『比翼』泡坂妻夫(光文社文庫)★★★☆☆

『比翼』泡坂妻夫(光文社文庫)

 テーマごとに四部に分けられた短篇集。職人・奇術・恋愛・ホラー・人情・謎解き等、盛り沢山です。
 

「一の部屋/職人気質」

「風神雷神」(1996)★★★★☆
 ――新田は弘子の着物にある黄色い輪に気づいた。輪ゴムが原因だった。浸抜屋に持って行かなければ。浸抜屋の並木と話をしているうち、衣紋掛けに吊るした着物の前門がずれているのが気になった。「模様師の腕もいいぜ」と言って並木が裾模様を見せた。風神雷神図の趣向で、二人の童子が描かれていた。新田は口がきけなくなった。二十年も前、この着物を着た多澪は、新田に別れ話を告げたのである。

 特徴的な着物の模様から記憶は過去へと飛び、ずれた紋の理由が明らかになってわかるのは、かなり古いタイプの男と女の関係性でした。ゴムによる色褪せから始まり、涙による袖の汚れに繫がってゆく流れが非常に綺麗です。
 

「筆屋さん」(1996)★★★☆☆
 ――「根来《ねごろ》の息子です」と言われてもすぐには思い出せなかった。筆屋さんが亡くなったのはもう二十年も前だ。「家を建て替えることになって親父の部屋を掃除していたら、昔の商品が出てきたんです。紋屋さんに見てもらって使ってもらおうと思って」。近頃はいい筆がない。だから昔ながらの筆との再会はありがたかった。若い頃の筆屋さんはずいぶん無理をしていて、大八車に材料を積んで東京から仙台まで往復していたそうだ。

 家の建て替えで二十年前の遺品を分けてもらえたのも縁ならば、それがきっかけでむかし買った紙の間から写真が見つかるのも縁であり、そうした縁が続くからこそ筆屋と若い娘も受け入れ、筆屋の息子が父親の遺品を手許に置いておきたくなるのでしょう。
 

「二の部屋/奇術の妙」

「胡蝶の舞」(1997)★★★★★
 ――庄次郎は江戸で評判の谷川定吉「うかれの蝶」を見た。紙の蝶は生けるようにひらひら飛びはじめた。庄次郎は楽屋を訪ね、うかれの蝶の伝授を請うた。――師匠である初代の近江屋庄次郎が二代目に選んだのは庄二だった。一人娘の長と一番弟子の庄太はそれが気に入らず二人して家を出た。それが師匠が亡くなった途端、長と庄太が戻って来て、庄次郎を継いだ庄二に名跡を返せと迫ったのだ。会ったときから長には、しゃっちょこ張ったところを嫌われていた。定吉から芸を教わった庄次郎は、師匠の名前と道具を長に返しに行った。「そういう堅いところが好かねえのう」。庄次郎は柳川一蝶斎と名を変え、うかれの蝶を磨き上げて大評判を取った。庄太は賭博場に入り浸っているという噂だ。長に援助をしたいが、怒りを買うだけだろう。

 江戸の実在の手妻師・柳川一蝶斎をフィーチャーしたもの。とは言っても中心となっているのは、一蝶斎を名乗る以前の、恩師の娘・長とのしがらみです。生真面目すぎる一蝶斎と、それに反発してしまう長。すれ違っていることがわかっていながらすれ違わざるを得ない、これはもう性分とか生き方の問題で、変えられないからこそしがらみも深くならざるを得ない。一蝶斎の持ちネタである蝶の奇術と、蝶は死者の魂という言い伝えという、この作品の元ネタアイデアに由来すると思しき蝶の群れのシーンは圧巻の一言です。無論のこと、長は蝶に通じますから、最初から最後まで蝶を追い求めていたのでしょう。
 

「スペードの弾丸」(1999)★★★☆☆
 ――機巧堂主催のマジックコンベンションの翌日、四十年前の話になった。アメリカから名人のサイチーニが来日したことがあった。入江という大学生でサイチーニのマニアがいたのだが、石田天海がサイチーニと旧知だったころから、昼食をしてくれることになった。食後は奇術合戦になったが、印象に残っているのはサイチーニでも天海でもなく、入江が見せたメンタルマジックだった。入江はカードに手を触れず、サイチーニらがカードを切り、第三者が選んだカードは、糊付けされた封筒に入っていたものと同じだった。サイチーニは専門誌への発表を打診したが、入江はそれ以後クラブに来なくなった。入江に会ったのもそれが最後だった。

 一級の奇術師も驚愕したカードマジックの謎。観光地の願掛けをきっかけに明らかになったのは、運命のいたずらと術師の覚悟でした。猟師同様マジシャンという職業もまた、験を担ぐ人たちが多そうですから、験が顕れたからには供物を差し出さなくてはならなかったのでしょう。恐らくはマジシャンとして大成することもなかったであろうアマチュアですが、賭けた十分の一とその見返りによって人の記憶に残ることは出来ました。手に入れたものは猟師にとっての命に匹敵するのでしょう。その心構えと覚悟は間違いなくプロ級でした。
 

「赤いロープ」(1999)★★★☆☆
 ――根本君は探偵小説のマニアで、奇術愛好家でもある。ハワイに遊びに行ったとき、マダム美城の芸に出会ったという。かなり興奮気味で、素晴らしい奇術師を観て来た、と言う。「はじめて聞く名だ」「デビューしたのは昨年だそうです。そして青瀬先生の小説の愛読者です」「そりゃ光栄だ」「大学で古代の縄文字の研究をしていて、奇術の結び方にも興味を持つようになったんです」。三月後にはマダム美城のショウを観に行くことになった。普通の宴席と違い、客席に赤いロープが一本ずつ置かれていた。ショウの合間にロープ奇術をするつもりらしい。マダム美城にはオーラがあった。強いて難を言うなら、ボウルの扱いにやや不安定さが感じられた。

 本書のなかでは珍しくトリッキーな謎解きミステリです。泡坂妻夫をもじった青瀬勝馬同様、曾我佳城をもじったようなマダム美城が登場します。華のある奇術師のもたつきの原因からたどって、奇術のネタをそのまま使っているところが大胆です。
 

「三の部屋/怪異譚」

「思いのまま」(1996)★★★☆☆
 ――カメラマンの沼本は、山でイチイに夢中になっている男と知り合いになった。名詞には「あららぎ園芸 鷲尾辰也」と印刷されている。「気に入ったものを、画家がカンバスに写すように、私の場合は本物の木を使って作品を作ってゆくわけです。平たく言えば盆栽です」。それがきっかけで、育てた盆栽を撮影してほしいという依頼を受け、沼本は鷲尾の家を訪れた。「妻の美采《みどり》です」と紹介された女性は、鷲尾の妻とは思えない若さだった。それから何日か経って、鷲尾からまた撮影の依頼があった。「沼本さんは人物を撮ることもあるんでしょう」

 やたらと盆栽に熱い人だったのは伏線と言えなくもなく、鬱陶しいほどの情熱がそのまま狂気に向かえば、行き着く先は必然なのでしょう。
 

「お村さんの友達」(1995)★★★☆☆
 ――「お前が優しくするのは遺産目当てだろう」。久し振りに会ったお村さんに嫌味を言われた。秋子の曾祖母に当たる人だが、子供のごろ見たときから変わらず魔法使いのお婆さんの顔をしていた。お村さんの夫も、秋子は敬遠していた。幼稚園のころ、母親から買ってもらった人形をまり子ちゃんと呼んで寝るときも一緒だった。それを聞いた曾祖父が、「ものに人の名を付けるのはよくねえ。魔が差す」と言った。まり子ちゃんを蔑視されたようで腹が立った。その曾祖父が病死して、お村さんは一人暮らしになった。癌になって入院したお村さんは、「アキラはどうしているかな」「ウタエは浮気者で面白かったねえ」と口走るようになった。

 頑固なおじいさんが死んだあと反動のように奔放になったというのはただの勘ぐりでしたが、方向性が違うだけで反動であったのは間違いありませんでした。歳を取ると子どもに帰るとはよく言ったものです。
 

「四の部屋/恋の涯」

「比翼」(2000)★★★★☆
 ――根山が煙草を吹かしていると、テレビが若い女性の刺殺事件を報じはじめた。そろそろバスが出発する。玄関に出た根山を見て、幹事の沼崎が首を傾げた。「もうバスは出たぜ」「変だな。俺は長須と一緒で叔母帰り峡谷へ行く組だ」背の高い長須と妻の美津子はペアルックだから遠くからでもすぐに判る。「長須なら行かない。布川さんの識り合いが急死したらしい」。根山は長須に声をかけた。「予定、変わったんだってね」「ああ、彼女の友達が殺されたんだ」「それは……」上野駅で二人と別れたあと博物館に入った。質屋の根山にはただの閑潰しではなく骨董の鑑賞眼も養える。喫茶室に入ると、見覚えのある女性に声をかけられた。「ご一緒させて。いいかしら」

 ペアルックから道行きを連想する発想といい、さらにはそのペアルックを巡る「DL2号機事件」のような奇妙な論理から炙り出される彼女なりの恋の顚末といい、泡坂妻夫にしか書けない恋と恐怖とミステリの形です。根山が博物館で出会った女性と語り合う例え話の内容(叔母帰り峡谷にバスが転落して、根山だけが生き残る)が、著者の短篇「奇跡の男」に繫がるという遊びも施されていました(ただしあちらは栃木県の叔母返り渓谷)。
 

「記念日」(1998)★★★☆☆
 ――殺人事件の現場に駆けつけると、望月警部はテレビのスイッチを入れた。敬老の日にお年寄りが自殺したというニュースをやっていた。望月は署で見ていた野球中継にチャンネルを変えた。完全試合は目前だ。斧技官が浴室から声をかけた。浴槽の中は真っ赤だった。室山由可子の左手首には文化包丁でつけられた深い傷痕があった。第一発見者は、由可子がアルバイトをしていたレストラン店長の中神だった。由可子から部屋に誘われたから訪れたのだと主張している。だが同僚によれば、由可子は中神からしつこくされて嫌っていたという。さらに捜査を進めると、由可子は男に貢ぐため夜の仕事をしていたことがわかった。

 斧技官と望月警部登場。ほかに東慶寺圭治刑事という凄い名前の刑事が登場します。冒頭の野球中継の話が無関係のはずはないとわかってはいても、どういう意味を持たせているのか悟らせないのはさすがです。ただ、動機としては異常なものではなく理解できるものでした。
 

「好敵手」(1998)★★★☆☆
 ――「高校生のとき俺をばかにしていたろう」「いいえ、ピッチャーの溝口君とキャッチャーの米山君。とても恰好がよかったわ。無視したのは溝口君じゃないの」「無視したんじゃない。憧れてたけど声も掛けられなかった。なにしろ、千恵子さんは成績が一番だったから」「あら、一番は阿紀さんよ。わたしの家の近くに住んでるの」「知らなかった。確か、ご主人は国税局に勤めている。君のご主人は運輸局だった。矢張り出世いているんだろう」はじめに溝口を誘ったのは千恵子だった。夫は地位のある男だから多忙に違いない。妻との関わりが薄くなり、貞淑な千恵子の心に隙が生じたものと思う。

 タイトルが「好敵手」なのだからネタバレみたいなものですが、「比翼」にも似た独特のロジックが広げられていました。無論、男の疑心暗鬼である可能性も高いのですが、疑念に気づいてしまった以上は無視できるものではありません。
 

「花の別離」(1997)★★★★☆
 ――南津が外から歸ってきたのを見て、しずは一瞬、人違いかと思った。普通の丸髷から西洋風の束髪に結いなおされている。「どうだね。似合うかい」「……すっかり若返りました。よくお似合いです」「お前もどうかい」「でも……内の人が嫌がると思います」「そうだねえ。あの人もそうだった。文明開化が大嫌い。親父譲りだね、銀之助は」嫁入りしてまだ一月ばかり。どうにか新しい生活に馴れてみると、貫屋に奉公していた日日とあまり差があるとは思えなくなった。姑の南津はさっぱりした質だし、銀之助も優しかった。十五で奉公したとき、貫屋には九歳になる娘の玉がいた。しずは玉に気に入られ、学校の送り迎え、玉が習っていた歌沢の稽古場にも一緒に行くことになった。玉が十六歳になったころ、婿養子の話がもちあがった。徴兵逃れのために次男、三男を一人娘のいる家に婿養子に出す例が多くなっていた。玉と映作の仲は順調で、結納も交わされたが、玉が体調を崩してお流れになってしまった。しずがそのころの稽古本を読み返してみると、玉が書き込んだ歌詞が目に留まった。歌沢にしては直情に過ぎる歌詞は、玉が作ったものに違いない。

 飽くまでメインは玉の物語なのですが、玉が裸身を見せつけたエピソードにしずが影響を受けることで、しずの物語にもなっていました。そのうえで最後の南津のちょっとした自慢を読むと、そんなただの何気ない自己顕示みたいな言動さえもが女の業そのものに感じられてきます。さり気ない描写に意味を潜ませるという著者の十八番が、ミステリとは別の形で発揮された名編です。玉の物語だけならさほど優れた作品とも思えないのですが、そこにしずの行動と南津の言動を重ねてゆくことで、彼女たちの奥底に潜む否定しがたい冷たく強い何かに、背筋を撫でられたようでした。

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