『怪盗紳士ルパン』モーリス・ルブラン/平岡敦訳(ハヤカワ文庫)★★★★☆

 ミステリマガジンかどこかで、訳が違うとこうも違うのかと評価されていたので読んでみた。かなり以前の記憶を探るかぎりでは、偕成社版に比べると、大げさでクサい感じがなくなってるかな。

 『Arsène Lupin, gentleman-cambrioleur』Maurice Leblanc,1907年。

「アルセーヌ・ルパンの逮捕」(L'arrestation d'Arsène Lupin)★★★☆☆
 ――思えばおかしな旅だった! 無線電信がこんな知らせを運んできた。貴船にアルセーヌ・ルパンあり。一等船室、金髪、偽名はR……そのとき雷鳴が轟き、電波がとぎれてしまった。かのルパンがわれわれのなかに隠れていることは、その日のうちに乗客全員の知るところとなった。

 久々に読んだら、ありゃ。偽名かよ。母方の姓じゃなかったのかい。メインのトリックを指摘されることの多い本篇だけど、船上というクローズドサークルにおける犯人当て&隠し場所探しという側面も持っていて(というかその結果として意外な結末があるわけだけど)、隠し場所のあからさまなところが今読むとかえっておしゃれかも。ルパンらしいし。
 

「獄中のアルセーヌ・ルパン」(Arsène Lupin en prison)★★★★★
 ――手紙を開けたカオルン男爵は、アルセーヌ・ルパンという署名を見て、あわてて読み始めた。――男爵殿。貴殿の絵画コレクションをわたし自ら引越し作業いたしたく。何とぞよろしくお願いします。たしかにルパンは刑務所に入っている。けれども相手がルパンでは、何があっても不思議はない。

 これはやはり名作。初めて読んだときの、“ルパンの予告状”がただの自己顕示ではなかったと知ったときの驚きは忘れない。獄中にいるからこそできる盗み、という逆説も大好きな作品。
 

「アルセーヌ・ルパンの脱獄」(L'evasion d'Arsène Lupin)★★★☆☆
 ――デュドゥイ部長がルパンの独房を調べると、葉巻のなかから手紙が見つかった。――かごはすり替えました。外側の足で踏めば、板ははずれます。「よしよし。あとはこちらから一押ししてやれば、脱獄は成功だ……共犯者を捕まえられるくらいにな」デュドゥイ部長はつぶやいた。

 これは以前はあまり好きではなかった作品。「獄中のルパン」の心理ネタを、個人ではなく警察や裁判所相手にやってみたんだけれど、さすがにそれは無理があるという感じで。ただ、何かの解説かどこかのサイトかで読んだような記憶があるのだが、当時採用されていたベルティヨン方式の穴を指摘して逆手に取った作品だと捉えれば、納得できる。
 

「謎の旅行者」(Le mystèrieux voyageur)★★★☆☆
 ――ぼくは汽車でルーアンに行くことにした。車両は女性客がひとりだった。汽笛が鳴って、列車が動き出す。そのとき、駅員の制止をふり切って男がひとり乗り込んできた。女性客が恐ろしそうに声をあげた。「あの男ですよ……アルセーヌ・ルパンです!」

 いつもは人を手玉に取るルパンが、逆に強盗に遭う、という発想が愉快な小篇。ミステリ的にはどうってことなくて、ルパンのキャラクターを全面に押し出した作品と言えそうだ。前二作でも披露されたルパンのお茶目な面がこの作にも描かれる。
 

「王妃の首飾り」(Le collier de la Reine)★★★★★
 ――パーティーから戻った伯爵夫人は、《王妃の首飾り》を寝室の隣にある納戸の棚にしまった。翌朝になると、首飾りは消えていた。「夜のあいだに寝室に侵入した者がいないのはたしかなんですね?」「絶対に。それにドアには錠がかかっていました」

 これまで「女王の」と訳されることの多かった一篇がようやく正しい訳題で。騎士と伯爵夫人による、間接的な攻撃の間合いが詰まってゆく過程がスリリング。それぞれの意地と矜恃がかっこいい。関係者が死ぬまで公表できない云々というのはよくあるが、どうせみんなしゃべるだろうからぼくも書いてばらしてしまう、なんてのは初めてで、妙におかしかった。
 

「ハートの7」(Le sept de coeur)★★★☆☆
 ――誰もが疑問に思っているらしくわたしはよく質問を受けた。どのようにしてアルセーヌ・ルパンと知り合ったのか?と。答えは簡単だ。ひとえに偶然の結果である。その晩、わたしが家に帰ると、ナイトテーブルの上に手紙が置いてあった。「この手紙を読んだあとは身動き一つしないこと。さもないと命はない」

 ルパンと語り手の出会いのエピソード。ここにきて、後のルパンものらしい大仰な装置が出てきた。愛国ぶりを振りまくのもルパンらしい。
 

「アンベール夫人の金庫」(Le coffre-fort de Mme Imbert)★★★★☆
 ――アンベール氏は冬の夜道を歩いていた。男がうしろから飛びかかってきた。首を絞められる。意識が遠のきはじめたとき、締めつけていた手がゆるんだ。「お怪我はありませんか?」助けに入った男がたずねた。「ご恩は忘れません。よろしければお名前を……」「アルセーヌ・ルパンと申します」

 この作品はあんまりいい印象がなかったんだけど、読み返したら割と面白かった。確か偕成社の本には、“若かりしころのルパンの○○を描いた”とかって書かれてたと思う。今から思えばそれってネタバレじゃん。でもって偕成社版を読んだ当時、○○を期待して読んだわりには、あまりに現実的というか文字どおり詐欺っぽいというか、もっと派手な○○を期待してしまってがっかりしたんだと思う。虚心に読めばけっこう秀作。
 

「黒真珠」(La perle noire)★★★☆☆
 ――けたたましい呼鈴の音に、管理人は目を覚ました。「アレル先生は何階ですか?」「四階。でも夜中の往診はしないよ」「してもらわなきゃならんのです」男は玄関を通り抜け、階段をのぼっていく。――よしよし。まったく楽な仕事だ。伯爵夫人がどこに黒真珠を隠しているかもわかっている。

 これもあまり印象に残ってなかった作品。確かに地味だが、本書収録作のほとんどは名探偵ものとは違って、事件が起こったあとで探偵が乗り出して……という構成ではなく、事件が現在進行形で語られる。これもそういう作品。ルパンが今度は何をするつもりなのか、何が起こっているのか、っていう面白さがある。
 

「遅かりしシャーロック・ホームズ(Herlock Sholmès arrive trop tard)★★☆☆☆
 ――「アルセーヌ・ルパンがこの近くにいます。そこで明日、わが家にシャーロック・ホームズをお招きするんです」「でもルパンが計画なんか立てていなかったら?」「もうひとつ、地下道の発見があります。アンリ四世の財務長官が記していたんです。『斧は旋回す、震える空に。されど翼はひらき、人は神のみもとへ行く』と」

 読み返してみるとこれが一番つまらなかった。ホームズに似せようという気がまるでないのはともかくとして。彼は○○であった。彼女は××と思ったのである!……という説明文ばかりでうざったい。普通小説家時代にこんなのばかり書いてたんだとしたら、売れなかったのもよくわかる。斧は旋回〜の暗号は好きだけど。そういうミステリ的なわくわく度は高い。
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