『近藤史恵リクエスト! ペットのアンソロジー』我孫子武丸他(光文社文庫)★★★☆☆

 作家による「リクエスト!」シリーズ第二弾。

「ババアと駄犬と私」森奈津子 ★★★☆☆
 ――篤江ちゃんと呼ばれる近所の老婆は、行動が現代社会向けに洗練されていない「田舎者」である。犬は庭を横断するワイヤーの端から端まで移動することができるので、それを理由にババアは散歩に連れていかない。犬はストレスで誰彼かまわず吠えかかる。

 犬のためならプライドだって正論だって捨ててみせる、これこそ本当の愛情ではないでしょうか。そして愛情を共有していると気づいてしまうと、ババアすらいい人に思えてくる……ようです。
 

「最も賢い鳥」大倉崇裕 ★★☆☆☆
 ――悪魔のうなり声みたいな鳴き声のペットがいる。要請を受けて殺人現場に駆けつけた須藤警部補と薄《うすき》巡査は、被害者が飼っていたヨウムを発見する。四歳児ほどの知能を持つとされているヨウムは、殺人の起こったショックで口がきけなくなっていた。

 被害者のペットの引き取り手を見つける総務課シリーズ。最後が果たして「いい話」だったのかどうか、判断に困ります。ペットに無知なるがゆえの犯人の落ち度を、ペットに詳しい警察官が見抜くのですが、紫陽花はともかく止まり木の方の手がかりは知識が専門的すぎることもなく、徐々に外堀から埋めていくのが面白かったのに、最後の最後に安易な解決法なのが残念でした。
 

「灰色のエルミー」大崎梢 ★★☆☆☆
 ――高校時代の同級生・佐田美鈴から猫を預かってもう四日目。定時にあがる栄一を見る同僚の目が冷たい。美鈴が事故に遭って重体で入院しているということを聞いたのは、五日目のことだった。ハンドル操作を誤ったということだが、バイク乗りが逃げていることから、事件の可能性もあるらしい。

 あまりペットの魅力・可愛さは伝わってこない短篇でした。それもそのはず猫は飽くまでミステリの小道具(それも古典的な)なのでした。
 

「里親面接」我孫子武丸 ★★★★☆
 ――宮下と夫婦役だなんてバレやしないだろうかと不安になる。あたしの慣れないマダム口調を気に留めることもなく、谷川夫妻はキャリーケースを置いた。「可愛い……」思わず口にして、あたしは用意しておいた子犬の里親希望者身上書を谷川夫人に手渡した。この家の本当の持ち主が帰ってくるまでに片がつくだろうか。

 ペットそのものというよりは、里親制度を利用したトリッキーなミステリですが、ペットの可愛さを利用しているとも言えます。どうやら他人の家を占拠しているらしい二人組の、「悪巧み」の正体が意外な一篇でした。
 

「ネコの時間」柄刀一 ★☆☆☆☆
 ――人間と猫とでは歳の取り方が違うのよ。人間の一年が猫の四歳くらい……六歳だった真子は、あっと言う間に追い抜かれてしまった。人前で話すのが苦手だった真子が話せるようになったのは、みゃーに話しかけていたおかげだ。

 小沼丹的猫文学を気取った挙句、感動的(であるつもりらしい)オカルトで締めた、最悪の一篇。
 

「パッチワーク・ジャングル」汀こるもの ★★★☆☆
 ――爬虫類との生活には謎しかない。修司さんは十一匹もの爬虫類を飼育している。加湿器も霧発生装置もフル稼働。餌となる虫まで飼育している。遅くなるときにはいつも「加湿器に水を入れておいて」というメールが来るのに、今日にかぎって何もない。会社に電話してみると、金庫が荒らされ、修司さんが姿を消していた……。

 爬虫類愛に満ちていますが、爬虫類そのものの愛らしさではなく、爬虫類を愛する人間の奇矯な生態に筆が費やされているのは致し方のないところでしょうか。爬虫類の飼育の難しさについて、知らないことがたくさん書かれていて興味深い。爬虫類と事件そのものには関連性はありませんでした。
 

「バステト」井上夢人 ★★★☆☆
 ――両足の親指で引き金を押し下げれば、自分の脳味噌を打ち抜けるだろう。しかし、肝心の弾丸は一発もない。自殺願望のようなものがあると気づいたのは二年ほど前だ……。テナントビルを建てるための買収計画の対象となっている骨董屋で、篤志はバステトというエジプトの猫の女神像を見つけた。その晩帰宅すると、黒猫が紛れこんでいた……。

 ペット小説という依頼なのに、ペットとは言えないモノを出してくるあたり、小説の内容だけでなく作者も相当意地が悪い。神秘的に見えて、やっぱり黒猫は不吉でした。
 

「子犬のワルツ」太田忠司 ★★★★☆
 ――息子に分解されたオルゴールの修理を持ち込まれた。健太というその子は何でも確かめてみないと気が済まないらしい。来客を見て尻尾を振るステラを見て、声をあげた。犬が大好きなようだ。数日後、ステラがいなくなった。

 理知的な子だからこその行動に胸を打たれます。この子のなかでは辻褄が合っていたんですね。そして、だからこそ証明されればきっぱりと諦めるところも筋が通っています。こまっしゃくれたガキだというのに、愛情が伝わって来て困ります。
 

「『希望』」皆川博子 ★★★★☆
 ――ペットを飼っています。ムザムザです。守宮の名前です。コケシがくるようになったのは、ムザムザを飼い始めてからだ。コケシは人間だ。いつも勝手に訪れる。ギターをむき出しでかついでくる。以前にも、バイクの話を書いたから、革ジャンの人間が来たことがあった。

 ジョージ・フレデリック・ワッツ「希望」をモチーフにした一篇。目が見えず一本だけ残された弦に耳をすり寄せる状態を「希望」と名づけるワッツのセンスがそもそもただならないのですが、この結末からするとまさか、そんな一本の弦すらない模写を描いた語り手の、「希望」とは愛のことだったのでしょうか。ドリアン・グレイもの。
 

「シャルロットの憂鬱」近藤史恵 ★★★☆☆
 ――初心者ならしつけのできている成犬がいい。叔父にすすめられて、元警察犬を飼うことになった。シャルロットは確かに賢かった。近所に泥棒が入ったときには吠えて知らせた。賢いだけにすぐにズルも覚えた。呼んでも聞こえないふりをする……。その日、わたしがドアを開けると、家中が荒らされていた。心配になってシャルロットの名前を呼んだ。

 完璧でないところがむしろ愛らしく、ペットならそのほうが愛着を感じてしまいそうです。

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