『紙魚の手帖』vol.16 2024 APRIL【駅×旅】

紙魚の手帖』vol.16 2024 APRIL【駅×旅】

「きみは湖」砂村かいり
 ――毎年同じ日に同じ場所で購入された切符。いなくなった恋人が集めていたそれを頼りに、わたしは「湖に浮かぶ駅」に降り立つ(惹句より)

「そこに、私はいなかった。」朝倉宏景
 ――高3の夏、真央の応援にたどり着けなかった「私」。彼の一軍初登板の今日、再び西に向かう(惹句より)

「雪花の下」君嶋彼方
 ――突然、子供を連れて実家に帰ってしまった夫と、夫の兄。翠と義姉は、それぞれの夫を追ってふたり北海道へ(惹句より)

「明洞発3時分、僕は君に撃たれる」額賀澪
 ――不倫報道から一年後、ソウルの街で再会した二人と、その跡を追う週刊誌記者。これは果たして逃避行なのだろうか――(惹句より)

 額賀氏を除いて未知の作家ばかりだったので期待したのですが、似たような雰囲気の作品ばかりでがっかり。
 

「創立70周年記念企画 エッセイ わたしと東京創元社芦辺拓綾辻行人貫井徳郎日暮雅通宮部みゆき、ピーター・スワンソン

 こういう類のエッセイは当たり障りのないものになってしまいがちですが、芦辺氏の開き直ったかのような「自著語り」がそのまま「わたしと東京創元社」というテーマに沿っていたのがお洒落でした。
 

「暮林紅子の誤算」東川篤哉 ★★☆☆☆
 ――ミステリ界の大御所、暮林耕造がひとり暮らしを営む豪邸『銀嶺館』。すっかり雪化粧したその屋敷に、今は五人の人間が滞在していた。耕造の姪、暮林紅子は若手女優で、何よりお金が大好きだった。紅子は脚本家志望の下村に、叔父殺しを持ちかけた。自殺に見せかけて密室のなかで殺そうというのだ。耕造に酒を飲ませて倉庫に運び、ロープで吊り下げて殺したあと、倉庫を密室に仕立てるのだ。紅子は裏口の錠を確認し、正面扉の錠を剝がしてから外に出た。雪の重みで開かない扉を、錠が掛かっていると錯覚させようというトリックだ。

 「〜を読んだ男」同様の犯人の失敗譚です。自らが仕掛けたトリックに足許をすくわれるという構図は面白いものの、ギャグもトリックもしょぼいのが残念です。【※実は裏口の錠は閉まっておらず雪の重みで動かないだけだったのが、トリックのため正面扉に雪を移動させたため裏口が開いて密室ではなくなっていた。
 

「創元ホラー長編賞受賞作決定」選評:澤村伊智・東雅夫・編集部
 選評だけであらすじも詳しいところはわからないので何とも。
 

「第6回 鵺の記録」熊倉献
 ――私の父は鵺でした。父の場合、頭は虎、胴は猿、手足は人間、尾はセンザンコウでした。覆面作家としてミステリー小説を書いていました。顔が虎では働きに出る訳にもいきません。私と両親に血の繫がりはありません。私の頭にはキバタンの冠羽が生え……。

 原点回帰とでもいうのか、1話のテイストに戻った感があります。
 

「〝たかが〟とはなんだ〝たかが〟とは」赤野工作 ★★★★☆
 ――ソビエト連邦科学アカデミーの主任研究員、グレゴリー・キーロフも、〝手土産〟を持って亡命を試みた内の一人だ。「〝行く当てがないようなら、是非うちにいらっしゃいませんか〟」「〝ありがとう、では西までうかがうよ〟」繰り返し、メモに書き込まれた合言葉を復唱する。待ち合わせ場所に車が近づいてくる。合言葉を済ませると、キーロフは後部座席に乗り込んだ。「CIAのロバート・クロウリーです。もちろん偽名ですからご安心を……遺伝子工学の研究資料はどちらに?」「ここだよ」トランクを胸元に強く抱えた。「我々がどれほどの犠牲を払ってきたかご存じですか」「何を大袈裟な……遺伝子工学は児童の知能開発を建前に計画されたプログラムだ。これは〝たかが〟……」「〝たかが〟はないでしょう、博士。遺伝子工学にはそれだけの力がある」「君は、遺伝子工学が人民の人格破壊かなにかの為に作られたと、そう考えているのか?」

 ソ連から西側に亡命するコンピュータ技術者にまつわる、二転三転する国際謀略小説――だと思いながら読み進めていくと、何と陰謀ではなく陰謀論の話でした。話が通じないまま同じようなやり取りを繰り返す、悪夢のような対話は、スパイ小説の戯画でもあり現実の戯画でもあり。読み終えてからエピグラフを振り返ると、なるほどそういうことかとニヤリとしてしまいました。
 

「みすてりあーな・のーと その3 艋舺《ばんか》謀殺事件」戸川安宣
 1898年、台湾の新聞「台湾新報」に連載された、日本語で書かれたミステリー。
 

「乱視読者の読んだり見たり (11)ナボコフの「スタイル」――『セバスチャン・ナイトの真実の生涯』の書き出しを読む」若島正
 批評家のマイケル・ウッドについて。
 

「第24回本格ミステリ大賞予選会選評・選考経過」市川憂人・今村昌弘・宇田川拓也・織守きょうや・嵩平何、霧舎巧福井健太
 予選委員も小説家が務めていて、予選の選評もこうして公開されることを、初めて知りました。霧舎巧は運営委員なんですね、新作を発表して欲しい。
 

「INTERVIEW 期待の新人 白川尚史『ファラオの密室』」
 古代エジプトが舞台のミステリ。振り切った感じが面白そうです。
 

「INTERVIEW 期待の新人 真門浩平『ぼくらは回収しない』」
 第19回ミステリーズ!新人賞受賞作「ルナティック・レトリーバー」を含む作品集。
 

「INTERVIEW 注目の新刊 浅倉秋成『家族解散まで千キロメートル』」

「BOOK REVIEW」
 『黄土館の殺人』阿津川辰海は、シリーズ最新作。

 『三十九階段』ジョン・バカンは、新訳ではなくエドワード・ゴーリーの挿絵を付したもの。

 [amazon で見る]
 紙魚の手帖 vol.16
 


防犯カメラ