『エステルハージ博士の事件簿』アヴラム・デイヴィッドスン/池央耿訳(河出書房新社〈ストレンジ・フィクション〉)★★★☆☆

『エステルハージ博士の事件簿』アヴラム・デイヴィッドスン/池央耿訳(河出書房新社〈ストレンジ・フィクション〉)

 『The Enquiries of Doctor Eszterhazy』Avram Davidson,1975年。
 

「眠れる童女、ポリー・チャームズ」(Polly Charms, The Sleeping Woman,1975)★★★☆☆
 ――科学の小殿堂と書かれた建物には各国語の掲示があった。「ポリー・チャームズ 眠れる童女 三十年の長夜の夢 寝ながら尋ねに応じるイギリス人女性!」。案内人が口上を述べ始めたが、野次に遮られ、興行主のマーガトロイドが英語で解説を始めて案内人が通訳した。遂に幕が上がると、大きめのベビーベッドのなかにエステルハージが見たのは、茫々たる髪の毛だった。髪の茂林に半ば埋もれて、あどけない少女の頭が覗いていた。蠟人形だと疑う者たちが少女に触れ、エステルハージも聴診器を当てた。微弱な心拍が認められた。質問の時間が始まった。「フランチェックは今どこにいる?」「やあ兄さん、アメリカだよ。叔父さんのとこ」少女が答えた。

 架空の帝国やら何やらのペダントリーを読んでいるうちにいつの間にか物語が終わっているところなどは小栗虫太郎あたりを連想しましたが、解説の殊能将之は久生十蘭の名を挙げていました。そっちかあ。十六通りの貴族の紋章と五つ以上の学位という荒唐無稽ぶりからはソーンダイク博士が思い浮かびますし、恐らくミステリに限らず細かい元ネタが散りばめられているのでしょう。奇談に類する内容で、眠った状態のポリーが客の秘密を言い当てたり、動物磁気云々という文章もあったりすることから、スピリチュアリズムが下敷きにされているようです。『異色作家短篇集18 狼の一族』に古屋美登里訳「眠れる美女ポリー・チャームズ」あり。
 

「エルサレムの宝冠 または、告げ口頭」(The Crown Jewels of Jerusalem, or, The Tell-Tale Head,1975)★★★☆☆
 ――エステルハージ博士は鉱泉の採取を邪魔され、いらだちをあらわにした。すると相手は「エルサレムの王の申し出をあなたは拒みました」と言って立ち去った。数か月後、エルサレムの宝冠と呼ばれる宝物が盗まれる事件が起こった。新聞の編集長に会えという匿名のメモに従い、エステルハージは宝冠に関する知識を得る。従兄の子クリスティ伯が国王皇帝〈ボボ〉の封印状を持ってエステルハージを訪れた。エステルハージは鉱泉で話しかけた男の似顔絵を描き、通貨偽造で刑務要塞に以前収監されていたテオドロ・ゴーゴリにたどり着く。エステルハージはゴーゴリの骨相学結果を取り寄せ、分析を開始する。

 告げ口頭のタイトル通りエステルハージ博士が元囚人の骨相学評価から犯人像を分析しますが、これが物の見事にほぼ何の役にも立っていないのが笑えます。独り身の性欲過多という結果が出なくても、女のところにくらい聞き込みに行くでしょう。自分をエルサレムの王だと思い込んだ狂人が宝冠を盗んだという内容で、これも何らかの元ネタがありそうな話です。
 

「熊と暮らす老女」(The Old Woman Who Lived With a Bear)★★★☆☆
 ――分家の末息子が遺した地所スフラーフスの差配がごまかしているらしい。それを調べてほしいと叔母から頼まれたエステルハージは、腹の底で溜息をつきながら同意した。スフラーフスで帳簿を見たあと、居酒屋で出会った市長から「年取った女が熊と暮らすというのは、法にかなうことでしょうか?」という謎めいた相談を受けた。借地人のフィリイに会いに行くと、なぜかフィリイは怒っていた。エステルハージは地代についてなだめようとしたが、フィリイは「地代じゃない! 地代とは別の、余計な負担のことだよ!」と怒鳴るのだった。そのあと薬草医の老女ウンダに会うと、小屋から唸り声が聞こえてきた。

 叔母に言われて領地の不正を確認しに行ったはずが、熊と暮らす老女の話を聞いて、会う人会う人に事情を聞こうとするものの話題を逸らされるというのは、典型的な繰り返しのギャグでした。熊というのは片目を撃ち抜かれて狂ってしまって四つん這いで歩く元軍人のことでしたが、やがて片目の熊が現れて、人狼ならぬ人熊なのか、たまたま同じ場所を怪我した人と熊がたまたま同じ場所に存在しているのか――といった怪奇リドル・ストーリー風のオチが好きな作品です。(※小森収氏が『短編ミステリの二百年3』のなかでこの結末を、「『不可能を消去して、最後に残ったものが如何に奇妙なことであっても、それが真実となる』というテーゼに対する挑戦であり批判です」と書いていますが、さすがにそれは大げさだと感じてしまいます)。昔の恋愛関係のいざこざを思い出す精神的負担が、叔母から見ると不正のやましさに見えたという、そもそもの依頼の方のオチは、あまりにもしょうもなさすぎました。
 

「神聖伏魔殿」(The Church of Saint Satan and Pandaemons,1975)★★★☆☆
 ――ウラデック伯爵は眉を曇らせた。集会の認可を求めている団体の名は「神聖伏魔殿」だった。書類には一つとして不備がない。文化相が認可の署名を拒む法的理由は何もない。だが、ここで署名するわけにはいかない。伯爵はエステルハージ博士に相談した。エステルハージが潜入してみると、オルガンの調べのあとで助祭が声を張り上げた。「兄弟たち、聖なる魔王は今、ついにその身を地獄から解き放ちました」会衆はたちまち感涙にむせび、喜悦に我を忘れた。次に開かれた違法な集会には、前回の何倍もの人数が押しかけた。だが今回、助祭が言葉を切ったあと、天井近くに化生の顔が浮かび、「汝らの行かんとしている道は道ならぬ道である。真の道はほかにある……」「聖なる大魔王。ならば行くべき道は?」と助祭がたずねた。「合い言葉は旧約聖書の一節、晴れて翼を広ぐがごとき土地……」。

 自由の国アメリカという皮肉なのか諷刺なのかわからない描写が伏線として機能し、法的に規制できない悪魔崇拝団体を聖書の予言通りに「晴れて翼を広ぐがごとき土地」アメリカに送り込むというのがメインストーリー。伏線のこともそうですが、エステルハージが珍しく最初から最後まで効果的な行動を取って依頼を解決しているところは、一番ミステリっぽさのある作品です。しかしながら、前半の小咄みたいなパートの存在する意味がわからず、宗教がらみのペダントリーと併せて、トータルではよくわからない作品でした。移民による強制労働によって鉄道開通工事がおこなわれたという史実を元に、信仰の自由のある国にカルト宗教を押しつけるという黒い笑いが生まれているようです。
 

「イギリス人魔術師 ジョージ・ペンバートン・スミス卿」(Milord Sir Smiht, the English Wizard)★★★☆☆
 ――エステルハージ博士は、ある人物をつけて嗅ぎタバコ屋に入った。先客の名刺には『イギリス人魔術師 スミート卿閣下 深夜面談 要予約』とあった。卿も閣下も称号ではなく呼称だし、大陸の人間にはスミス(Smith)を正しく綴れない。エステルハージは名刺の住所に会いに行った。骨相学観点から興味があったのだ。スミスは博士に頭を触らせながら、卿も閣下もヨーロッパ人には理解できないしスミスを発音もできないと愚痴ったり、自らの来歴を話したりした。三十年前、英国学士院小委員会の前で自然力オッドの実演を披露した際、委員の一人ピガフェッティ・ジョーンズという希代の人物が快く実験台を引きうけてくれたのだが、衣類だけを残して消え去ってしまったという。

 外国人からのイメージに合わせてわざと〝イギリス人っぽい〟怪しげな名乗りをあげているイギリス人が、実際怪しげどころか本物の魔術師だか科学者だかだったという話。日本風に置き換えれば、ヤマーダ・タロ先生とかでしょうか。エステルハージが嗅ぎ煙草屋から子どもが出来ない悩みを相談されますが、実はその解決にも魔術師たちが一役買っていたところに可笑しみがありました。降霊会に参加した未亡人がやたらと嬌声を上げたり、裸の男が飛び込んで来たりと、ギャグがわりと直接的というか雑になっていました。
 

「真珠の擬母」(The Case of the Mother-in-Law of Pearl,1975)★★★☆☆
 ――エステルハージは家政婦に頼まれて針箱を修理に出しに行った。店主によると、その螺鈿は安物どころか真珠擬きだという。母貝ならぬ擬母貝は何年も在庫が切れていたが、先週ようやく入荷したそうだ。「ルールライは貝殻をひり出さなくなりました」。博士は地元の貴族に会いに行った。「あれは伝説のルールライではない。オンディーヌだ……」ルールライが出る時に畑に出ると死んでしまうという言い伝えにより、農民が畑仕事を自粛した。蕎麦が出来ねば麦とじゃがいもを食べるしかない。そうなると酒の原料が不足する。それでも足りねば家財を売るしかない。すると夫婦喧嘩が……という具合だ。ルールライが目撃されたという淵に行き、博士は双眼鏡を取り出して待った。あれはオンディーヌではないか……。

 原文ではそのまんま「Mother-in-Law」なんですね。母貝の偽物だから義母貝ということのようです。その擬母貝が採れなくなったのはルールライ(ローレライ)のせいであるという謎めいた言葉と、蕎麦が採れなくなったら麦とじゃがいもを食べざるを得ないから酒が造れなくなってしまうという不安の大もとは、【両足がくっついて生まれた障害のある娘が、生きるために貝を採っていた】という、意外なほどにきっちりとした構図をしていました。パラケルススが「藪医者テオ」と呼ばれていたりするペダンティックなギャグもあれば、「どこからともなく貝殻を二つ取り出した。鼻の孔からだったかもしれない。」だったり、馬車が暴走したときエステルハージがお気に入りの旅行案内の例文「大変だ! 馭者が雷に打たれた!」を引用したりするくだらないギャグもあり、前話に引き続きギャグ度が高めだと感じました。
 

「人類の夢 不老不死」(The Ceaseless Stone,1975)★★★☆☆
 ――地方から出てきた青年が、男から声をかけられた。婚約指輪を買いに金細工の店をさがしているのだが、道がわからないと答えると、男は言った。「いくつか持っているから譲ってもいいよ」安すぎて不安だったが、青年は指輪を買った。それは間違いなく金だった。ただし純金よりもなお純度が高く、柔らかすぎて指輪には向かない。エステルハージは買い手をさがして売り手の手がかりをたどった。

 怪しげな人物が流通させていた金は錬金術によるものだった――というのはいいとして、そもそもの錬金術の目的のひとつが不老不死の研究であるはずなのに、そのための資金集めのために錬金術で金を生成するという二段階ボケがオチになっているのが可笑しかったです。
 

「夢幻泡影 その面差しは王に似て」(The King's Shadow Has No Limits,1975)★★★☆☆
 ――エステルハージはふと思い立って河川の改修工事を見に行った。年取った人夫はどことなく老皇帝を彷彿させる。往きと同じ路面電車で戻る途中、聖ドミニクの儀式に立ち寄った。薬効があると信じられている、墓石からこそぎ取った塵を受け取った老人が、突き飛ばされて塵がすべてこぼれ落ちた。エステルハージは広場に向かったが、老人の姿はなかった。老皇帝に面差しの似た老爺。ほんの一時間ばかりで似た顔が二人はどうあっても訝しい。

 町で見かけた皇帝に似た老人は、鉄仮面のような皇帝の双子の兄弟ではないのか?という夢想から、おしのびでやってきた皇帝その人ではないのか?という疑惑になり、最終的には皇帝の生霊だったとわかるように、読者もエステルハージも空想と事実に翻弄されます。皇帝の病と、生霊による帝国崩壊の予言という、終わりを予感させる最後でした。

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