『レオンと魔法の人形遣い』(上)(下)アレン・カーズワイル/大島豊訳(東京創元社)★★★☆☆

 レオン・ザイセルはニューヨークのクラシック学院に通う四年生の男の子だ。父親を亡くし、母の勤め先の一つ星ホテル・トライモア・タワーで暮らしている。四年生になって新しい担任がやってきた。ハグマイヤー先生。真っ黒でヘルメットみたいな髪に、黒いマント、黒いブーツ、肝臓色のストッキングを身につけた鬼ババだ。マントにはボタンの代わりに目玉がついている。大きくて醜い耳は私語をいっさい許さない。「敏捷な精神は敏捷な指に宿る」という学園のモットーを誰よりも愛する鬼ババの授業は、あろうことか裁縫だった! 少し不器用なレオンにとっては大問題だ。乱暴者のランプキンには殴られるし、最悪だ。レオンは親友のP・W、リリィ=マティスとともに、なんとか立ち向かおうとするのだが……。

 まずは装丁。パステルカラーのバックに縫いぐるみ。いかにもジュヴナイル、だと思ったのだが、よくよく見るとなんと目玉柄! カバー中がいろんな目玉、○上や○下の○も目玉。楽しいです、こういうの。不気味といえば不気味だし。

 『驚異の発明家の形見函』bk1amazon『形見函と王妃の時計』bk1amazon]の作者によるジュヴナイル・ファンタジー。というのは期待しない方がいい。ファンタジー要素はほとんどない学園小説だし、ペダンティックで幻術めいた語りもありません。

 とはいえ設定がすでにぶっ飛んでいます。「敏捷な精神は敏捷な指に宿る」をモットーに掲げる私立小学校。新しい担任は教科などそっちのけで、裁縫を教えます。レオンが暮らすホテルも風変わり。あまり上品とはいえない団体客が入れ替わりたちかわり(時には動物を連れ込んで)宿泊するのでまるで動物園のよう。レオンの部屋の裏では古い製氷器〈氷の女王〉がゴロゴロ・グルルンと音を立てているので夜は眠れない。

 この、ホテルを舞台にしたレオンの日常が読んでいて面白い。

 タクシー運転手の国籍をコレクションしているレオンの趣味が秀逸。ハイチ生まれの運転手ナポレオン・ドゥランジュとの友情もいい味だしてます。P・Wやリリィ=マティスら子どもの友だちよりもむしろいい。「♪タークシ〜ドライヴァ〜苦労人と〜み〜えて〜/あたしーのー横顔〜見て見ぬふーり〜」てな歌を思わず連想しちゃったよな、他人の胸中を察してくれる素晴らしい運転手さんです。気分を数値化する癖や、フランス語混じりの「あたし」口調の訳文も捨てがたい。レオンがナポレオンと聞いてボナパルトよりもまずナポレオンパイを連想するあたりが子どもらしくて可愛らしい。

 その他、レオンに裁縫を教えてくれる清掃係のマリアだとか、ホテルを切り盛りしながらレオンを育てている熱血な母親エンマ、ツバを壜の中に吐き捨てる体育教師のコーチや、生徒には厳しいんだけれどどこか情けない校長先生、などなど概して大人の方が魅力的です。

 誕生日に贈られたエンマのプレゼントとナポレオンのプレゼントがおしゃれで素敵だし、配管工組合との真夜中の邂逅もいかにも海外の児童文学っぽい名場面でした。

 レオンの親友二人P・Wとリリィ=マティスがちょっとうるさすぎる印象でした。理屈っぽいP・Wと姦しいリリィ=マティスがのべつまくなしに合いの手を入れるので、少し(すこーしだけ)鬱陶しかった (>_<)。

 この二人がもう少し引っ込んでいてくれたらなーと思ってしまったのでした。ハグマイヤー先生に縄跳びをさせたりカタパルトの計画を練ったりする場面にいまいち乗り切れなかった。ゼナ・ヘンダースン「忘れられないこと」のなかで、栗鼠と二十日鼠を取り替えっこして大喜びするジーンのことや、新しい唾の吐き方を自慢するトム・ソーヤーのことは、ものすごくよくわかるし共感できるから、感性の違いといってしまえばそれまでだけど。実際の子どもに読んでもらってどう思うのか聞いてみたい。縄跳びのシーンが面白かった、とか言われたらそれはそれでショックだが。いつのまにか感性が年老いてしまったんだね。

 裁縫と体育の授業以外は触れられもしないのだけれど、それが気にもならない、ちょっと不思議な空間を作りあげてしまっているので、どこかずれた小学生小説として面白い。
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レオンと魔法の人形遣い 上
アレン・カーズワイル著 / 大島 豊訳
東京創元社 (2006.1)
ISBN : 4488019382
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レオンと魔法の人形遣い 下
アレン・カーズワイル著 / 大島 豊訳
東京創元社 (2006.1)
ISBN : 4488019390
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