キャンパス・ライフが目に浮かぶようです。
ところがどっこい。京極夏彦やハリポタが売れている昨今では、学生でなくともぶ厚い本を読むのです。辞書や文学全集や哲学書とは限らない。ベンチがある場所も、学内かもしれず、公園かもしれず、駅の構内かも喫茶店かもしれないのである。
もしかすると、ぶ厚い『北斗の拳』のコンビニコミックを、遊園地のベンチに落としたシーンかもしれません。
そうはいってもやはり、こういうのには文学的なのが似合います。
少しわかりにくいですが、上の絵の本は象牙色に塗ってあります。創元ライブラリ『中井英夫全集』の色です。読んでいたのは『虚無への供物』。〈青い薔薇〉を「咲かせるよう」な「くちづけ」――〈青い薔薇〉とは不可能の薔薇。そんな不可能を可能にする力が、恋をする二人にはあります。無敵の一瞬。
徐々に「咲かせる」のではありません。「一度に」「咲かせる」とあります。ということはおそらく激しい「くちづけ」なのでしょう。ところがこの歌には肉感的なところもエロティックなところもない。情熱的ではありますが、受ける印象はむしろさわやかなものでしょう。「厚き本」という言葉にはどこか、そう思わせる力があります。
絵にするとわかりやすいですが、この歌を上の句から読んでいくと、最後に視線はベンチに落ちた「厚き本」のところに向かいます。絵には描かれていない上の部分で何が行われているかは、「あとはわかるでしょ」といったような感じでしょうか。
これが、落としたのが「厚き本」ではなく、食べ物か何かだったりしたら、さわやか路線からぐっとエロティック路線に近づいていたんじゃないかと思うのです。
雁書館 (2002.12)
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