『博奕のアンソロジー』宮内悠介リクエスト!(光文社文庫)★★☆☆☆

『博奕のアンソロジー』宮内悠介リクエスト!(光文社文庫

 編者リクエストによる書き下ろしアンソロジー・シリーズ第2期の1冊。
 

「獅子の町の夜」梓崎優(2018)★★★☆☆
 ――仕事で訪れたシンガポールで、僕はバカンス中の老夫妻に出会った。シンガポールではポイ捨ては罰金だという話になって、老人が「きれいなのは町だけじゃない。人間もさ。ここでは賄賂は大罪だ。エリート主義の賜物だ、集団というのはエリートが管理して初めて正しく機能する」。午後になって夫人の方と再会した。「あの人はカジノに行ってるの」「得意なんですか」「見るだけ」。僕らは夕食を一緒に取ることにした。「私も賭けをしてみようかしら。デザートが何か――」

 カチカチの夫に長年耐えてきた妻が夫との未来を決める賭けに出ます。果たしてそれは「選択を託した」のか「逃げ」なのか――。ここらへんの議論は正直どうでもいいです。どうせリドル・ストーリーなんだろうなあ、と思いながら読み進めてゆくと、確かにリドル・ストーリーではあったのですが、その前にちゃんと本格ミステリ的な推理によるワンクッションが挟まっていました。運命が逃げることを許しません。
 

「人生ってガチャみたいっすね」桜庭一樹(2018)★★☆☆☆
 ――編集部に残っているのは滝谷とガチャだけだった。〈最後に入稿した作家の担当者は全員に寿司をおごること〉。テレビでは占いが流れていた。滝谷のラッキーアイテムは――「ハラルミートぉ!?」「駅裏の店にハラル料理があったっすよ。友達がやってるんす」……1年半前。作家を夢見る夜市は占いコーナーのアルバイトをしていた。UJE銀行員の中野と足田は窓口の収益の多寡で賭けをしていた。8か月前、コミケで爆破事件が起こった……。

 ノリはラノベで設定は複雑で内面は深刻。『ブルースカイ』同様、桜庭一樹の悪い面が出ていました。狭義にはどちらの原稿が先に届くかが賭けられ、作品全体を通しては人生=ガチャに喩えられています。
 

「開城賭博」山田正紀(2018)★★☆☆☆
 ――晋平は東京日報の記者である。勝海舟伯爵の葬儀で殺気を放つ人物を見かけ、気になってあとをつけたところ、そば屋に入ったところで「俺に何か用かえ」と向こうから声をかけてきた。殺気の話をすると「勘違いをなさっておいでだ。確かに剣術の心得はあるがもう若い頃の話です。殺気のようなものをお感じになったとしたら、それは――博打です」

 江戸城開場は博奕で決められていたというだけの話。
 

「杭に縛られて」宮内悠介(2018)★★★★☆
 ――エチオピアエリトリアに全面戦争を宣言したため、本社から帰社の令がくだった。空爆される危険があるため乗り込んだのはおんぼろの貨物船だった。「座礁だ!」船は傾いていた。救命ボートの定員は八名だった。パニックになりかけたところを、船長が手帳を破く音が聞こえた。公平にくじで決めようというのだ。だがいかさまが見つかり船内が騒然としたため、わたしは日本から持ってきたおもちゃのルーレットを取り出していた。勝ち抜けた者と敗退者が決まってゆき、取引相手のヨブ、難民の少女ラティン、胡散臭い男ソロモン、わたしが残された。

 生き残りを賭けで決めるというのはありきたりのようでいて、そう単純にはいきません。賭け事にはイカサマがつきものですし、命が懸かっている以上は駆け引きも白熱します。自分が助かりたいだけでなく、助けたい人もいれば蹴落としたい人もいるからといって、欲張りすぎては穴にはまってしまいます。
 

「小相撲」星野智幸(2018)★★★☆☆
 ――二年前は期待されていた高校三年生の相撲取り埼輝は、行き詰まってしまい相撲賭博師の部屋を訪れた。「いいでしょう。私が選んだ力士が勝ったら、埼輝さんは高校卒業後に相撲をやめる」「負けたら?」「その場合は続けなければなりません。悩みも乗り越えてください。ここからは伊勢ノ杜と麒麟竜の一番に賭けることにした理由をお話ししましょう。伊勢ノ杜は恵まれた体格から女子相撲部に入り、おおらかな性格から人気者になりました。けれど大学の相撲選手権で負けたあと、相手選手の麒麟竜からおちょくるなと罵倒されたのです」

 相撲=八百長という、何十年も前から言われてきた流説を踏まえての作品なのでしょう。試合や賭け相撲をも含めたうえでの「ストーリー」という構造は、青臭くて理屈っぽいのは否めません。
 

「それなんこ?」藤井太洋(2018)★★☆☆☆
 ――奄美大島に叔母の墓参に来た。週明けには兜町のオフィスに出勤し、担当しているマーケットメイキングの仕事に戻る。ふと少年が紙切れに数字を書きつけているのが見えた。「その方法だと勝てないよ!」。三つずつの棒を二人で出し合って合計数を当てるナンコという遊びだ。かつて三を選ぶのが必勝法だと思い込んで叔母を入院させてしまったのだ。ナンコで負けると酒を飲むというのが風習で、叔母はナンコにも酒にも弱かった。

 現代で出会った人物をきっかけにして過去のエピソードを思い出し、さらに現代の人物の境遇から過去のエピソードに対する考え方を改めて現在を振り返る、というオーソドックスな話のはずなのですが、型に嵌め込んだだけの不自然さを感じてしまいます。
 

「レオノーラの卵」日高トモキチ(2018)★☆☆☆☆
 ――レオノーラの生んだ卵が男か女か賭けないか、と言い出したのは工場長の甥だ。レオノーラは工場長の甥の叔父が工場長を務めていた工場で働く若い娘だ。母親のエレンディラは娼婦だった。ピアノ弾きの父親だけが彼女と寝なかった。エレンディラの生んだ卵は男か女か。そして父親は誰なのか。論点はそこだ。

 臭っさいファンタジー。父親が誰であるかについては卵生の特徴【※産卵後の授精】が活かされていて、ファンタジーである必然性はあるのですが。
 

「人間ごっこ」軒上泊(2018)★☆☆☆☆
 ――三十をとっくに過ぎてるしょぼくれ劇団の石ころ役者。おれは、終わりを感じておんぼろ部屋の扉を開けた。「撮影どうだった?」「終わった。あしたから別の仕事を探す」それからしばらくして、仕事をおえてアパートへ帰ると、あいつの物が部屋から消え、離婚届が置かれていた。

 博奕がテーマであるわりには意外なことに人間の屑が主人公なのはこの作品だけです。ただし阿佐田哲也の小説に出て来るような魅力的な屑ではなく、うじうじしたただの屑です。
 

「負けた馬がみな貰う」法月綸太郎(2018)★★★☆☆
 ――負け続けることがLTIAプログラムの被験者に課せられたノルマだった。取り決めで賭ける馬の単勝オッズは一〇倍未満でなければならない。一〇連敗したら報奨金二〇〇〇円、二〇連敗したらその倍、三〇連敗でさらに倍……。奨学金二〇〇万円の一括返済を迫られてていた優は、その怪しいモニターに募集していた。だが連敗しつづけることが以外に難しいと気づいた優は、ずるをすることにした。

 見るからに「赤毛連盟」パターンの設定でしたが、さすがにそんな見え見えの作品は書きませんでした。自分は金を賭けずもらえるのは報奨金であり、負け続けるのが目的、とは言っても賭けは賭け。ゲーム性や中毒性はあるようです。賭けをしている当人自体が賭けの対象だったという皮肉なオチです。
 

「死争の譜〜天保の内訌〜」冲方丁(2018)★★★★☆
 ――碁所という役職があった。本因坊、安井、井上、林、いずれかの出でなければならないとされ、碁所を賭けて争う“争碁”というものがあった。あまりに打ち手の肉体と精神に負担となり、裏工作も過熱したことから、碁所が空位の方が囲碁界は隆盛すると主張する者たちもいた。本因坊元丈。安井知得仙知。その元丈が引退した頃から、本因坊と井上を中心とした碁所をめぐる“盤外の理”がふたたび熾烈になり始めた。

 安井家も登場することから『天地明察』の番外編と言えないこともありません。博奕というのは失礼な純然たる勝負――というわけでもないようで、盤外の理ばかりが蠢く魑魅魍魎たちの駆け引きが堪能できます。漁夫の利を目論んだ【安井仙知】が一枚上手でした。

 [amazon で見る]
 博奕のアンソロジー 宮内悠介リクエスト! 


防犯カメラ