『美の死 ぼくの感傷的読書』久世光彦(ちくま文庫)★★★★★

 去る三月に亡くなった久世光彦氏の書評集。第一部がいきなり《名文句を読む》である。久世氏の名文と名文句で綴られる、名文句についての書評。こんなぜいたくな話はないんではないでしょうか。当然のごとく、引かれる名文句は、久世氏の文章に負けぬ強者たちばかり。川端康成「片腕」、内田百けんサラサーテの盤」、川上弘美「春立つ」……。読者によって思い浮かべる名文句やイメージや作品は違うだろうけれど、目次のラインナップを眺めるだけでもただならぬ緊張と震えが湧き起こってくる。

 小説を書くには人生経験を積むことが大事だ、なんてことはよく言われるけれど、小説ではなく書評を読んでそれを痛感するとは思わなかった。フォークソングみたいな同棲生活なんていまどき経験してるわけもないのだけれど、これが久世氏の手にかかると、人はこういう経験しなきゃだめだね、みたいな気持になってくる(^^;。柳美里『家族シネマ』を評した「焼け跡のマリア」に描かれる、幼いころ犯した残酷な罪も忘れがたい。なんでこの人はこんなに残酷なことを、こんなに恐ろしくそして美しく書けるのだろう。

 『蕭々館日録』[bk1amazon]の裏話的な「『眼中の人』の謎」を読んで、平成の文士たちの交流に和やかな気持になっていると、やがて大正昭和の文士たちの交流が目の前に浮かび上がってくる。芥川龍之介菊池寛の友情を描いた名作に、北村薫『六の宮の姫君』がありました。『眼中の人』[amazon]は、そこに小島政二郎が加わる。これは読まずにいられない。

 「生勃え《なまおえ》」とか「熱めく《ほめく》」という単語を目にすると、『ニホンゴキトク』[bk1amazon]を読み返したくなってくる。こういう言葉を知っていて、それを嫌味なく使えるのがこの人のすごいところだ。もうこんな人は、きっといない。
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美の死
久世 光彦著
筑摩書房 (2006.3)
ISBN : 4480421874
価格 : ¥798
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