『狂犬は眠らない』ジェイムズ・グレイディ/三川基好訳(ハヤカワ文庫)★★★★★

 『Mad Dogs』James Grady,2006年。

 ロバート・レッドフォード主演『コンドル』の原作者による、スパイ小説――というよりは、元スパイの活躍するサスペンス珍道中である。

 というのも、登場する五人の元スパイは、任務中の出来事が原因でみな狂っているのだ。機密を知っている彼らは、誰にも知られぬ秘密の精神病院に収容されていたのだが、病院内で起こった暗殺事件の犯人を突き止めるべく、病院を脱走する。一週間も経てば、処方されていたクスリが切れて、廃人になってしまうのではないかというリスクを背負いながら……。

 とはいえ悲壮感はない。狂った頭ゆえ(?)、〈殺人の濡れ衣を着せられないために真犯人を捜し出す〉という一つことにひたすら集中しているので、メインは真相&黒幕探しのサスペンスです。

 そこに狂人ゆえのピントのずれた合いの手がいたるところに入れられます。彼らなりの理由で被害者の死体を××したり。被害者の遺族を訪れた先で、ラッセルがぶちかました演説も、残酷で切ないのに、なぜか可笑しい。同じくエリックの、誰の命令にも従ってしまうという症状ゆえの、凄技。もちろん銃はぶっぱなします。ガラスは割ります。突然ヘンなこと喚きます。

 いみじくも登場人物の一人が、「おれたち、ひとりになったら満足に動けないじゃないか」と言う場面があります。そう、これ、よくある「○人そろって一人前」のパターンなんです。一人一人は欠点もあるけど、得意分野を付き合わせれば誰にも負けない、っていうような。

 ところがです。ある部分では狂ってはいるけれど、五人とも訓練を受けた優秀な元スパイ。駄目人間ではない。そのおかげで、「一流が五人そろって半人前」みたいなヘンテコな味が生まれることになります。実際、頭の回転、戦闘技術、潜入方法、逃走技術、判断・推理技術などなどはまさしくプロフェッショナル。でも、いや、あの場面で「ジェームズ・ディーン」やる以外に方法はなかったんだろうか(^^;っていうような、無駄な派手さがあったりするのです。

 冷静な判断力と素早い行動で人命救助したかと思えば、人心操作術を駆使して高校生からクスリを集めたり。ちなみに、クスリと言っても麻薬じゃありません。狂った頭を正常に保つための、精神安定剤みたいなものです(- -;。

 一方で、そこここで挟まれる、彼らが狂う原因となったエピソードはあまりにも痛々しい。狂人を主役にしたのには、こんな効果もあったのかもしれない。狂うほどの現実というものが、生の声で伝わってくるのだ。

 ここは現役時代のエピソードなので、本書のなかでは結構スパイ小説ぽかったりもします。世間ではアメリカの嘘ばかりが声高に言われることが多いけれど、CIA職員の口から、イスラム原理主義者のグループを「真のイスラム教徒ではないし」「ただたんにこの世の権力を欲しているだけ」と言わせたりとか。

 心に傷を抱えているからこそ、それが癒されてゆきそうな瞬間というのがあって、それも読みどころです。笑えたり、感動的だったり、やっぱり痛いままだったり。

 本書中をロックが響いていたかと思えば、最後には五人から「荒野の七人」になったりと、ポップな感じもかっこいい。

 そして本書には「あの人」も登場する。その描き方に愛情が感じられて、笑えるんだけど微笑ましい。

 スパイとして働きすぎて頭がいかれた5人組――秘密の精神科病院に収容された元CIAのメンバーは、各々ハンデをかかえていた。ラッセルは音楽を口ずさまずにいられない、ゼインは暑さに全く耐えられない、ヘイリーは常に悲観的、エリックは誰の命令にも服従してしまう、ヴィクは時々フリーズする。そんな彼らが病院で起きた医師殺しの真犯人を見つけるべく脱走を決行! 薬がきれて暴走する前に真相に辿りつけるのか?(カバー裏あらすじより)
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