『アルカトラズ幻想』(上・下)島田荘司(文春文庫)★★★★★

 猟奇事件からなる第一章、学術論文からなる第二章、アルカトラズの監獄生活からなる第三章、「パンプキン王国」からなる第四章、解決編のエピローグ、以上全5部からなる奇想天外なミステリです。御手洗ものではありません。

 第一章「意図不明の猟奇」では、タイトル通り意図不明の猟奇死体が発見されます。女性器を損壊された遺体が発見されるも、性行為が確認できなかったことから、犯人像が浮かび上がらないのです。島田作品のアメリカ人は類型的な人物が多く、ここに登場する刑事たちも「ヘイ」とか言いながら軽口を叩くのですが、事件自体が派手なため、そうした薄っぺらさは気になりません。アメリカが舞台なので日本人論も出てこず、近年の島荘作品のなかでも抜群のリーダビリティを誇っていました。

 第二章「重力論文」もタイトルの通り、容疑者が書いた論文です。というよりも、この論文があったからこそ容疑者になりました。あまりの巨体ゆえに素早くどころかゆっくり動くことすらままならなかったはずの恐竜たちが、あれほどの年月隆盛を誇ったのはなぜか――。答えは重力。この論文の結論自体が、島荘流の物理トリックみたいで面白いのですが、それが猟奇事件の解答にもなっているところに、さすが非凡さを感じます。

 第三章「アルカトラズ」では、実刑判決を受けたバーナードがアルカトラズ監獄に送られます。地球空洞説を実体化したような囚人の造形作品や、地球空洞説を唱える囚人や、ここ最近目撃される空飛ぶ円盤は地底からやって来たと断言する囚人など、この章では地底の世界についての蘊蓄が語られます。バーナードは地球空洞説を否定するのに一応は重力を持ち出したりもするのですが、面白いのは、この章に重力自体はあまり関係のないところです。つまり、第一章も第二章も、バーナードをアルカトラズに送るために必要だっただけの、壮大な前フリだったのですね。確かに著者はこういう造りの作品を幾度か書いていますし、遡れば著者が敬愛するホームズもの長篇の過去パートという構成を思わせなくもないのですが、それにしても度肝を抜く大胆さです。

 第四章「パンプキン王国」で読者は不思議な世界に送られます。アルカトラズを脱走したはずのバーナードが、宇宙人のように小柄でぱっちりしたツリ目の女性に連れていかれたのは、地下の国でした。主食はパンプキン。そしていたるところに「V605 PUMPKIN」の文字が、声が……。これがバーナードの妄想でないとしたら、答えは一つしかなく、実際【ネタバレ*1】のパターンではあるのですが、ミステリ的にあれほどすっきりした答えではありません。むしろ、禁じ手というのは言い過ぎにしても安易なほどです。けれど、著者がこうした安易とも言える仕掛けを用いたのは、ミステリとしての勘所がそこにはないからでしょう。「パンプキン」。『アトポス』同様、答えは初めからそこにあったのでした。いやしかしまさか、「あの」現場に連れて行かれるとは、第一章を読んだ時点では思ってもみませんでした。まさに亜空間を通り抜けさせられたような……。恐竜についての新説、新型爆弾と日本の関係についてなど、情報面でも新鮮な面白さが味わえました。

 解説は伊坂幸太郎。親本刊行時の雑誌インタビューの再録ですが、インタビューという形式ゆえか、伊坂さんの熱気や興奮、それに本書がどれだけ傑作かということが的確に伝わってくる解説でした。

 1939年、ワシントンDC近郊で娼婦の死体が発見された。時をおかず第二の事件も発生。凄惨な猟奇殺人に世間が沸く中、恐竜の謎について独自の解釈を示した「重力論文」が発見される。思いがけない点と点が結ばれたときに浮かびあがる動機――先端科学の知見と奔放な想像力で、現代ミステリーの最前線を走る著者渾身の一作!

 猟奇殺人の犯人が捕まった。陪審員の理解は得られず、男は凶悪犯の巣窟・孤島の牢獄アルカトラズへと送られる。折しも第二次世界大戦の暗雲が垂れ込め始めたその時期、囚人たちの焦燥は募り、やがて脱獄劇に巻き込まれた男は信じられない世界に迷い込む。島田荘司にしか紡げない、天衣無縫のタペストリー。(カバーあらすじ)

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*1『眩暈』

 


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