『贈る物語 Mystery 九つの謎宮』綾辻行人編(光文社文庫)★★☆☆☆

 宮部みゆき瀬名秀明綾辻行人編の『贈る物語』シリーズがクリスマスを控えて文庫化されました。宮部セレクト、瀬名セレクトが初心者にも本好きにもうれしいラインナップだったのに対して、綾辻セレクトは完全な初心者向けゆえほとんど既読で食指がまったく動かなかったのですが、古本屋で偶然見つけて購入しました。

「暗黒の館の冒険」エラリー・クイーン/鎌田三平訳(The Adventure of the House of Darkness,Ellery Queen,1935)★★★☆☆
 ――エラリー・クイーンは遊園地のベンチに腰をおろした。ムッシュ・デュヴァルは熱っぽく話している。「《暗黒の館》こそ最高傑作です。どこもかしこも真っ暗闇で、進むのはもう手探り」ジューナとともに暗黒の館に入ったエラリーが見つけたのは、射殺体だった。

 これは数少ない未読作品。編者は本書の対象読者の一つに、マンガやドラマなどで本格ミステリーと接してはいるものの小説は読んだことがない読者を挙げています。そんな読者向けにクイーンのこの作品がトップバッターというのは、なかなか優れたセレクトかも、と、意外にも本書を読むのが楽しみになりました。いかにも漫画的なんですよね。真っ暗闇のなかでの殺人。闇にかかわりのあるのは、盲人と黒人だけ、って_| ̄|○ いや確かに絵であれば黒の中の黒なのです。そしてクイーンではおなじみ変装。ルパンやホームズの変装はファンタジーとして許せるけれど、本格ミステリで変装って、そういう世界なんだとわかっていてもすっきりしない。でも漫画なら変装もぜんぜんあり。
 

「黄色い下宿人」山田風太郎★★☆☆☆
 ――ホームズは路々はなしつづけた。「クレイグ博士はシェイクスピアに関するかぎり、その学識は深遠きわまるものだ。どうやらとなりに住む大富豪が行方不明らしい」われわれがクレイグ博士の家に行くと、東洋人らしき先客がひとりあった。

 これは風太郎の短篇集で既読。たくさんのパロディ・パスティーシュ本格ミステリならではの現象だと考えればこれもまたあり。でも小説自体を読んだことない人には、あの人が英国留学していたという事実がピンと来ないのでは?などと余計な心配をしてしまう。「語られざる事件」という点から見ても、けっこうマニア度の高い作品なのだ。ホームズってけっこうはらはらどきどきの冒険小説だったり、今読み返してみても解決編の切れ味が見事だったりするのだけれど、ほとんどのパスティーシュにはその二点が欠けているのが残念。
 

「密室の行者」ロナルド・ノックス/中村能三訳(Solved by Inspection,Ronald Knox)★★☆☆☆
 ――マイケル・ブレドンにも一度だけは、調べるだけで事件を解決したと言えることがあった。百万長者ジャービソンがベッドで死んでいるのをされた。「なぜぼくを呼びだしたんだろう」「そこがおかしなとこなんだ。餓死だったんだよ」

 これは未読だったけどトリックもタイトルも知ってました。事件の現場を実際に訪れはするものの、ほとんどが探偵と医師の会話だけで、ほかに一切の登場人物も現れないので、あらすじだけ読んで知っていたのも実際に読んだのもほとんど変わらない印象でした。まあ探偵と読者が同じ手がかりを与えられているということになるわけだから、犯人当てとしては名作なのかもしんない。
 

「妖魔の森の家」ジョン・ディクスン・カー/宇野利泰訳(The House of Goblin Wood,John Dickson Carr,1947)★★★★☆
 ――アダムズという金持の別荘で、十二か十三のヴィッキーという小娘が、ある夜、とつぜん姿を消した。ドアはもちろん、全部の窓が内側から鍵をかけられていた。一週間ほどしたところで、またひょっこり、どこからともなく、もどってきおった。

 これは乱歩訳で既読。クイーンが論理パズルとしての本格の名手だとするなら、手品師としての実力はカーの方が桁違いに上でしょう。一つ一つフェアに伏線を拾ってゆくというよりは、ステッキの一振りですべての伏線を収束させる。

 これが北村薫の編んだアンソロジーだったりしたら、入門編でありつつマニアにも目配りをしてクイーンの解説文も収録してくれてたんじゃないのかなあとちょっと心残り。
 

「長方形の部屋」エドワード・D・ホック/木村二郎(The Oblong Room,Edward D. Hoch,1967)★☆☆☆☆
 ――レオポルドは大いに消沈した。この事件が気になった。マクバーンは二十二時間もローリングズの死体のそばにいたのだ。

 これは既読のはずだがすっかり忘れてた。それくらいアホらしい作品でした。もっと書き込んでいれば狂気じみた凄みのある動機になっていたんだろうけれど、どちらかと言えばショート・ショートに近い奇妙な味の作品になっています。でもホックは奇妙な味ではなく本格を狙っていたんだろうなあというとろこが弱い。
 

カニバリズム小論」法月綸太郎★★☆☆☆
 ――ある夜、大久保はささいな喧嘩から淑子を絞め殺してしまった。ところが、彼は一晩かけて、淑子の死体をアパートの浴室でバラバラに切り刻んだ。そして、五日間にわたって、女の死肉を食い続けていたんだ。

 これは初読。《Why?》というくくりに入れてしまうと、どうしても意外な動機にばかり目が行ってしまうので、意外な動機が全然意外ではなくなってしまい、作品にとっては不幸だとしか言いようがない。一応いろいろと伏線を張ったり可能性を一つ一つ潰したりはしているけれど、これはとても推理と呼べるようなものではなく、一種のファンタジーとしての本格ミステリでしょう。で、発想がファンタジーなのに結論は現実的というのが一番がっかりする。こういうのは法月綸太郎よりも、次に収録されている泡坂妻夫の得意とするところです。
 

「病人に刃物」泡坂妻夫★★★★☆
 ――あの足音は陽里看護婦のものに違いない。磯明は読んでいた校正刷りを手早く閉じ、仕事をしていたことを悟られぬよう、リンゴをつかみ、果物ナイフを手に取った。看護婦の姿が見えなくなるのを待ち、校正刷りを広げた。一瞬、自分の目が狂ったのではないかと思った。「校了」の印が押してある扉に誤植があるとは思ってもみなかった。

 読み返してみると、まあ真相はこれしかないわけなんだけど、散りばめられた伏線の妙! 事件が起こって謎があって推理があって……というミステリ王道パターンではなくて、事件が起こるその瞬間まで何が起こるのかまったくわからない、まさに《What?》な作品です。思い返してみればデビュー作「DL2号機事件」もそんな作品でした。そういえば泡坂妻夫が影響を受けたチェスタトンにも、「ペンドラゴン一族の滅亡」というウルトラ傑作がありました。
 

「過去からの声」連城三紀彦★★★★★
 ――事件が起こったのは春らしい日でした。山藤の妻桂子が、子供の一彦と庭に出て、芝生で遊んでいるところへ、宝石のセールスを名乗る男から電話がかかってきた。一分ほどしゃべると「そのままお待ちください」と言ったきり戻らない。不審に思って電話をきり、庭に出ると、一彦の姿がない。

 これも著者の短篇集で既読でした。本格ミステリの入門書を目指しただけあって、ほとんどの作品は大方の人が思い浮かべる本格作品(事件が起こって、探偵が推理して……)なのですが、これだけはちょっと異色です。しかしこの誘拐もののアイデアだけでも揺るぎない傑作なんですが、何しろ連城三紀彦ですから、ミステリファンではない人にも楽しめるように出来ています。というか、誘拐ものとしてのアイデア自体が、ちょっと泣かせの物語と不可分なんですよね。すべてが完璧だからすごいのです。
 

「達也が笑う」鮎川哲也★☆☆☆☆
 ――出題担当者として一言ご挨拶申し上げます。実はわたし、ここ一週間ばかり多忙な用事が続きまして、例会当日は顔を出せない状態でございます。問題篇をお聴きになって生じた疑問はわたしに代わりまして黒部氏からお答え願うことになっております。

 短篇集で既読。登場人物全員が嫌な奴、という現代本格ミステリの(なぜか)お約束みたいなのは、たぶん鮎川哲也が走りだ。巻頭に置かれたクイーン作品が、論理パズルであると同時にストーリーでもキャラクターでも楽しめたのとは大違いです。クイーンやカーが本格の鬼であると同時にエンターテイナーだったのに対し、鮎川哲也は本格の鬼だけに特化してしまった。サービス精神と稚気はまったく違うものだと思う。
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