『水晶のピラミッド』島田荘司 ★★★★☆

 エジプト・ギザの大ピラミッドを原寸大で再現したピラミッドで起こる怪事。冥府の使者アヌビスが5000年の時空を超えて突然蘇り 、空中30メートルの密室で男が溺死を遂げる。アメリカのビッチ・ポイントに出現した現代のピラミッドの謎に挑む名探偵・御手洗潔。壮大なテーマに挑んだ本格推理の名作。

以下ネタバレ感想。

『水晶のピラミッド』というと、どうしてもあのメイントリックの是非が話題になります。「ピラミッドポンプ説」という魅力的な解答を、あえて覆す必要があったのか。実現不可能なトリックなんていくらでもある。それでも科学的に不可能であることにこだわるのであれば、初めからそのトリックを使うべきではなかったのではないか。

 ところがどっこい、です。確かに魅力的ではありますが、あれはそもそもが「解答」なんかではありません。何しろ初めから「謎」なんてないんですから。

 殺人事件の謎についてはひとまず置いておきましょう。ここで言うのは「ピラミッドは何のために造られたのか」とういう謎です。

 本書の構成は大きく三つに分けられています。タイタニック号のピラミッド談義・古代エジプトの物語・レオナの遭遇した事件と御手洗&石岡の介入。前半は、タイタニック古代エジプトが交互に、後半は殺人事件の発生と捜査で占められています。

 タイタニック号上で話題になっていたのが、ピラミッドは何のために作られたのかという謎。古代エジプトの物語の内容は、といえば、古代エジプトを舞台にした政治劇と恋愛劇です。この古代物語があまりにも魅力的なため、まさか手がかりだとは思わず、これを単なる雰囲気作りだと思ってしまう方が多いようです。ですがこの章が書かれた理由は、なにも「殺人事件の背景に古代エジプトの呪いが関わっているのでは」という雰囲気を作るためばかりではありません。

 では古代エジプトの章は何のためにあるのか。言うまでもありません。「ピラミッドは何のために造られたのか」という謎に対して答えるためです。舞台は古代エジプト。当時の人々にとってピラミッドは謎でも何でもありません。また「ピラミッド」という名前でもなかった。だから一見すると見逃してしまうのですが、その実ピラミッドは読者の前に堂々とあからさまに姿を見せています。

 タイタニック号上の談義でも解答にニアミスしています。つまり、タイタニックの章で読者にヒントを与え、古代エジプトの章で答えを明かすという、なんとも人を食った大胆なことを島荘はやってくれているわけです。

 タイタニックの章で「ピラミッドは何のために造られたのか」という謎を出し、古代エジプトの章で解答を与える――もちろん読者にはわからないようにうまく書いてはいるのですが、とはいえ前半で謎とその解答が出揃ってしまっているのは事実です。後半の事件でいくら石岡君たちがピラミッドの謎について騒ごうとも、読者までが一緒になって頭を悩ます必要はない。なにしろ前半を読んだ読者は、謎の解答を知っているはずなのですから。(※あくまで理屈上は、です。繰り返しますが、前半に解答が書かれていることはいちど読んだだけではわからないようになっています)。

 何にしろ、ピラミッドの謎の答えを読者は知っている(はず)である以上、御手洗がなにやら推理らしきものを披露しても、「はは〜ん、これは御手洗のやつ、何か企んでるな」と思う(はず)なのです。だって御手洗の推理が事実ではないことを、読者(だけ)は知っている(はず)なのですから。御手洗曰く小学生でも知っている科学を、たとえ知らなくとも。

 つまるところ本書のメイントリックは一種の叙述トリックみたいなものなのですが、囮の物理トリックがあまりにも魅力的であるがために、叙述トリックであることすら気づかれないという不幸な作品なのだといえましょう。本来であれば、読み終えた読者は「あり? 結局ピラミッドの謎は明らかにならなかったな」と釈然とせずにぱらぱらと読み返し、ガツーンと脳天をやられるという仕組みなはずなのだと思います。あの物理トリックは島荘なりのサービスでしょうね。ロマンあふれる大トリックです。トリックにロマンを感じさせるなんて島荘ならではじゃないですか?

 けっきょく御手洗の口からピラミッドの謎についての真相は語られることはありません。御手洗にも解けなかったのでしょうか。だとすると、これは御手洗潔唯一の未解決の謎ということになるわけで、御手洗も知らないことを読者だけが知っているというちょっとおいしい作品でもあるのでした。(※本の作者が島田荘司ではなく石岡和己だというシャーロキアン的な見方をするならば、地の文を書いている以上石岡君はピラミッドの真相を知っているということになりますが。)
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水晶のピラミッド
島田 荘司〔著〕
講談社 (1994.12)
ISBN : 4061858416
価格 : ¥1,020
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