『文豪たちが書いた「犬」の名作短編集』彩図社文芸部編纂(彩図社)
やたらと即物的なタイトルですが、どうやら「文豪たちが書いた~」シリーズというのが出ている模様。
「硝子戸の中」夏目漱石(1915)★★★☆☆
――私がHさんからヘクトーを貰った時の事を考えると、もう三四年の昔になっている。その時彼はまだ乳離れしたばかりの小供であった。宵の口から泣き出して、夜中には物置の戸を爪で掻き破って出ようとした。淋しかったのだろう。小供らにせがまれて、私はとうとうヘクトーという偉い名を、この小供達の朋友に与えた。日ならずして、彼は二三の友達を拵えた。
同名エッセイ集より、三~五の抜粋。白い犬だという以外は犬種も特徴もさっぱりわからないのは、読者に想像する余地を残すためでしょうか。漱石の文章は淡々としているのですが、ジョンが打ち殺されたりヘクトーの死骸が池に浮いていたりと、けっこうエグイ内容もあります。とても短い作品なのに、猫の墓と並べて埋葬し、「しかし間もなく二つとも同じ色に古びて、同じく人の眼につかなくなるだろう」という締めの文章によって、しみじみとした余韻が尾を引きます。
「わが犬の記」川端康成(1932)★★★☆☆
――よい犬を作り上げることは、芸術である。愛情ばかりでは足らず、天才と忍耐とが伴わなければならない。その道の達人がどんなに苦心するかは、犬通でない私がここに紹介するまでもないことながら、ただ、私なぞが飼えば神経質の犬となる恐れがある。私の家には今六頭の犬がいる。しかし、ほんとうに犬を愛し、ほんとうに犬から愛されるには、やはり一人一犬に越したことはないのであろうと、私も考える。
そこまでの愛犬家ではないとか犬にはそれほど詳しくはないとか言いながら、始めから終わりまで「犬とは○○である」と断定的に語り倒しているのが可笑しかったです。実はめちゃくちゃ犬が好きなんだろうなというのが伝わって来ました。
「美しい犬」林芙美子(1947?)★★☆☆☆
――ペットは湖畔に出てほえたてていた。ペットはモオリスさんの捨て犬で、モオリスさんの別荘のポーチで暮らしている。モオリスさんは戦争最中にアメリカへかえってしまった。ペットは柏原の荒物屋にもらわれてきたのだけれど、一週間もすると鎖をもぎはなして野尻へにげてしまった。食べものもなく、美しい毛なみをうしなって、野尻の湖畔を野良犬になって暮らしていた。
ハチ公の結末を駆け足でなぞったような作品でした。飼われていたのに逃げ出して主人不在の別荘で暮らすのでは、死別したハチ公と違い忠犬ですらありません。
「畜犬談」太宰治(1939)★★★★☆
――私は、犬に就いては自信がある。いつの日か、必ず喰いつかれるであろうという自信である。私は、まじめに、真剣に、対策を考えた。そうして、甚だ拙劣な、無能きわまる一法を案出した。私は、犬に出逢うと満面に微笑を湛えて、いささかも害心のないことを示すことにした。そのうちに意外の現象が現れた。犬に好かれてしまったのである。早春のこと。散歩に出て、一匹の真黒の見るかげもない子犬が、とうとう私の家の玄関までついて来た。子犬はたちまち私の内心畏怖の情を見抜き、図々しくもそれから、私の家に住みこんでしまった。
太宰らしいユーモアに溢れた名品です。犬が嫌いにしてもそこまで怯えるかというくらいとことん怯えていて、「思えば、思うほど、犬は不潔だ。犬はいやだ。なんだか自分に似ているところさえあるような気がして、いよいよ、いやだ。」と言うに至っては大笑いしてしまいました。何だかんだ言いながらも最終的には犬に何らかの愛情らしきものを感じているのも微笑ましいところです。
「犬のはじまり」宮本百合子(1981)★★★☆☆
――私が五つか六つの頃、林町の家にしろと云う一匹の犬の居た覚えがある。白が死んだのは犬殺しに殺されたのか、病気であったのか。今だに判らない。死んだこと丈確かに私共の生活から消えて仕舞ったのである。それから何年も経った。飼うのなら犬が慾しいと思ったのは余程以前からだ。ところが今日、思いがけないことが起った。良人が帰って来て、私はたたきにあるものを一目見て我知らず声をあげた。其処には丸々と肥えた白い子犬が這って居るではないか。
みんなそうですが、犬が好きな人も嫌いな人も何だかんだで犬に一家言あるのが面白い。故意に芸を仕込むことや、欧州婦人がおもちゃにするような犬は好かないというのは、それなりに筋が通っていますが「毛の厚い犬を好む」というのは本当にただの好みで笑ってしまいました。「夏目先生のところであったかヘクターと云う名の犬が居たのは」というのは、巻頭の「硝子戸の中」のことでしょう。マークとかアントニーとかいうのはマルクス・アントニウスでしょうか。
「犬と人形」夢野久作(1923)★☆☆☆☆
――東京では今度大地震と大火事がありましてたくさんのひとが死にました。太郎さんと花子さんは、近所のばあやの処へ逃げて来ました。ところが夜になると太郎さんと花子さんは「ポチ、ポチ」「メリーさん、メリーさん」と呼びました。お父様とお母様とは顔を見合わせて、「犬とお人形の夢を見ているのですよ」「どちらも焼けてしまっただろう。可哀そうに……」と言われましたが、あくる朝、太郎さんと花子さんは「昨夜同じ夢をみました。ポチとメリーちゃんは焼けずにいて、早くお迎えに来て頂戴って」と言いました。
正夢の通り、焼け死んだと思っていた犬と人形と再会するという話です。
「犬のいたずら」夢野久作(1922)★☆☆☆☆
――去年の十二月の三十一日の真夜中の事でした。一匹の猪と一匹の犬がヒョッコリと出会いました。「ヤア犬さん、もう帰るのかね」「ヤア猪さん、もう来たのかね」二人は一緒に御飯を食べ始めました。「時に犬さん、その大きな荷物は何だね」「これは犬の年の子供がした、いい事と悪い事を集めたものさ。十二年目になって僕が帰って来た時、良い事をした児には良い事をしてやり、悪い事をした子には何か非道い罰を当ててやろうと思うんだ」
いたずらというタイトルが適切かどうかはともかく、オチも何もなく評価に困ります。初出が1922年(戌年)11月なので、当時は時事ネタとして読めたのでしょう。
「西班牙犬《スペインけん》の家」佐藤春夫(1917)★★★☆☆
――フラテ(犬の名)が急に駆け出して、雑木林に入ると、わっ、わっ!と短く吠えた。その時までは気がつかずにいたが、直ぐ目の前に一軒の家がある。ただ唐突に林のなかに雑っている。西洋風の扉をたたいて見たが、何の返答もない。留守なのかしら空家なのかしらと考えているうち、この家のなかへ入って見たいという好奇心がおさえ切れなくなった。私は入って行くやあとすだりした。入口に近い窓の日向に真黒な西班牙犬がいるではないか。だがこの西班牙犬は柔和な奴の見えて、フラテと一緒に尾を振り始めた。
副題に「夢見心地になることの好きな人々の為めの短篇」とあるように、湧き出たような謎めいた無人の家の観察から一転、犬版の猫町になって幕を閉じます。「西班牙犬」とはどのような犬を指すのかわかりませんが、字面のせいで何やら恐ろしげに思えたりもするので、あるいは著者も字面の効果から選んだのかもしれません。
「犬」久生十蘭(1943)★★★★☆
――愛宕下の真福寺へフランス使節一行が宿泊するようになった。西丸二番隊士の青沼竜之助は、三年前に拾った犬に三太郎という名をつけて可愛がっている。使節の随行モーズ侯爵が「竜、竜……」と呼ぶので、「はっ」とこたえて小腰をかがめたが、白いむく犬がモスの守に駆け寄った。竜之助ではなくリュリュという飼い犬を呼んだのだった。モスの守が坂を降りてゆくと、青沼はリュリュの耳のうしろを掻いて遊び始めた。するといつの間にか戻ってきたモスの守が、「猿!」と叫んで青沼の胸を突き、リュリュの耳を手巾で拭き捨てた。そのことを聞いた二番隊士たちは、リュリュを誘拐してフランス使節に謝罪させようと企んだ。
「公用方秘録二件」と題されたうちの一篇で、『公用方秘録』から抹消されたとされる記事の詳細――という体裁の作品です。日本人を見下すフランス使節随員と、侮辱に断固として立ち向かう日本人が描かれていますが、それはそれとして青沼の犬好きを伏線にしてとんでもない毒をぶっ込んでくるのには、ブラックながら大笑いしてしまいました。モーズの負け惜しみが、「今日はこのくらいで勘弁してやろう」そのものなのも可笑しかったです。
「犬の八公」豊島与志雄(1926)★★★☆☆
――或る山奥の村に、八太郎といふ独者がいました。呑気な男で、のらくらとその日その日を送っていました。或る日、八太郎は子犬を拾って村に帰って行きました。一年に二度ずつ、一度に四匹も五匹も子供を産みました。子犬もやがて親犬になって、それがまた子供を産み初めました。村の人達は呆れ返り、彼のことを犬の八公というようになりました。貧乏人には養うこともできません。するうちに、或る夜中のこと、沢山の犬が一団になって吠え出しました。
豊島与志雄にしては文章が読みやすいと思ったら、どうやら児童文学のようです。イノセントな人間が何だかんだでなるようになる民話のような話で、創作だと思うとストーリーが雑すぎますが民話だと思えば気にはなりません。
「犬」正岡子規(1900)★★☆☆☆
――長い長い話をつづめていうと、昔天竺に閼伽衛奴国という国があって、そこの王を和奴々々王というた。その国の男が王の愛犬を殺し、其罪で死刑に処せられたばかりで無く、次の世には犬と生れ変った。山に捨てられた姨を喰うているうちふと気付いて今迄の罪を懺悔した上で、どうか人間に生れたいと願うたところ、小い阿弥陀様が枕上に立たれて、信心怠りなく勤めよ、と仰せられると見て夢はさめた。さらば諸国の霊場を巡礼したいと考え、終に四国へ渡った。
ネーミングセンスといい、すべてをカッコでくくって私生活ネタにするオチといい、読んでいて痛々しくなってきます。
「犬」田山花袋(1924)★☆☆☆☆
――「馬鹿に鳴くね」Bを見送りに来たMが言った。「H領事の犬だろう? 先生方も今日立つ筈だ」。船に乗ったBのすぐ向うに、会社員のKが坐った。「そこに立っていたあの女」「御存じですか?」「大連でも売れ妓でしたんでしたがね」「何っていうんです?」「徳子です」。そのKが徳子と一緒に下船するのをBは不思議に思った。北京の宮殿の見学からBが戻ると、H夫妻がいた。ドイツ種の大きな犬が夫人の周囲をぐるぐる廻っていた。
今読む価値がない作家の一人。しかも犬はほとんど話に関係ありません。
「白」芥川龍之介(1923)★★★★☆
――ある春の午過ぎです。白と云う犬が横丁を曲ったと思うと、突然立ち止ってしまいました。犬殺しが一人、罠を後に隠したまま、一匹の黒犬を狙っているのです。しかも今犬殺しに狙われているのはお隣の飼犬の黒なのです。白は余りの恐ろしさに、思わず吠えるのを忘れ、黒を残したまま、一目散に逃げ出しました。白は喘ぎ喘ぎ主人の家へ帰って来ました。白は尻尾を振ってお嬢さんと坊ちゃんに駆け寄りました。けれども二人は気味悪そうに白を眺めています。「お隣の黒の兄弟かしら? 体中まっ黒だから」。白は背中の毛が逆立つように感じました。まっ黒! そんなはずはありません。しかし今前足を見ると、まっ黒なのです。
「蜘蛛の糸」や「杜子春」ほど有名ではありませんが、芥川の児童文学の名品です。臆病なせいで仲間を助けることもせず逃げ出した罰に、姿を変えられてしまった犬が、改心して善行を積むことで救われます。芥川の児童作品でこういった内容のわりに仏教臭さがないため、説教臭さがなく純粋に物語として楽しむことが出来ました。
「犬の生活」小山清(1955)★★☆☆☆
――私はその犬を飼うことにした。公園のベンチの上で午睡の夢からさめたら、私の顔のさきにその犬の顔があった。私はある家の離れを借りて暮らしている。「この犬は仔もちですよ。せめてお産がすむまででも飼っていいですよ。」母屋の主人のお婆さんの許諾が得られた。私は犬をメリーという名で呼ぶことにした。私はメリーに代って、獣医から妊娠中の心得を聞いた。
捨て犬を拾ってから子を産むまでが描かれ、唐突に何の関係もないチャプリンの映画の(タイトルの)話で終わります。描写からはあまり犬に対する愛情を感じられませんでした。
「森の中の犬ころ」小川未明(1932?)★★☆☆☆
――町の酒屋の小舎の中で、宿無し犬が子を産みました。「どうか、子供たちが大きくなるまで、ここにおいてください。」と、母犬は目で小僧さんたちに訴えましたが、それは許されませんでした。母犬は、小犬たちをつれて、そこからほど隔たった、ある森の中に引っ越してしまいました。ある日のこと、母犬の留守の間に、酒屋の小僧が一ぴきの小犬をさらってゆきました。子犬をほしがっている家へ持ってゆくつもりでした。
人間の身勝手に翻弄されながらも、我が子の幸せ(と信じるしかないもの)のために忍ぶ、最後まであわれな母犬でした。
「犬と人と花」小川未明(1919)★★★☆☆
――町はずれのさびしい寺に、和尚さまと一ぴきの赤犬とが住んでいました。「おまえも年をとった。やがて極楽へゆくであろうが、私はいつも仏さまに向かって、今度の世には、おまえが徳のある人間に生ま変わってくるようにとお願い申している。」赤犬は、和尚さまの話を聞いて涙をこぼしていました。数年後、和尚さまも犬も、この世を去りました。三十年たち、五十年たち、七十年とたちました。ある村に一人のおじいさんがありました。いつもにこにこと笑っていて、みんなから慕われていました。
ことさらに善人でもなければ幸せというのでもなく、犬と人と花のあいだに明確な繫がりがあるわけでもなく、ただ淡々とした穏やかな生が繰り返されてゆくところに、即物的ではない生の喜びのようなものを感じました。
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