『ミステリマガジン』2010年6月号No.652【ディック・フランシスの弔祭】

 ここのところ個人特集が続く。今月はディック・フランシス、来月はマイクル・コナリーだそうです。個人特集は作家によって当たり外れがあるから濫発しないでほしいんだけどなあ。フランシスの掲載作品はどちらも純粋な未紹介作ではなく、長篇作品の短篇ヴァージョンでした。小特集として「第1回翻訳ミステリー大賞」も。

「迷宮解体新書30 柚木裕子」

「『アガサ・クリスティーの秘密ノート』刊行記念 マシュー・プリチャード語る ジョン・カラン語る」
 

「脅迫」ディック・フランシス/北野寿美枝訳(Prtection Racket,Dick Francis,1995)★★★★☆
 ――組織に手を出すなと、私はしきりに警告されていた。だが私と同じアマチュアの障害騎手だった親友を殺された時から、私は彼らを追いつづけ、ようやく調査が実を結んだのだ。競馬場の駐車場で待ち伏せされていることに、間一髪で気がついた。私はとっさにアドミラルに乗って駆けだした。

 追うものと追われるものの緊迫した狩り。『本命』の変奏曲。舗装道路は組織のタクシー運ちゃんたちに押さえられるものの、車の入って来られない林のなかを馬で逃げようとする、異種格闘技のような息づまる攻防がみどころです。
 

「追悼エッセイ」関口苑生・北野寿美枝・霜月蒼

「ディック・フランシスに訊く」ディック・フランシス×ダイアナ・クーパー=クラーク/小田川佳子訳

「英国推理作家教会の永遠の若人」ディック・フランシス/小田川佳子訳
 

「二度目はご用心」ディック・フランシス/北野寿美枝訳(Twice Shy,Dick Francis,1982)
 ――友人から託されたコンピュータ・プログラムには秘密があり――。(袖コピーより)

 『配当』の短篇版。
 

◆「今月のポケミス・ガイド」によると、『天外消失』に続いて『37の短篇』がポケミス化されるようです。『51番目の密室』の収録作は、さすがに前作と比べると読むことが困難な作品は少ないのですが、親本掲載の巻末座談会も完全収録されるということで、こちらも楽しみです。
 

「回想の浅倉久志氏」深町眞理子/「浅倉さんと出会ったころ」宮脇孝雄
 

「私のアメリカ雑記帖(2) ハメットに会えなかった南部ツアー」小鷹信光

「独楽日記(第30回)8.5と9の間の越えがたい溝」佐藤亜紀
 今回は「NINE」がいかに駄目か――というよりも、「8 1/2」とフェリーニがいかに凄いか、について。
 

「誰が少年探偵団を殺そうと。」22 千野帽子「教養とは語りかたのことである。」
 これは「『ミステリ小説論』論」なのだという説明からスタート。気づいてなかった。失礼しました。ここで書かれているような原理主義者というのは仮想敵なのかそれとも実際にいるのかと、いつも不思議。
 

「Dr.向井のアメリカ解剖室(18)」向井万起男
 電子書籍について、流通がどうこうフォーマットがどうこうではなく、「光が直接目に当たる」「指がページを覚えている」という観点から心配。後者の方はわたしも気になってました。
 

「ヴァン・ビューレン通りのホワイトアウトドン・ウィンズロウ横山啓明(Whiteout on Van Buren,Don Winslow,2009)★★★☆☆
 ――ヴァン・ビューレン通りへの歩を運びながら、八月のフェニックスは、まったく性悪女だとジェリーは思う。真夏にこんなところでロザヴィッチはなにをやっているんだ? タクシーに乗ろうかと思ったが、証人をひとり増やすだけだ。指示された質屋へ出向くと、カウンターにいた男がそっと銃をさし出した。

 たとえて言うなら、ヘミングウェイの「殺人者」をひっくり返したような作品。殺される男以外の周りの人間を描き、彼らの内面をこれでもかというくらいに描き。第1回翻訳テリー大賞受賞(『犬の力』)に伴い、短篇訳載。ウィンズロウの受賞のことばと訳者の東江氏の受賞のことばも掲載されてます。
 

「翻訳ミステリー大賞シンジケート」杉江松恋日下三蔵酒井昭伸千街晶之
 

逢坂剛×小鷹信光翻訳ミステリー対談」
 「翻訳ミステリー対談」とは言いつつ、まあこのお二人なんで、半分近くは映画の話(^ ^。好々爺のおもしろ雑談かと思わせておいて、「映像技術が進みすぎたから、それにばかりお金と労力を使うから、俳優の演技だとか脚本の練り方とかがすごくおろそかになってるんです」という逢坂氏の言葉や、「この原作は自分の能力に対してどれくらいのレベルなのかと考えるようになったんです。理解を超えた文学性をもってたりすると手に負えないしね」という小鷹氏の重い言葉があったりします。
 

田口俊樹×越前敏弥×白石朗 翻訳者座談会」
 

「顔のない女(6)人形使い高橋葉介
 

「書評など」
◆映画公開に合わせて刊行されたリチャード・マシスン運命のボタンは短篇集。短篇集だけに人によって好みはさまざまだと思います。レビュアーの三橋氏は後半の短篇を評価していますが、わたしは人間ドラマ的な「四角い墓場」「声なき叫び」をむしろ物足りなく感じた一方、前半の「魔女戦線」「チャンネル・ゼロ」の方が好みな作品でした。

◆これもまた人の好みはさまざまだなあと思ったのが、F・W・クロフツフレンチ警部と毒蛇の謎』。杉江氏は「後半でフレンチ警部が出張ってきてからの謎解き部分を充分に堪能できる」「本書でも絵解きの図版が挿入されている。トリックにこだわってミステリを読む人にはお薦めである」、「もちろん前半部の、犯罪者心理を描いた部分も読み応えがあり、人間の心の弱さを描いた小説としても評価ができる」と評していますが、本書にかぎって言えばわたしはむしろフレンチ警部が出てきて謎解きに突入した途端につまらなくなってしまったと感じました。「倒叙」と「謎解き」のからみがちぐはぐで。

葉室麟はいつか読みたいと思っている作家なのですが、『オランダ宿の娘』はなんと早川書房から刊行された作品です。でもミステリってわけじゃなさそう。西上氏も早川書房からこのような作品が出版されるとは、いささか感慨深いものがある」と仰ってますし、きっと純然たる時代小説なのでしょう。タイトルだけなら国名シリーズっぽいけど。

叶紙器『伽羅の橋』は、「島田荘司によるひとり選考委員体制をとる第二回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞」受賞作。こういうのに応募する人は恐らくみんな島田氏の熱烈なファンばかりだと思われるし、島田氏も自分好みの作品にはやや甘い傾向があるので、島田氏がらみの新人賞はちょっとどうかなという思いもあったのですが、小池氏のレビューを読むかぎりでは、今回はそれが信頼で結ばれた師弟関係とでもいうのか上手い方向に転がっているような期待を抱かせます。「本作への島田のコメントは決してほめ言葉だけではない。(中略)その不備を徹底的に洗い出している。だが刊行された作品は、それらの瑕疵をほとんど感じさせないものとなっていた。批判を真摯に受け止め、入念な改稿を行ったに違いない。なによりも、謎の存在感が際立っている」とのこと。

デイヴィッド・ロッジ『ベイツ教授の受難』はロッジの新作。こういう大物の作品は、おそらくいつか文庫落ち(Uブックス落ち?)されるだろうから、それを考えるとちょっと新刊では手を出しづらいんである。

マイケル・ディルグ『本から引き出された本 引用で綴る、読書と人生の交錯』は、その名の通りの本なのですが、それを可能にしてしまえる読書量と編集能力がすごいですね。

◆DVD『マイ・ネーム・イズ・モデスティ』は、『唇からナイフ』の「淑女スパイ モデスティ・ブレイズ」シリーズを、タランティーノ/スコット・スピーゲルがリメイクしたもの。
 

「ミステリ・ヴォイス・UK」(第30回 ヴァル・マクダーミド・インタヴュー)松下祥子
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