『ミステリマガジン』2008年7月号No.629【インディ・ジョーンズとライヴァルたち】★★★☆☆

 インディ・ジョーンズとミステリってピンとこない。秘境冒険ものというのならむしろファンタジーの方だろうにと思いつつも、インディ・ジョーンズ特集です。

「連隊の魂」タルボット・マンディ/横山啓明(The Soul of a Regiment,Talbot Mundy,1912)★★★★☆
 ――連隊旗が無事であるかぎり、それを掲げる兵士が一人いなければならず、よって連隊が滅びることはない。エジプト第一歩兵連隊にも連隊旗があった――いや、ビリー・グログラムのおかげで今も健在だ。つまり、エジプト第一歩兵連隊は消滅していない。


 愛国という言葉に政治臭さを感じる人も、誇りという言葉にやせ我慢を感じる人も、グログラムを恰好いいと思わずにはいられないだろう。楽隊やダンスが浮世離れした伝説のような効果をあげている。
 

「森の女」マルコム・シューマン/山中朝晶訳(The Woman in the Woods,Malcolm Shuman,2003)★★★★☆
 ――一般的なイメージとちがって、現実の考古学者は宝物の発掘ばかりしているわけではない。しかし、杖をついた老婦人に頼まれたらどうやって断れるだろう?


 よくこんなの見つけてきたな、と思ったら、著者が考古学者でミステリ作家なのか。〈冒険〉の方ではなく〈考古学〉の方をうまく生かした、お馴染みのパターンのミステリです。
 

「エースとエイト」デイヴィッド・エジャリー・ゲイツ/三浦玲子訳(Ace and Eights,David Edgerly Gates,2003)★★★★☆
 ――「知り合いの娘がさらわれた」治安官のビリーが、ガイストに言った。身代金は十万ドル。「パロ・デュロである男に会ってくれ。私の指示はそれだけだ。そこから先はあんた次第だ」


 これはまた完全な西部劇。こうしてみると「インディ・ジョーンズ特集」とはいっても冒険一辺倒ではなく、三者三様な作品が揃っています。昔のハードボイルドや任侠もの映画には、こういうどんでん返し(というかもはや定番のパターン)が多かった。もはやこうでなくては、という気にもさせられる。

 インディ・ジョーンズ特集はここまで。

「迷宮解体新書 第7回」山口雅也

「私の本棚 第7回」大倉崇裕

「怒れるトミー・ターヒューン」ローレンス・ブロック田口俊樹訳(Terrible Tommy Terhune,Lawrence Block,
2002)★★★☆☆
 ――プレー中の癇癪を抑えられないテニス選手がとった治療法とは?(袖惹句より)


 相談・試合・相談・試合の繰り返しから結末まで、これはお約束の一篇。
 

「プロメテウス・アタック」福田和代 ★★★★☆
 ――サイオウがネットワークに接続するためには、この公園のどこかで電波を拾うのがいいはずだ。この公園にくれば、きっとサイオウに会える――。「ワーオ」すぐ近くで誰かが小さな声を立てたので、能條はぎくりとした。十歳くらいの男の子がパソコンの画面をのぞいている。「こら!」


 結局のところは騙し騙されるのは人間、というこのシリーズ、次作はどんな騙しを見せてくれるのか楽しみ。足音に関する本格ミステリっぽいロジックがおちゃめ。
 

「ペーパーバックの神殿を訪ねて――小鷹信光邸訪問記」若島正
 マニアだ(^^;。
 

「書評など」
◆今回紹介されている洋書は二冊とも面白そう。『Slay Ride』Chris Grabensteinは、解雇された運転手が逆恨みから主人公スコットを拉致、一方善意で管轄外の事件に協力したため干されているFBI捜査官ミラーは事件を知り……。デビュー作が『殺人遊園地へいらっしゃい』などというおよそ面白くもなさそうなタイトルで邦訳されているが、期待の俊英らしい。フランスの『Prédateurs』Maxime Chattamの方は「戦場を舞台とした犯罪スリラー」とのこと。内容云々よりも「戦争を背景にしながら、その時代も場所も特定できない」、「兵器は大砲や機関銃が主だから、現代ではないだろう」、「古びた教会や城砦などが舞台となり、ゴシック・ロマンス的な幻想味すら感じさせる」という辺りに興味を惹かれた。邦訳は一冊もないようです。

◆映画ではケヴィン・スペイシー製作・出演『ラスベガスをぶっつぶせ』ミルハウザー作品の映画化『幻影師アイゼンハイム』のほか、シューテム・アップが「理屈など関係なく、ただただアクションと細い細いストーリー・ラインでつながっている」という普通なら見向きもしないような作品なのだが竜弓人氏の紹介の仕方がうまくて見たい気にさせられる。

シムノン『証人たち』が出たほか、クレイグ・クレヴェンジャー『曲芸師のハンドブック』が主流文学寄りな感じでよさげ。

◆「恐怖シーンの描き方だけはあざといまでに達者」なフランク・ティリエは措いておいて、「歴史家たちの奇人変人ぶりが読み処の一つ」のシリーズ第二弾フレッド・ヴァルガス『論理は右手に』、南北アイルランドが描かれたブライアン・マギロウェイ『国境の少女』も気になる。

◆お馴染みウッドハウス『エッグ氏、ビーン氏、クランペット氏』は当然チェックとしても、フランク・シェッツィング『深海のYrr』が大絶賛されてます。先月号の『S-Fマガジン』で紹介されて気にはなっていたんだけれど、そこまですごいのか。

◆国内では論創社『酒井嘉七探偵小説選』が挙げられてます。値段も値段だけに未知の作家は手を出しづらいんだけど、「探偵小説マニアには必読の一冊」とまで言われてしまっては……。むむむ、悩むなあ。

◆ジュヴナイルからは二作。松尾由美『フリッツと満月の夜』鯨統一郎『ABCDEFG殺人事件』、どちらも著者の持ち味を発揮した作品のようです。

「文芸とミステリのはざま」風間賢二スコットランドアーヴィン・ウェルシュ『シークレット・オブ・ベッドルーム』。ハンサムで頭の回転が早く社交的で人気者のスキナーと、ゲーム好きのスター・トレックオタクで二次元萌えの童貞マザコン・キビーによる、「今日的なドッペルゲンガーものの変種」だそうです。

SFレビュウ」大森望は前述したとおり、『深海のYrr』を大絶賛。

◆周辺書では『ミステリーが生まれる』。あまり魅力のないタイトルだが、戸川安宣氏が成蹊大学に蔵書を寄贈したことから「成蹊大学のアカデミズムの中で、ミステリ研究の気運が高まってまとめられた論文集」ということで、アカデミズムによるミステリ評論というのは読んでみたい気もする。ほかに久生十蘭「魔都」「十字街」解読』『クラシック・ミステリのススメ』『和算小説の楽しみ』など。

◆ミステリ文庫通信からは、ジェイムズ・リーズナー『聞いていないとは言わせない』。これまたあまり魅力のないタイトルながら、内容はハチャメチャで面白そう。人里離れた農場にやってきた青年トビー。そこは中年女性グレースが一人で切り盛りしていた。そこで働くことになったトビーだが、グレースが出かけた隙に家捜しをし、見つけたのは赤ん坊のアルバム。戻ってきたグレースに、トビーは「ここに隠れていればわからないとでも思ったのかい、母さん」……。
 

「夜の放浪者たち 第43回=浜尾四郎「彼が殺したか」前篇」野崎六助

「新・ペイパーバックの旅 第28回=シグネットの看板作家たち」小鷹信光

「藤村巴里日記 第15回」池井戸潤

ポルトガルの四月 第10回」浅暮三文

「ファイナル・オペラ 呪能殺人事件 第7回」山田正紀
 

 次号は「幻想と怪奇」特集。ハーラン・エリスンフリッツ・ライバーだ!
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