『棺のない死体』クレイトン・ロースン/田中西二郎訳(創元推理文庫)★★★☆☆

 『No Coffin for the Corpse』Clayton Rawson,1942年。

 ロースンというと結末がしょぼい記憶があったのだけれど、読み返してみるとけっこう面白かった。確かに派手なトリックがない分しょぼく感じてしまうとは思うけれど。

 死を恐れ死後の世界の研究をさせている大富豪ダドリ・ウルフの許に、FBIを名乗る男が失脚もののネタを持って現れます。強請られたウルフが怒りのあまり男を殴りつけると、男はそのまま倒れてしまいました。居合わせたハガード医師が脈を取ったところ、男は死んでいました。ウルフはスキャンダルを恐れて男を松林に埋め、口裏を合わせさせます。ロス・ハートはウルフの娘ケイとの結婚を許してもらおうとして、マーリニは舞台のスポンサーになってもらおうとして、二人がウルフ邸を訪れたところ、目の前で幽霊騒ぎが持ち上がります。二人を含めた目撃者の目の前に顔と手が浮かび上がり、警報装置を作動させもせず消えたのです。どうやらウルフたちは幽霊の正体を知っているようでしたが……。その後もウルフ邸ではボート番の失踪、拳銃の紛失、といった事件が起こり、独自に調査を続けるハートたちが、ウルフが必死で隠そうとしている書斎に入り込んだところ、銃声が聞こえ――。

 確かに古い探偵小説を読み慣れた人間であれば、幽霊がある人物の部屋で消えた時点でその人物が怪しいと感づいてしまうでしょうし、終盤でどんでん返しに思わせておいてどんでんせずという構成は尻すぼみ感を覚えさせてしまいます。

 しかしながら、古典的な奇術トリック(=浅い呼吸による仮死)と密室・不可能犯罪もののバリエーション(=被害者はみずから墓に入ったが共犯者に裏切られた)を組み合わせて「何度でも甦る男」を演出する手際にはやはり手慣れたものがありました。

 書斎に忍び込んだロス・ハートが縛られて海で溺れさせられそうになる理由にも、錯誤が巧みに用いられていますし(=犯人が共犯者である「死なない男」を殺そうとしたが暗闇のなかで間違えた)、死なない男が事故死したトリック(=車のボンネットに入れたドライ・アイスで意識朦朧)も、「死なない男」の能力を考えれば皮肉ですし、消えた煙草の火から真相を導き出すマーリニの推理も冴えていました。

 トリックでびっくり!だとか、読み終えてカタルシス!とかいうのを過度に期待しなければ、わたしがロースン好きなのを差し引いても、なかなかの佳作だと思いました。

 強大な権力を有する実業家ウルフには、死を異常に恐れる一面があった。怪しい男の来訪をきっかけに彼の周囲では怪異現象が続発し、ついにはウルフ自身が不可能状況下で殺害される! 何度死んでも生き返る“死なない男”の存在が不気味な影を投げかける、奇術師探偵マーリニが手がけた最大の難事件。カーと並ぶ密室本格派の名手が、二重三重の仕掛けを駆使した謎解き推理長編!(カバーあらすじ)
 

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