『プラスマイナスゼロ』若竹七海(ポプラ文庫)
葉崎市シリーズ第5作。ピュアフル版は2008年ジャイブ版に書き下ろし「卒業旅行」を加えたもの。ポプラ文庫の新装版にはそれに加えてさらに書き下ろし掌篇「潮風にさよなら」が収録されています。
容姿端麗で成績優秀だが不運なお嬢様テンコ(天知百合子)、遁走した両親に代わり貧しい祖母に育てられた不良娘ユーリ(黒岩有理)、何もかもが平均値のミサキ(崎谷美咲)。教師から「プラスとマイナスとゼロ」と呼ばれた三人組の高校生が遭遇した、刑事事件から日常の謎まで。
わりと薄めの作品なのに8篇も収録されていることからわかるとおり、解決はあっさりしており、それが切れ味に繋がっていると思います。
「そして、彼女は言った〜葉崎山高校の初夏〜」★★★★☆
――かき氷でお腹を壊したテンコが空き家の庭で用を足そうとしたところ、女の死体を発見してしまう。遺体を放置した轢き逃げ犯はすぐに捕まった。ところがテンコが女の幽霊に取り憑かれてしまった。伝えたいことがあるから成仏できないのかと思い耳を傾けたものの、幽霊の話は愚痴ばかり。
もしもおばさんの幽霊が現実に存在したら――。もしも女の幽霊が現実に存在したら――。ただただおしゃべりだけするだろうな。殺された恨みよりも【失恋】の恨みを根に持つだろうな。――というわけで、なぜ成仏しないのか?というWhyを扱った立派なミステリでした。ミステリとはいえ、そして事故とはいえ人を殺してしまうヒロインの存在が、黒い笑いに満ちています。
「青ひげのクリームソーダ〜葉崎山高校の夏休み〜」★★★★☆
――一学期の成績がサイアクだから社会奉仕で単位をちょろまかしたい。そんなユーリにつきあって海岸のゴミ拾いをして、台風で倒れて再建中の海の家で休憩した。この家のオーナーはオープンした直後に閉店して行方をくらましたという。さっきから水着姿の若い女がこっちを見ながら何度も通り過ぎる。「オーナーの元愛人?」「四回も結婚して、奥さまはそのつどお亡くなりになったって聞きました」「それでどーして疑われないの?」
こういう、事態が明らかになったときにはすべてが終わっていたというタイプの作品は大好きです。ただし「そして、彼女は言った」とは違い、この事件がのちの作品内で言及されてはいないので、実際に事件があったわけではなくすべては想像だった可能性はないとは言い切れません。そういうリドルストーリーめいた切れ味も好きな作品でした。
「悪い予感はすぐあたる〜葉崎山高校の秋〜」★★☆☆☆
――葉崎山高校収穫祭はいまやたけなわだった。我が一年A組のブースは茶道部の隣。わたしは鍋のふたを開けて豚汁をかき回した。高熱で休んでいるあいだに決まっていた。漬け物用の大バケツが穴だらけになっていたし、大根も穴だらけになっていたためふろふき大根もできなかった。犯人は尾賀章介だ。少し前からパチンコでいろいろなものを狙い始めた。さっさと退学にしてくれればいいものの、停学が三日だけ。ユーリが誰かをシメにいったと男子が話している。次の瞬間、足が滑り、屏風が倒れた。押さえたわたしの腕にはリッパなあざ。
犯人の行動原理に無理がありすぎて、それは【語り手=ミサキではないという叙述トリック】を成立させようとしたせいかと思っていたのですが、そうではなく犯人が自分の動機【※ふられた腹いせ】に気づいていなかったために自白にも無理が出ていたということが最後にわかります。なるほど、とは思うものの、そのせいで切れ味は悪くなっています。
「クリスマスの幽霊〜葉崎山高校の冬〜」★★★★☆
――もうすぐクリスマス。ユーリが見つけてきたこのバイトは歩合制だ。「イヤになっちゃうわ。酔っぱらい運転で歩道走行が許されると思う? なのにアイツの女房ときたら、見舞いに来るなり金がないだのそればっかり」西本さんはふうっと煙草の煙を吐き出した。「ところで、クリスマス・エンジェルってどういうお仕事なの?」と、反対側のベッドから和泉さんの優しい声がした。駅の階段から突き飛ばされて入院しているご高齢のご婦人だ。「クリスマス週間に、話相手をしたりキャンデーを配ったり、本の朗読もいたしますわ」とテンコが説明した。
タイトルの「幽霊」が何を意味するのかは最後にわかる仕掛けになっていて、悪人を改心(?)させるという意味では間違いなくあの名作の流れを汲むクリスマス・ストーリーなのですが、その大元となっている動機が良心どうこうではなくアルバイトだというのが相変わらずの黒い笑いを誘います。
「たぶん、天使は負けない〜葉崎山高校の春〜」★★☆☆☆
――ユーリの思いつきで〈卒業生を送る会〉で演し物をやることになった。「シドモア富士山ってアーチストがめちゃクールでインパクトなパフォーマンスをやってんだよ」。がりがりに痩せた和服の男が「因果応報!」と叫んで蛇の頭を噛みちぎった。「どうよ。新しいだろ?」。わたしは返事に困った。だって神社で見た〈蛇女〉って見世物と同じなんだもん。しかも肉屋の店先で、シドモア富士山がブラッドソーセージを買っているのを目撃してしまった。結局、演し物は天使VS悪魔にすることにした。ところがテンコがせっかく作った天使の腕を通学路でなくしてしまった。さらにその翌日のこと……。
高校1年の初夏から始まり、高校1年の3月で終わります。ネタがなくなってきたのかな……?と思うような出来で、言うなれば犯人が嫌がらせのために嫌がらせをしたような話でした。
「なれそめは道の上〜葉崎山高校、1年前の春〜」★★★☆☆
――山道を一心不乱に登って、四合目に到達した。葉崎山高校創立以来、一度も転ばずに卒業できたのはただ一人で、十三年前のその〈奇跡の人〉の胸像がうやうやしく飾られていた。大雨のせいかどす黒くなっている。後ろから来た黒岩さんに道をあけようとしたとき、悲鳴とともに人間が降ってきて、三人はひとかたまりになって転落した。登校してから泥を落として過ごしていたが、昼休みになって三人まとめて生徒会室に呼ばれた。「なにかご用でしょうか」「〈奇跡の人〉の胸像がなくなった。オレたちより早く登った君が隠したんだろう。あやまれば悪いようにはしない」
若竹七海らしい、と言うべきでしょうか。殺人こそ起きないものの最後に悪意の塊だらけのエピソードをぶっ込んできました。とは言え、生徒会まわりがクズとブスばかりだからこそ、三人が結束して仲良くなれたのは確かでしょう。
「卒業旅行」★★★☆☆
――卒業旅行に行かないか、と言い出したのはユーリだった。テンコの大学入試がブジ終了した直後のことである。予算の関係で、テンコの父親が買った軽井沢の別荘に行くことになった。だが軽井沢は避暑地だ。冬に行くものではない。崖から虚空に突き出た大木に、わたしたち三人はしがみついていた。下にはゆっくりと移動している黒い影が見える。
本篇は高校1年生のエピソードなのだから、これから2年、3年と続篇を書くことも出来たはずですが、一気に時間を飛び越えて卒業旅行のエピソードになりました。ミステリというよりは青春ものではありますが、ミステリとしては別荘消失の謎が扱われています。――が、真相はギャグ以外のなにものでもありません。死にかけながらも笑い合える三人の友情が気持ちのいい作品でした。
「潮風にさよなら〜新装版のあとがきにかえて〜」★★★☆☆
――喪服の裾を抑えながら座ろうとした瞬間、風に飛ばされたハンカチを追いかけたテンコが、体勢を崩して砂まみれになっている。人って案外変わらない? そんなわけない、か。わたしはもう高校生ではない。看護師として忙しく働いている。テンコは司法試験に五回連続で落ち、昨年ようやく合格した。不運が続いたのかと思ったら、法律用語って覚えるの大変なんです、とこぼしていた。
社会人になったミサキたちのその後を描いたエピローグ的な作品。「卒業旅行」に続いて変わらない友情を再確認できる内容でした。
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