ものの演技をさせてから薬で昏倒させ、古物商の辻に会いにいった。藤堂のデビュー作が盗作だという事実をネタに脅されていたのだ。辻を殺した藤堂は三室のところに戻った。誘拐の被害者だというアリバイを完成させるために……。

 パソコンの充電や電話機の指紋などは犯人自身による細かなミスですが、三室や辻がどのような行動を取るかまで読めなかったのもミスと言えるでしょう。完璧を期すのであれば、辻はともかく三室の行動は予想して〈脚本〉に組み込んでおくべきでした。翻せば、現実を遺漏なく完全に想定して計画を立てるのは不可能だということになります。この作品の犯人はかなり小細工を弄しているせいで、その分ほころびも多くなっていました。小さなほころびが多い割りに決定打の切れ味が鈍いため尻すぼみな印象を受けました。
 

「相棒」(2007)★★★☆☆
 ――ピンになって再ブレイクするには、師匠の命日まで解散は待てない。立石は解散を渋る内海を殺す決心をした。二十年前、隠れ場として、そして稽古場として購入した一戸建ての二階で、立石は待った。鍵をなくした内海は、いつものように松の木に登って二階までやって来た。「待てないんだよ。半年も」。内海もようやく気づいたようだ。「そうか」。突き飛ばされた内海の体が落ちていった。

 解散を認めない相棒や舞台上のミスなど、犯人の知らなかった事情が明るみ出ることで、犯人には(そして読者にも)見えなかった証拠が現れるとともに犯人の覚悟が決まるという構成によって、謎解きとも人情ものとも言いがたい作品になっていました。真相を知ることで見えていたものの意味が違って見えるという点では、愚直なまでにミステリです。
 

「プロジェクトブルー」(2007)★★★☆☆
 ――玩具の企画専門会社『スワンプ・インプ』も創立十五周年を迎えてますます盛況だ。十五年前におこなったレアな怪獣人形の偽造で醜聞に晒されるわけにはいかない。スワンプ・インプ社長の新井は、十五年前の詐欺をネタに脅迫してきた造形家の西村を殺し、自分のトラックに轢かれたように偽装した。

 これはさすがに犯人には運が悪すぎたとしか言いようがありません。確かに所持品を落としたのは犯人のミスですが、たまたま取り違えたのが決定的なものだったというのは偶然に過ぎました。けれどそれが逮捕の決め手になるのではなく、犯人の模型ファン心理に委ねる結末のおかげで余韻の残る終わり方でした。

  

『元年春之祭』陸秋槎/稲村文吾訳(ハヤカワ・ポケット・ミステリ ポケミス1935)★★☆☆☆

 『元年春之祭――巫女主義殺人事件』陸秋槎,2016年。

 最近は中国ミステリではなく華文ミステリというようです。

 麻耶雄嵩三津田信三に影響を受けた本格ミステリというから期待は高まります。著者は日本在住。あとがきの日付からすると著者あとがきは邦訳版への書き下ろしのようです。アニメキャラクターのような登場人物というのは、冗談を言い合ってぺちぺち叩き合ったり、不必要に毒舌だったりするところでしょうか。

 事件は四年前に起こった足跡のない雪密室と、きわめてシンプルです。

 時は前漢の時代(天漢元年=紀元前100年)、経書などはすでに古典となっているため多様な解釈が生まれ、探偵役である於陵葵(おりょう・き)が屈原=巫女説を唱えるところなどはいかにもミステリっぽい論理遊戯です。

 読者への挑戦状が二回にわたって挿入されています。第一の挑戦状のあとで、葵が当時の科学では解明されていないある現象を五行に基づいて推理する場面がこの作品のピークでした。

 それまでの推論にしても上記の五行推理にしても、決め手に弱く語り口の切れ味も鈍かったものの何とか謎解きの妙味で持ちこたえていたのですが、そこから先はひたすら各人の自分語りが続き、活発な議論が起こりません。

 たとえフェイクの真相であっても、明らかにされた時点ではインパクトや説得力が欲しいものです。推理の内容の善し悪しというよりは推理の披露の仕方がだらだらしていてメリハリがなく、そのためいくらどんでん返しされてもひっくり返される爽快感がありませんでした。

 面白いのは、読者への挑戦が四年前の事件ではなく天漢元年現在に起こった事件の犯人と動機についてということです。それもそのはず四年前の事件にはほとんど謎などなく、しいていえば四年前の事件の犯人と状況がわかれば、現在の事件の目撃情報を精査する手がかりになる程度のものでした。

 肝心の現在の事件の真犯人と動機も、伏線の張り方や説明の仕方がとっちらかっているので、およそ説得力に欠けていました。

 結果的に、志は高いけれど全体が粗い作品でした。アジア本格リーグで刊行されていた水天一色『蝶の夢』はよくできていたので、中国ミステリの水準が低いわけではなくこの作品がたまたま凡作だったようです。

 新本格が「ミステリファンの青春」というのはわかる気がしますが。

 前漢時代の中国。かつて国の祭祀を担った名家、観一族は、春の祭儀を準備していた。その折、当主の妹が何者かに殺されてしまう。しかも現場に通じる道には人の目があったというのに、その犯人はどこかに消えてしまったのだ。古礼の見聞を深めるため観家に滞在していた豪族の娘、於陵葵は、その才気で解決に挑む。連続する事件と、四年前の前当主一家惨殺との関係は? 漢籍から宗教学まで、あらゆる知識を駆使した推理合戦の果てに少女は悲劇の全貌を見出す――気鋭の中国人作家が読者に挑戦する華文本格ミステリ(裏表紙あらすじ)

  


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