今月号はテッド・チャン特集。今月号と短篇集『あなたの人生の物語』一冊あれば全短篇を網羅してしまえるという超寡作さ。というわけで次の短篇集が出るのもいつになるかわからないでしょうから、SFファンなら絶対に今月号を買いのがしてはなりません。
「商人と錬金術師の門」テッド・チャン/大森望訳(The Marchant and the Archemist's Gate,Ted Chiang,2007)★★★★☆
――魔法ではございません。これは、一種の錬金術なのです。この〈門〉から見えているのは、今から二十年後のこの部屋です。〈門〉をくぐれば二十年後のバグダッドを訪れることになります。お望みでしたら、〈門〉をお使いになったお客様の物語をお話ししましょう
大森氏の解説に曰く、「『千夜一夜物語』の皮をかぶったハードSF」とのこと。何人もが過去と未来を行ったり来たりしながら、矛盾の起きないよう物語が極めて巧緻に構成されている、という当たり前のところにまずは感心してしまうのだけれど、そんな当然のことに感心してもむしろテッド・チャンに対して失礼だろうか。
基づいている理論も機械も同じものではあるのだけれど、アラビアンナイト風の物語を作中作に、現実の語り手の物語――つまり二種類の物語が語られるようにも見えます。
作中作で描かれるのはループ状のタイムパラドックスで、そこがいかにもファンタジーというかSFというか物語風なんですよね。だけどそれが錬金術師の作り話かというとそうともいえず、語り手が作中人物(?)とニアミスしたりするあたりが芸が細かい。一方で語り手が経験するのは、そんな物語のようなタイムトラベルではありません。同じタイムトラベルであっても、それがループ状の〈お伽噺〉と対置されている〈現実〉のようで、少し、苦い。結末がハッピーであれアンハッピーであれ。でも現実と対峙してるからこそ感動的なんだよなあ。
「予期される未来」テッド・チャン/大森望訳(What's Expected of Us,Ted Chiang,2005)★★★★☆
――これは警告だ。注意して読んでほしい。もう予言機を見たことがあるだろう。ボタンを押すとライトが光る。厳密に言うと、ボタンを押す一秒前にライトが光る。
おお。何だか円城塔みたいだ(^_^)。ていうかほんとうは、あっちが「みたい」なんだけどさ。本篇も「商人と―」も、変えることのできない過去や未来に対して人がどう向き合うのかという、SFというより哲学みたいな問題が扱われてます。イーガンともども、技術的にどうこうではなく、考え方が科学的なのだよね。
「テッド・チャン・インタビュウ in Japan」インタビュアー:菊池誠
書きたくなるようなアイデアが浮かぶのは「せいぜい一年にひとつ」なのだそうで、残念なことではあります。
「科学と魔法はどう違うか」テッド・チャン/大森望訳(The Difference Between Science and Magic,Ted Chiang,2007)
科学と魔法の違いについての科学的な考察です。「銅線のコイルに磁石を通せば、あなたがだれだろうと、あるいは心の善悪にかかわらず、電流が流れる」。言われてみると、ああ、なるほどなあ、と思います。「選ばれし者」とファンタジーの関係についてもふむふむ。
テッド・チャン特集はここまで。のはずなんだけれど、「大森望のSF観光局」も今月号はテッド・チャン一色でした。
「My Favorite SF」(第25回)伊藤計劃
ギブスン&スターリング『ディファレンス・エンジン』。
「ハヤカワ・ロボットSFショートショート・コンテスト次席入選作」
「ライアンの尻尾」江沼エリス
――「AIによって使用者の癖や行動様式を学習していく盲導犬ロボットを題材にした作品。その謎の失踪と使用者との意外な形での再会を描」く。(選評より)
作品云々よりも、無知なわたしは盲導犬ロボットという(すでに実際に研究されている)発想を面白がってしまいました。生物型ロボットの方向性としてはリアルに有りなんじゃないだろうか。まあ尻尾はともかく、犬型にはならないと思うけどさ。ていうか生物型はやっぱ無理かつ無意味か。
「二重写し(「共に歩くもう一人」改題)」船戸一人
――「ドッペルゲンガーとフランケンシュタイン・テーマを組み合わせた意欲作。テーマ、構成とも五篇中もっとも野心的」(選評より)
たとえ大作家であっても作中作は難しいという話を聞きます。本篇もやはり作中作が面白くないし、そもそも作中作の必然性というのがあんまり感じられませんでした(必然性はあるんだけど結びつきが弱いというか)。
「セーフセーブ(「ガーディアン」改題)」久道進
――要介護者の行動制御用ロボットスーツを通して、介護する側の家族の葛藤を描いた作品で、小説としての完成度は最も高く評価されました。(選評より)
人の感情の描き方がわざとらしく大げさ過ぎてまったく共感できませんでした。驚いたり怖がったり衝撃を受けたりがいちいちオーバーアクト。そもそもいくらなんでもあの場面でうっかりと「口にしてはならないこと」を口にしてしまうような人間がこの世に存在するとは思えない(悪意からわざとしてるならともかく)。登場人物の感情がストーリーのためだけの道具のようで不快でした。
「乱視読者のSF短篇講義」若島正(第7回 アルフレッド・ベスター「ピー・アイ・マン」)
とうとう『虎よ、虎よ』と『破壊された男』を再読したみたいです(^^)。初読と同じ感動を味わえて何よりでした。
「大森望のSF観光局」13 ポケットいっぱいの秘密
“勝手にテッド・チャンを囲む会”インタビュー報告。内輪だけあってこちらの方が突っ込んだ質問というか、細かくて具体的な質問が多い。円城塔のギャグも掲載してほしかったな。
「ゼロ年代の想像力 「失われた十年」の向こう側 07」宇野常寛
もう飽きた……。ジャンルに囚われないといえば聞こえはいいんだけど、要は自分の論旨に都合のいい作品を恣意的に選んでいるだけだもの。だから個別論はそれなりに面白いんだけれど、それをまとめて時代を語り出すと無茶苦茶になる。たとえ嘘でもでたらめでもいいから、個々の論を大きな論にまとめるテクニックをもうちょっとスマートに磨いてほしい。
「(They Call Me)TREK DADDY 第09回」丸屋九兵衛
「SFまで100000光年 52 職人たちとの秋」水玉螢之丞
「porter 運ぶ人」李夏紀《SF Magazine Gallary 第25回》
『アイの物語』カバーでお馴染みの線画の方です。独特です。
「ハヤカワ・ロボットSFセミナー再録 YUKIKAZE vs. Self-Reference Engine」神林長平・円城塔
円城さんが一ファンというかほとんどインタビュアーみたいになっていて、対談というより神林長平インタビューに近いです。
「MEDIA SHOW CASE」渡辺麻紀・鷲巣義明・添野知生・福井健太・飯田一史・天野護堂
◆「火星をまわる穴、穴、穴」「きょうも上天気」のジェローム・ビクスビー脚本の独立系低予算映画『ザ・マン・フロム・アース』がDVD発売されて大絶賛なのだそうです。日本盤が発売されたら買いでしょう。
「SF BOOK SCOPE」林哲矢・千街晶之・牧眞司・長山靖生・他
◆ラノベ出身とはいえ小川一水『時砂の王』がラノベの項で紹介されてるのが意外な感じ。午前三時五分という名前の著者による『りっぱな部員になる方法』も、名前勝ちとはいえやはり気になる。
◆ホラーでは平山夢明『他人事』が出ました。いかにもホラーという感じの表紙は好きじゃないなあ。つまり今回はそういう系の作品ということなのかな?
◆牧眞司氏紹介のマシュー・ニール『英国紳士、エデンへ行く』。プラチナ・ファンタジイ最新作は笑える本のようです。「「エデンはタスマニア島にある」という珍説をとなえて、実証の旅に出る」というあたりからもう。
「魔京 10」朝松健
「罪火大戦ジャン・ゴーレ 36(第1部完)」田中啓文
「デッド・フューチャーRemix」(第67回)永瀬唯【間章 1940年のヴィデオ・ディスク(その2)】
スタージョン作品にヴィデオ・ディスクが登場していた(!?)というお話。
「サはサイエンスのサ」155 鹿野司
前々回に引き続いて深海の話。マグナピンナ(ミズヒキイカ)についてのエピソードは面白い。人間の目には世界なんてそんなふうに一部しか見えてないんだろうな……。
「家・街・人の科学技術 13」米田裕
なるほど、これも技術か。紙おむつの高分子吸収体。
「センス・オブ・リアリティ」
◆「幽体離脱でゴー!」金子隆一……面白れえ。科学的に幽体離脱状態を作り出せちゃうんだ。
◆「“記者会見”という文化」香山リカ……ああ、あるよね、世間的には。そういう「大人の対応」みたいなのが。“偉い人が公式に謝れば許す”というのが「社会的常識」らしいのです。
「近代日本奇想小説史」(第66 柔道世界武者修行)横田順彌
前回前々回の世界旅行に輪を掛けて冒険に富んでいるというのはどういうことだ(^^;。書いているのは春浪のゴーストさんらしいのだが。“柔道で戦う”というただそれだけだから、格闘漫画みたいで面白いのかもしれないなあ。だがしかしこれは「事実」(?)なのだ。ハチャメチャ滞在記がグレイシー柔術を通して現在の現実にリンクする。
「SF BOOK SCENE SF/ファンタジイ長篇」加藤逸人
「MAGAZINE REVIEW」〈アシモフ〉誌《2007.6〜9》深山めい
「まるで世界に犬と自分しか存在しないような」「犬好きにはたまらない」ロバート・リード「ロキシー」(Roxie)。深山氏おすすめのクリス・ロバートスン「空広く、地は狭し」(The Sky is Large and the Earth is Small)は、あらすじを読むかぎりでは、架空の中国を舞台に、政府の役人が政治犯から昔話を聞くというだけの話なのだが、つまりこれが中国の志怪やアラビアン・ナイトのような手応えなのだろうか? ダリル・グレゴリイ「デッドホース・ポイント」(Dead Horse Point)は、「突き落とされるような衝撃を受ける作品」とのこと。思考に没頭すると恍惚状態になるが覚醒するたびに論文を発表する元恋人ジュリアから「手遅れにならないうちに会いに来て」という電話をもらい……。
「ロバート・ジョーダン追悼」矢口悟
「おまかせ!レスキュー」115 横山えいじ
「ダイノクロム」キース・ローマー/中村融訳(Dinochrom,Keith Laumer,1967)★★★★☆
――気に入らない。見るからに罠だ。だが命令を受けている。「司令ユニット」わたしは送信する。「戦闘ユニットは視覚状況報告の送信許可を求める」応答なし。なにかがおかしい。わたしはモーターを始動させ、前進する。
ひたすらかっこいい。覚醒した戦闘機械による一人称小説。『銀河鉄道999』に似たようなのがあったかも。機械の一人称であるにもかかわらず、わたしはこれを人間の側から三人称視点で読んでしまっているのだろうか、それとも機械に共感して読んでいるのだろうか、わからなくなってくる。
「特別大使との夕暮れの会談」セルゲイ・ルキヤネンコ/森田有記訳(Вечерняя беседа с господином особым послом,Сергей Лукьяненко,2000)★★★☆☆
――アナトーリー特別大使は地球外領事館の敷地へと歩いていった。今ではグラグ星人が在ロシア領事館として使っている。アナトーリーはグラグ星人の前に地図を広げた。「我々は次の領地を貴殿にご提案したいと……」「いいえ」
ロシアの作家だ珍しいと思ったら、『ナイト・ウォッチ』の作者でした。宇宙人の気持もわからないでもない。人間は犬猫に優しい。
「霊峰の門 12 高取城包囲」谷甲州
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