『二つの時計の謎 アジア本格リーグ2』チャッタワーラック/宇戸清治訳(講談社)★★★★☆

 『The Time for Dead』Jattawaalak,2007年。

 タイ・ミステリ。アジア本格リーグの第一弾二作目。作者名のアルファベット表記がジャバウォッキーみたいでやたらとかっこいい。ホームズもの『四つの署名』のタイ語訳題をそのままペンネームにしたそうです。

 帯に「ハードボイルド警察小説」と書かれてあるからそんなものだと思って読み始めたのに、いきなり警察の二人がホームズとマイクロフトみたいな推理合戦をするのには笑ってしまった(^_^)。なんだこれ。面白いぞ。

 こういうのは訳者にも伝染するらしく、「原文ではルアン・モンコンシンパイサーン。(中略)モンコンシンパイサーンも長いので、『モンコン』と短くした」。えええええっっっっ (゚Д゚;)。何か違う。ような気がする。

 そんな心配とも期待ともつかない気持をよそに、捜査は着々と進み始めます。富豪の娘の失踪、権力者の息子が起こした犯罪の揉み消し、嘘をついているらしき関係者、チンピラとの殴り殴られ、関係者の自殺?他殺?――。なるほど警察小説。でも捜査員は二人しかいないので警察小説とは呼べない。だから「ハードボイルド警察小説」。そんな感じです。

 熱血漢のサマイ警部と抑え役のラオー、それに時々いじられ役の新米刑事バンチョンが加わって、三人のキャラクターにも味があります。サマイ警部は主役――でいいのかな? 熱血漢すぎてすぐに怒りにかられて失敗するし、自信満々の推理が肝心なところで外れるし、一つのことを考えすぎて何度もほかのことを忘れてるし、でも迷探偵ではなく頭もいいんですよね。本当の名探偵はラオーの方、とも言い切れない。まさにコンビ。

 ポケミスの警察小説のシリーズで出ていてもおかしくないような作品でした。

 しかし本書は「アジア本格リーグ」、冒頭のホームズもどきもそうだし、フットレルの名前も出てきたりして、意外と本格度が高かったりします(※飽くまで「意外と」。黄金期の本格ミステリを二十一世紀に読むような心のゆとりを持って読むのが正解です)。

 もちろんタイトルにもなっている「二つの時計の謎」も。偶然の悲劇みたいな娼婦殺しの真相とからめるところが上手いですよね。ただ単に時計の謎が解き明かされただけだったら面白くない。そこにもう一つ二つと別の物語が重ねられているからこそ。

 冒頭から折にふれてちょこちょこと顔を出す富豪の娘失踪事件も、主役たちの顔見せ、ストーリーの息抜き、かと思いきや。

 その冒頭の事件現場に落ちていたメモから真相を推理しなおす場面が終盤にあるのだけれど、これなんかも登場人物の不測の行動を伏線に取り込んでいてなかなか巧みなところだと思いました。だけどやっぱりどこか感覚が違うんでしょうね。読み返してみると「半切のさらに半分」って……。でかすぎるだろ(^_^;

 エピローグからすると続編もありそうなので、書かれたあかつきには続編もぜひ翻訳してほしいものです。

 訳者あとがきで紹介されている、ほかのタイ・ミステリも面白そうで、「プムラック・パーンシンという私立探偵が、サーミット一四という暗号名で呼ばれる、うだつの上がらない警部とタッグを組んで、さまざまな事件を解決する」ウィン・リョウワーリン(Win Lyovarin)の「〜殺人事件」シリーズや、「推理性はやや低いものの幻想怪奇的な小説を書いて」いるソーラチャックの作品はぜひ紹介してほしい。ウィン・リョウワーリンのは『Khatakam Klang Thale』かな?

 なんだか、ゲイシャ・フジヤマ的な「誤解しちゃってる日本」のような、内容とは無関係な「誤解しちゃってるタイ」なカバーだけはやめてほしかった。

 モンコン男爵の放蕩息子チャクラが起こした傷害事件を調べるサマイ警部は、同じ夜に発生した二つの事件に突き当たる。輸入品販売店の共同経営者の縊死、運河で発見された娼婦の溺死死体。状況からチャクラの関与が疑われたが、現場で発見された二つの時計は、同じ時刻、九時五五分を指して止まっていた。三つの事件はいかに結びつくのか。醜聞を恐れる男爵の警察への圧力と、中国マフィアの不穏な動き。一九三二年、立憲革命直後のバンコクを舞台に、“タイのシャーロック・ホームズ”サマイ警部と相棒ラオーの活躍を描く本格ミステリー。(カバー袖あらすじより)
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