『ミステリ・オールスターズ』本格ミステリ作家クラブ編(角川文庫)★★☆☆☆

 本格ミステリ作家クラブ創立10周年記念の、書き下ろしアンソロジー。気になる作家・作品だけを読みました。
 

「続・二銭銅貨北村薫 ★★☆☆☆
 ――平井さんが、訪ねて来た。「君からあの話を聞いたとき、これこそ智的小説だと思った。それを書いてみたまえ、と勧めたが――君は、断った」「乱歩さんがお書きになったから『二銭銅貨』は優れた物語になったのです」「しかしだよ、『松村』が取りに行くまで札束が残っていると、どうして『私』にわかったのだろう」

 乱歩「二銭銅貨」の穴を、「物語の元になった事件の真相」という形で、フォローしようという試みですが、単独のミステリとしてさして意外性や完成度があるわけではなく、飽くまで趣向倒れになっていると思います。
 

「腕時計」小島正樹 ★★★☆☆
 ――金庫に何千万もの金が入っているという噂を聞いて、私は内田家に忍び込んだ。内田喜栄子の口と両手首にガムテープを巻きつけ、ナイフで脅すと、金庫のダイヤルをまわし始めた。だが私が札束をバッグに入れている隙に、喜栄子が逃げ出そうとして、靴箱に頭を打って死んでしまった。そのまま通り過ぎようとして、足を止めた。死体の右手から覗く腕時計に、私はすっかり魅了されていた。

 かなり強引なところのある○○トリックで、意外性にあっと言わされるというよりは、よく頑張ったなあと苦労をねぎらってあげたくなってしまいました。
 

「少しの幸運」森谷明子 ★★★★☆
 ――不運の中にも少しの幸運はある。たとえば誰の目も惹かない容貌。これがメリットでなく何だろう。人一人、殺そうというときに。夫の浮気を知ったのは、三ヶ月前。ふとしたきっかけで携帯見てしまった。――お土産ありがとう。私がもらったのと同じスカーフが写っていた。

 完全犯罪がうまくいかないのはいたしかたのないこと。それより何より、浮気相手に「別れを告げるつもり」だった、という夫の言葉が薄ら寒いです。――つもりだったのに、何てことしてくれたんだ、と。罪の重さから言えば殺人こそ許されないことではあるのですが、とはいえ夫のズレ方も相当なものです。ましてや別れようと思ったのは良心によるものではなく、泥舟から逃げるつもりだったらしいと来ては――。事件を通して人間心理を穿つ、という意味では、強烈すぎるほどの本格ミステリでした。
 

「最後の夏」松本寛大 ★★★☆☆
 ――タビーがいなくなった。母が客を子どもを勝手に姉の部屋に入れ、逃げられてしまったのだ。姉は悲しんだが、いつか猫の方から戻ってくるのだと信じているようだった。「ずっとそばにいるって、約束したもの」姉が修学旅行に行っているあいだ。わたしは夢を見た。猫の声がする。タビーがいた。

 「島田荘司選 第一回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞」受賞作家。辻真先の熱い前書きとは裏腹に、三十枚以内という枚数にみんな苦戦しているようで、出来不出来以前に「本格ミステリ」が少ないです。大筋でファンタジーめいたこの作品でも、夢のシーンを伏線にして本格ミステリっぽくしようという苦労がしのばれます。
 

「ある終末夫婦のレシート」柄刀一 ★★★☆☆
 ――夫「コスメRafia新宿店 香水、ルージュ」 妻「ゴルフの青木 ゴルフクラブセット」「かのと屋 バースデイケーキ」 夫「ミナトスポーツクラブ ダイエット紳士コース」 妻「請求書 青沼興信サービス」

 タイトルずばり。レシートだけで構成されたミステリです。
 

「完全無欠の密室への助走」早見江堂 ★★★☆☆
 ――買い物から帰る途中、雨が降り出した。ママは廊下を突進して、途中でばたんと倒れた。タコ糸が張ってあったのだ。パパは密室ものを思いつくと、実際に試してみるのだ。でもタコ糸が回収されていないんじゃ密室は失敗だ。客間のドアが開かない。密室自体は完成していたのだ。僕は窓から中を覗いた。パパが天井からぶら下がっていた。

 矢口敦子の別名義。「早見江堂」の方が後なんですね、よくわからん。母親の行動のちょっとした違和感から、犯行を見破った「僕」が、完全無欠の密室で復讐を誓う、という話で、タイトルの通り「助走」です。

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