『Y氏の終わり』スカーレット・トマス/田中一江訳(早川書房)★★★☆☆

 『The End of Mr. Y』Scarlett Thomas,2006年。

 純文系の話かと思っていたんだけど違ったみたい。

 自己探求の話ともちょっと違う。人間が人間であることや世界が世界であることをありのままに描くのとも違う。自分の存在の死ぬか生きるかぎりぎりのところを見つめるような小説でもない。衒学に溺れるのとは程遠い。しかしサスペンスや幻想小説やミステリや恋愛小説なんかでは全然ない。

 そこここで披露されるペダントリーは知的興奮というよりもなぜなに入門みたいだし(それはそれで面白いんだけど。哲学や物理を彼氏や同僚にわかりやすく説明してくれるのだ!)、本に書かれた秘薬の処方をまるまる信じ込んじゃうアブナイ人だし(ところがここが一番面白かった。インターネットではなく図書館で調べるのが好きという設定が、つまりそのまま「調べること探求すること」の楽しさを表現してるのデス)、後半は脳内クエストものみたいな展開になってしまうし。

 ネズミの神様に導かれて(?)あっちの世界をうろちょろするし。脳内をワープ(?)できるし。何かというと「あなたには選択肢があります」って表示が出るし。なんちゃって思索小説(自己啓発小説)の手触りに近いけれど、果たして現実世界に帰れるのか?世界を救えるのか?自分は誰なのか?という話ではまったくないところが変わってる。

 けっこうすごいことになっているのにずいぶんとマイペースに事を運ぶのが面白いっちゃ面白い。殺されそうになったり、マゾだったり、異世界に行っちゃったり、穏やかではないのだが、事件の渦に巻き込まれて……とはならないんですね。自分でコントロールとまではいかないけど、ここは恋愛、ここは探求、ここはお勉強、と段取りを踏んでいる感じ。

 だからサスペンスとか成長小説とかいうことにはならない。もちろんそれでいいのだろうけど。これはスノッブによる知的彷徨小説なんだから。

 帯の惹句が『黄金の羅針盤』のフィリップ・プルマンと『ジェネレーションX』のダグラス・クープランド。そういう層にアピールする作品だってことです。

 偶然はいった古書店で大学院生アリエルがめぐりあったのは、ずっと探していた『Y氏の終わり』という一冊の本。それは、主人公のY氏が人の心のなかでくりひろげる冒険を描いた、呪われているとされる伝説の小説だった。読み進むうちに、小説のなかの出来事は、過去に実際におこったことなのではないかとアリエルは疑いはじめる。そこに書かれた方法をためしたアリエルは、人の心のなかにはいることができるようになる。しかし、本を狙う男たちに追われ、旅に出ることに――。

 わたしがここにいる理由って? 世界はどういうふうにできたの? この世界で、愛するとはどういうこと? 長い旅を続けるうちに、アリエルが抱きつづけてきた疑問がひとつずつ解き明かされていく。

 ミステリの興奮、SFの思索、ファンタジイの想像力――イギリスの新鋭作家によるジャンルを越えた話題作、待望の邦訳。(カバー袖あらすじより)
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