もともと『バルーンタウンの殺人』や『安楽椅子探偵アーチー』のように、SF/ファンタジー要素のある作品を書く人ではありましたが、本書ではそれが日常のなかにさり気なく溶け込んでいました。
「カリフォルニア・ドリーミング」
――男性には珍しく花を自分で選んだお客さんは、なぜかリボンだけは不釣り合いなオレンジ色にした。
花屋の店員・桜井智花が、一緒に暮らしている小説家・嘉信さんに、花屋で起こったささやかな謎を話して聞かせると、嘉信さんは空想(妄想)の翼を広げて「推理」を口にするのだったが、その意地悪な考え方に智花は納得できず……というのが一つのパターンとなっている作品集。極端に言えば、その「推理」や「真相」自体はどうでもよかったりします。
それよりもむしろ、年を取ったなあ、と自覚してしまいましたが、何気ない風景に感動してしまうんですよね。
本篇で言えば最後の文章。「とはいうものの、わたしはその偶然を忘れることはないでしょう。/自動車も電話ボックスも、誰かの飼い犬もみんな不思議なものに見えたあの霧の夜、嘉信さんと並んで歩いたことを忘れないのと同じように。」
「アマリリス」
――花屋を訪れた少年は、アマリリスの歌の歌詞を知りたがった。
本篇では嘉信さんが途中から語り手になります。この話でも最後の時計のくだりのさりげない幻想シーンが深い余韻を残します。
「アンダーウォーター」
――はっきりした顔立ちの男性が、花屋に水中花を買いに来た。
こちらは謎自体が幻想的な「水中花」でつながっていました。
「フラワー・イン・ザ・サン」
――「九月にひまわりというのは季節はずれでしょうか」。嘉信はその送り相手らしき女性の務めるスナックを訪れたが、女性は毎月第二木曜日に無断欠勤しているという。
幻想が悪ノリした本篇では、スナックが異空間と化します。――というか、嘉信さん、小説家なのに妄想力で負けてるなァ。
「穂状花序」
――智花の同僚・轟さんの話。チューベローズを見た妹の彼氏は微妙な表情をしたという。次の日、行方不明だった妹のテニスシューズが見つかった。
ミステリとしてはこの話が一番それっぽい「真相」を持っていました。「男の嫉妬は見苦しい」という何気ない台詞がその後ふたつの意味で改めて使われるなど、過程もミステリ度が高い。
「楽園の鳥」
――出版社の編集者がストレリチアを購入した。売れっ子作家・佐竹佑子への贈り物だった。嘉信はいつものように「推理」を始めようとするが、智花の反応は思いもかけないほど強いものだった。
少しずつ、少しずつ、掛け違ってゆく二人の関係。嘉信もそれに気づいているだけに、表立って聞いたり調べたりできず、今回はこれまで以上に妄想にならざるを得ませんでした。
「賢者の贈り物」
――死んだ人間の名前でクリスマスローズを送った客――。推理しようとした嘉信に突きつけられたのは、智花の激しい拒絶と、思いも寄らない言葉だった。
最終話。他人事ではなく智花・嘉信自身の問題に直面します。そして「推理」「妄想」と呼ばれるものは、「物語」だったのだと判明。髪と時計では平等ではない、という誰もが感じるであろう「賢者の贈り物」の疑問にも、本書の内容に沿った答えが用意されていました。
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